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第四話 大和漢女七変化!

WAVE雑談スレより


「ヒャッハー!」

「うっほほーい!」

「ヨーホー! ヨーホー!」

「チェスト関ヶ原!!」



zzzzzzzzzzzzzzzz

 環桜(カンザクラ)元芽(ハジメ)の街

zzzzzzzzzzzzzzzz




 色取り取りの色彩が視界の中で踊っていた。

 赤、青、白、黒、浅黄色、黄色、淡色な物もあれば複雑な色彩の物も。

 形状は自由自在、複雑に折り畳まれた物もあれば簡易に縫い合わされた物もありあるいは切り取られただけの物も置かれていた。

 そう、ここは。


「でけえ服屋だな」


 呉服屋・シキサイ。

 今の現実世界では言うことも見かけることも稀な配置店ショップ、NPCによる販売店だった。

 周りを見渡しても服、服、値札の張られた棚に色んな服が詰め込まれている。


 大きさにしても下手な服屋というよりも最近は客足も寂れた百貨店の一階層ぐらいの大きさがあり、店のあちこちには取り出した服を手に会話する女性プレイヤーたちや、ちまちまと手にとっては肌触りなどを確認しているらしい男性プレイヤーもちらほらといて、少し珍しい男女混合光景だ。


 この環桜はWave七国のうち日本をモデルにしつつもロシアとかアイヌとか沖縄の文化で味付けをしているらしい。

 なので本来着物とかだとありえなさそうな浴衣みたいな和服の上に、大きめのジャンパーみたいなブラウスとか、スカートを履いてたりする女性プレイヤーも多い。

 それ自体は目の保養なんだが、うん。


「クロガネじいさんはなにしてんだ?」


「あん? 服買ってんだよ、見てわからねえのか。ボケたか小僧」


 じっと目線を横にずらすと、真っ黒なジャケット――設定時代的に無視しているライダージャケットのようなものを手に取っていた。

 その横のカゴにはこれまた黒い袴に、中に切るのだろう白い和服、確か作務衣という奴というもいれていた。


「ボケてねえよ、するとしたらあんたのほうが先だろうが。じいさん、いきなり連れてきてどういうつもりだ?」


「フローティアからの輸入品? ……ちょっと高えな、まあいいか。ああ、この胴衣くそだせえだろ? 着替えたくてよ」


 自分の体を見下ろせば真白な空手胴衣のような恰好でややばつが悪い。

 ゲームだから表面を叩いたり、五分も放置しておけば濡れたのも乾くようになってる。とはいえこの恰好は確かにぼろいし、実際自分も一回デスペナあったせいであちこちボロボロだった。


「確かに、だけど爺さん買えるのか? 手持ち2000とちょっとだろ?」


「んなこと値札見てから言え」


「は? え」


 言われて眺めてただけの値札の一つを見てみる。

 和服一着で100Zen。


(は? 安くね?)


 和服一枚で100Zen、外出て犬二匹撲殺すれば稼げる金額である。

 ゴブリンならドロップ考えても一体で買えるかもしれない値段だ。

 今の俺でも余裕で上下の服装ぐらいは揃えられる値段だ。


(ていうかどれもなんだ? 500もしねえぞ)


 大きめの着物一着で500Zen、現実換算でいえば五千円程度という驚愕の値段だった。

 よく見ると色々と着付けをしたりしている女性プレイヤーもいるのが頷ける。

 なんだこの安さ?


「どうなってんだ?」


「あら、知らないのねボウヤ」


 後ろから聞き覚えのない声がした。

 振り返る。

 向き直した。


「こらー、その反応傷つくんですけど」


 俺は何も見ていない。

 なんか後ろにネカマを通り越してただのオカマさんがいたなんてことはないんだ。


「こら」


 ガシッと頭が変な音をががががががが!!!?

 痛い! 首が痛い! ていうかこれPK攻撃違うのか!?


「人が話しかけているのに無視するのはネチケット以前よ」


「さーせん!!」


 謝りながら向き直ると、先ほど眼前否定した人物が立っていた。

 それはがっしりとした体格の人間だった。


 鮮やかな真紅の着物を身に付けて、荒縄で襷掛けをして、掘りの深い端整な顔立ちの唇には紅を塗り、結い上げた髪型には翡翠のような宝石を刺した簪を挿した人だった。


 意味が分からない? 俺もわからねえ、説明してなんだこれ。


「ど、どちら様でしょうか」


 少しだけ背丈が上なのもあるがそれ以上にあまりの光景に思わず見上げながらいった。

 あかん声が震えておる。


「あたしはバイギャル、プレイヤーよん?」


 お前みたいに濃いNPCがいたら困るわ、たまにあるだろうが別のゲームなら。

 ていうかバイギャルって、バイ?


「な、何の用ですかね……金ならねえぞ、出せんぞ、通報するぞ!」


 チラッとクロガネを探すが、あの爺さんの姿が見えない。いねえ! 逃げたか!!


「いやねえ、初心者相手に巻き上げするほど貧乏じゃないわよ。ただ気になる独り言を喋ってたから、親切してあげようと思ってね」


「親切?」


「そ。このゲーム、衣装や娯楽品の類は基本的に安く出来上がってるのよ」


 そういってバイギャルと名乗ったオカマさんが傍に掛かっていた黄色の羽織を手に取り、俺の前に見せた。


「これ<鑑定>してみて?」


「鑑定ってスキルもってねえんだけど、初期だけどいいのか?」


 商売人じゃないし、初期取得スキルでは選ばなかった。簡易なアイテムなら手に持てばデータ出てくるし。


「初期で十分、ジッと視線の焦点を合わせ続ければ勝手に発動するもの」


 といわれて集中してみたが。



 ・――データ『木綿(もめん)の布 染色技法:???』――・



「布だな」


 それは見ればわかんだよ。


「そう布よ、おかしいと思わない?」


 おかしい? え、なにが?

 そんな顔の表情が分かったのだろう――このゲームは細やかな表情筋も再現するからやばい。他のゲームだと精々喜怒哀楽などをパターンで出すぐらいだから。

 バイギャルが艶やかな唇、無駄に分厚いタラコ唇で囁くように言った。


「これ布で出来てるけど、"羽織でしょ"?」


「羽織だな、細かい着物の種類なんて知らないけど」


 ん? あれなんかおかしいぞ。

 確か俺の装備は。


「その胴衣は<初心者の胴衣>で固定(ロック)されてるけど、この羽織は解放(アンロック)されてるの。だから鑑定しても"木綿の布"の固まりであって、<木綿の服>にはならないわ」


「ロックとアンロック?」


「このWave特有のアイテム管理システムよ。他の服を見て廻れば分かるだろうけど、ここに置いてある服は全て鑑定しても素材しか鑑定データは出ないわ。ただの素材として扱われているの。鑑定データとして扱われるのは運営が用意したり、固定した固有のアイテムだけね」


 ? どういうことだそれ。


「鑑定でデータがないって、それってアイテムじゃないってことか、ここの服は」


「そうよ。厳密にはアイテムじゃなくて素材がそういう形に加工されていたり、染色されている染め布っていう扱いね。ちなみにアタシの衣装も全部素材として表示されてるわよ?」


 そういって襷掛けに使っている縄を指で叩く。

 それに釣られて注視すると、データが表示された。



 ・――データ『三分五厘(さんぶごりん)わら縄 煮縄(になわ)仕上げ 塗布:馬油(バーユ)』――・



「煮縄?」


 煮? 縄、え、なにそれ。縄って煮るものだったのか。

 ていうか馬油ってなんやねん。


「今出たデータはあたしが公開情報にしたから出たけど普通は縄の種類が出るぐらいよ。ちなみにこの縄はあたしが普通に買って仕上げた奴よ、まあ知り合いのSM嬢から教わった素人作業だけど」


 えすえむじょう。


「人体を縛るのには硬すぎるのよねえー、服越しでも荒いとこう痛み易いしぃ」


 しばる。


「あばばばば」


「マジでそういう奴は初めて見たわ」


「通報していいっすかね」


「やめろぉ!」


「いや冗談です」


 半分ぐらいは。


「ノリがいいわね、そういうのは楽しいわ。で、話しは戻すけど、見てのとおりこのゲームではある程度用意されているデータ以外はろくな情報もないわ。そもそも防御力とか攻撃力もデータとして記載されてないし」


「あーそれは知ってる」


 俺の持つ木刀もどういう木刀か鉄心が入ってるだけで、よくある攻撃力~~とか射程~~とかはなかった。

 精々材質とか唯一ゲームっぽいのがバー形式で記載されてる耐久度だけだ。


「だから手探りで調べないと性能わからないんだよな」


「そう、新しい武器を手に入れたらまずエネミーで試し切りするのがこのゲームの基本よ。巻藁とか道場での的割りでもいいけど、PvPならど~れ切れ味を試してくれようとかいうのが流行ってるけど」


 物騒な流行だ。

 それって絶対この刀の錆にしてくれようとか付け加えられてるよな。


「で、NPCショップで市販されてる修復材(リペアキット)だけどこれって固定されてる武器にしか効果を発揮しないのは知ってるわよね?」


「え。固定されてるのしか効かないって」


「NPC販売とかイベントで手に入れたアイテムのみね。ちなみにハンドメイドで作った武器防具とか、大半のエネミーがドロップしたアイテム類には使えないわ。だって"素材(アンロック)扱いだから"」


「ええー」


「それと作った物品の固定化(ロック)には生産職か、金を使っての登録処理じゃないと出来ないわ。まあ固定されると弄れなくなるからメリット的にもトントンだけど」


 ロックされたのにはアイテムでの修復しか使えないし、全損したら消滅するし。

 とのことなんだが。


「なんだそりゃあ。ってことはハンドメイドとかの武器って種類とかも分からないんじゃねえかそれ?」


 羽織とか普通の着物とかならわかるかもしれないが、なんのデータもない武器だとどういう武器なのか、形状あれこれありすぎてわからんぞ。

 今日の朝に市場で見て買えなかったが、剣系のアイテムでも太刀(たち)打刀(うちかたな)とかあまり大差ない値段で売られてたけど違いわからんかったし。


「そうなるわね、作り手が解説を自分でいれてくれるか。まあそういうのはスクショを専用のスレに上げて教えてもらうとか、Wave付属の武器防具アイテムWiki『全書目録』で調べるのがいいわ」


 全書目録?


「そ、コンソールから掲示板にアクセス出来るでしょ? それと同じようにウィキも見れるわ、大体のアイテムの種類とか由来とか、ああそれとアーツ関係もムーブデータ以外は大体確認出来るみたいね」


 なるほどなぁ。

 あれそれじゃあ?


「アーツ関係も見れるって、アーツって結局上げなくても全部覚えられるんじゃねえのか?」


 言うなれば俺の警視流の全部の技とかも確認出来てしまうのではないだろうか?

 初期アーツだし大半はウィキに乗ってたりしたら何の意味もないような。


「文章だけで分かる天才だったらね? ただし生産系は上げないと補正かからないし、上がった段階でのムーブモーションデータでの参照も出来ないし、なにより上がった段階での道場指導も受けられないからあくまでも前知識ね」


 それにデータ載っていても態々自分のやりたいこと以外を見るほど気合いれてるのは少ないわよとバイギャルは言った。

 彼曰く。


「このゲームは効率的なプレイというのは難しいわ」


 このゲームは既存のモーションムーブでの補正やボタン一つでボチボチやる行動のと違って、自分の身体で再現する必要がある。

 所謂リアリティアクションゲーム、VRスポーツシミュレーターといった自分の体を動かすのと同じ要領でやるものだ。


「大半のゲーマーは脳とか手を動かす酷使作業は慣れていても、手足を動かす疲労感にはきっついみたいでね。自称別のゲームの上位プレイヤーってのは最初の数ヶ月で大体辞めていったわ、クソゲーっていってね」


 というのもの他のゲームと違ってこのアバターの戦闘には一切動作補正がない。

 振るのにも真っ直ぐ触れずにフラフラとした動きになる。刀の一本でも雑魚を切るのに刃が通らず、あるいは硬いエネミー相手に切りつけて、刃が欠けたり、勢い余って自分の足を斬ったりそういう事故が多いとのこと。

 そういう意味でも剣とかを使うよりは槍などを使ったほうが安定するし、クラブといった鈍器が使いやすく使い手も多いらしい。


「わざわざ金属バットを作って使ってるプレイヤーもいるらしいわよ?」


「酷えゲームだ」


 色んな意味で。


「慣れると味があるんだけどねぇ」


 俺の感想に、クスクスと笑うバイギャル。

 最初は嫌悪感というか警戒ばりばりだっただったんだが、いつの間にかあれこれ教わったり話しているうちに会話が盛り上がっていた。


 なんというか凄く話が合うというか話し易いのだこの人は。

 喋り方も女口調だが聞き取りやすく、ユーモアもあるし、説明も凄くこなれていているようで丁寧だし。


 こう説明するのも自分でも分からないのだが、一言でいうと。

 会話のプロっていう感じがする。


「バイギャルさんって説明上手だな」


 正直な感想を吐き出してみると、バイギャルはパチパチと付け睫毛をしているっぽい目を瞬かせた。

 

「そりゃそうでしょうね、もう今日だけで説明するの三回目だし」


「? どういうことさ、それ」


 まさか運営の廻し者!?


「実はね、あたしここで何も知らない初心者にしたり顔で説明するのが好きなのよ。そういうなれば何も知らない初心な子の筆降ろしのようなぁーってああ! ボウヤ、無言でバクステッポするのはやめて! 人にぶつかるから!」


 やはり通報するべきだったかな。


「ごほん、ええ、通じにくいジョークはおいといてね。まああれよ、先導者として後輩にあれこれ説明するのとか、楽しいわよね? RPGっぽくて」


「ここは元芽の街だ、武器や防具は装備しないと意味がないんだぜ?」


「そうそう、そういうあれよ。やってみればわかるけど、意外と楽しいのよね、これ」


 グッと拳を握って力説するバイギャル。

 うーん気持ちは分かるようなわからないような。


「フローティアの酒場にはヒゲ面でテンガロンハットで、若い外装のアバターに「ボウヤにはミルクがお似合いだぜ」っというのが趣味の男もいたわ」


 ――魂で納得した。


「絶対誰かナイフ舐めて机でポーカーしてんだな!」


「五人ぐらいいてキャラ被ってるもんだから、仲良くPT組んでたわね、そいつら」


「うわぁ、楽しそうだな」


「知り合いだけどね、ナイフ舐めてもまずいので態々飴で刀身作ってたわ。ゲームだから虫たからないけど」


 大丈夫? NPCと間違えられない?


「まあ楽しみ方はそれぞれね、って」


「どうした?」


 不意にバイギャルが虚空に顔を向けて、空中に手を伸ばして指を動かした。

 コンソールには他人に操作されないように自分以外には不可視・不接触にするように設定も出来たから多分それだな。


「フレから呼び出し食らっちゃったわ、出ないといけなくなったからここでさよならね」


 バイギャルは足元においておいたカゴを掴んで立ち上がる。


「あ、えっと、その……ありがとうございました」


 俺は頭を下げた。

 最初のインパクトは凄かったが、色々教わったし助かった。


「いいのよ、趣味だし」


「お世話になったのは事実ですから、あ、そうだよければえとフレ登録します?」


 相手の都合次第だけど結構年季のはいったプレイヤーみたいだし、困ったら相談出来るかも。

 そう思って提案したのだが、首を横に振られて断られてしまった。


「んー今回はやめておきましょうか」


「えっとなんでです?」


「ボウヤの名前も知らないし、それにこうやって一期一会(いちごいちえ)で登録するよりはそうね」


 ニコリと分厚い唇を笑みに変えて彼は言った。



「また次に出会ったらフレンド登録しましょうか、きっと縁があるのだから」



「それ絶対中ボスとかライバルフラグっすよね、あるいは選ばれし仲間みたいな」


「ちなみに私は同じことを言われて全て同じ言葉を返したわっ!!」


「露骨ぅう!!」


 バイギャルさんもやはりゲーマーだった。




 その後、俺はさっさと着替えてたクロガネのじいさんと合流したり、バイギャルさんと相談して買った服を試着室で着替えようと思ったらでかかくて声を上げたり、着物の着付けとかをサポートするNPCに感心したりしながら、今日の日のプレイ時間を終えた。


 このゲームも結構楽しくなってきた。



WAVE雑談スレより


「上からモヒカン、森の賢者、海賊、薩摩人だ」

「まておかしい、一人人外がいるぞ」

「ちなみにチェスト関ヶ原は実在の言葉だ」

「マジか、さすが日本人COOLだぜ」

「すごいアル」

「アルアルいう中国人は実在しません」

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