第一話 これなんてクソゲーだ
Wave公式掲示板
初心者用スレッドより一文
~このゲームは間違いなくクソゲーである~
Weapon&Arts・Virtual reality Entertainment。
通称Waveと呼ばれるこのゲームはろくな宣伝もなく現れた。
発売会社はVRでのスポーツシミュレーションや観光体験で有名な企業のもので、宣伝用のPVなども高いグラフィックと現実感の強い画像で特に騒がれることもなく受け入れられた。
そう普通に受け入れられた。
大きく騒がれることもなく。
何故なら世間ではもう幾つものVRゲームが出ていて、魔法と剣の世界や、銃弾と硝煙の世界、スペースオペラそのものと呼ぶべき代々的なゲームなどなど。
世間は幾つもの規制や流行、それらを潜り抜けて仮想現実のゲームを当たり前のように受け入れていた。
一昔前の小説であったようなデスゲームなど実際に起こることもなく、熱中し過ぎての脱水や餓死などの事故死がたまにニュースサイトの片隅に映るだけで。
このゲームはそんなありふれたものの一つとして登場し。
そして、彼は皆やってるわけじゃないからやってみるか。
そんなどこにでもある理由でこれを開始した。
そんで死に掛けた。
「うぉおおおおおおおお!!?」
死ぬかと思ったガチで。
バクバクと音を奏で立てる心臓を押さえながら、荒く息を吐く。
俺の前に転がっているのは頭をはじめとした数箇所を砕かれ、綿を撒き散らした犬のぬいぐるみのようなものが二体。
ハイブリッドドッグ と表示された犬のモンスター。
読んで字の如く雑種犬をモチーフにしたエネミーであり、このゲームで出てくるモンスターはどういう年齢層に媚びているのかきぐるみにしか見えず、ぶった切っても綿が出てくる。
「危なかった、マジ危なかった。装備は偉大だな」
ちなみにそれ以外の装備は初心者に与えられる真白な<初心者の胴衣>と<粗末な草履>。
追加で買い換えたのは物売りから買った<赤紅の手甲>とただの檜の棒から少しだけましになった<鉄芯木刀>。
見るもしょぼい装備だがしょうがない、実際のところ俺はログイン暦三日のペーペーである。
ちなみにプレイ時間は合計してもまだ三時間は越えていない。
最初にキャラ外装を作るのに数時間を費やし、昨日はデスペナを食らってそのまま終了、今日は開始して一時間ぐらいの実質初心者だからだ。
そして、簡単なチュートリアルとヘルプを呼んで、いざ最初の街から外に出てモンスター相手に金を稼いでいるのだが。
「……マジクソゲだわ、これ」
そう呟かざる得ない気分だった。
気分程度に吹き出る汗を拭い、時間経過と叩けば落ちる泥まみれの胴衣を払いながら立ち上がる。
俺の足元に転がり、木刀が突き刺さっていたドッグがゲーム的なエフェクトと共に光になって消失する。
表示されるシステムメッセージ。
――100Zen 取得しました。
「ちょっとモンスター強すぎね?」
モンスターの討伐と同時に手に入った100Zen――1Zenで大よそ十円ぐらいのゲーム貨幣なので千円。二体分だから一体五百円。
それを稼ぐのにかかった時間は大よそ五分。
というのもハイブリッドドッグ相手に二回ほど死に掛けた。一回は昨日死んだ。
相手はただの犬だというのに。
ていうか犬ってなんだ、普通ゲームなら初心者でも楽々倒せるだろ、油断したら負けるぐらいで。
(なのにいきなり喉笛噛みつかれて、殺されたんだけど)
思い出す悪夢は昨日のデス光景。
木の棒片手に、やっはー狩りするぜーといって街道に出た矢先、うろついていた雑種犬ぬいぐるみ三体を見つけて切りかかる→吼えられ、ちょっとびくっとした足を噛み付かれる→痺れて転がる→腕を噛まれる→思わず悲鳴上げたら喉笛をそのまま噛まれて死んだ→デスる→デスペナ12時間ログイン制限という芸術的なまでの雑魚モブプレイ。
思わず呆然として、飯食って風呂入って寝るまで昨日は心の整理がつかなかったぐらいだ。
なにあれぬいぐるみなのに殺意高いんだけど、もふもふどころかガブガブされたんですけど。
そして、今日は公式サイトから繋がる掲示板で見た初心者向けの練習相手として推奨されてたゴブリン。
主に二体か単体ぐらいのを狙って木刀で頭をかち割る作業を繰り返して、武器を新調し、噛まれても大丈夫なように手甲を手に入れていざドッグと再戦したんだが。
それでこの死闘の有様だよ!
何度も噛み付かれて、HPは八割吹き飛んでて息切れしてるし、足首に巻いておいた防護用の布切れでの代用テーピングもボロボロになっている。
出血による生命力の減少まではいってないが、スタミナでもあるHPがやばいのでHPポーションをインベントリから取り出し飲む。
「うん、コーラだわこれ」
炭酸の抜けたコーラのような味だった。
地面に転がっていた木刀を拾い上げて、周囲を見る。
周りに広がるのは草一面の草むらとその中を踏み固められた草も生えていない街道。
遠くには今どき見ることも少ない緑の山間に、青い空。
――≪気配探査 ≫。
息を吸い、アクティブスキルの≪サーチ・サイン≫を発動させる。
今どきのVRゲームだと主流の思考言語入力で発動……周囲に気配はなし。といってもよくあるウィンドウ形式で出てくるタイプじゃなくて、このゲームだと首筋とかに違和感が走るという集中しないとわからない感じの厄介な仕様になっているから油断は出来ないんだが。
そうして周囲に敵がいないことを確認して、俺は息を吐いた。
(これは確かに流行らねえわ)
Waveの世間的評価は低い、具体的にいえば中堅よりやや下レベルのユーザー評価だ。
というのも「システムがわかりにくい」 「レベル制じゃなくて今どきスキル制で強さを上げるのに時間がかかる」 「武器とかスキルの種類多過ぎてどれ使えばいいのかわからん」「雑魚強過ぎて序盤がきつい、中盤もしんどい、終盤どこよ?」 などなどボロカスにいわれてるが一番の問題がこれだ。
敵が強過ぎるというかPCがまるで強くならない。
初期選択でスタイルと呼ばれる職業のようなものはあるし、それに伴うパラメーターの成長もあるのだが。
モンスターを倒しても使ったスキルは上昇してもレベルのような全体的な強さは上がらない。
スタイルはあくまでも成長性の方向を決める設計図のようなもので、その行動をしないと上がらない。
具体的には素早さを上げるにも走ったりする足の速さもあるが、腕とかの振りの速さも別でカウントされてるらしく、ステータス情報を見てのAGIとかHPとかもあくまでも全体での平均値を表示しているだけで、同じAGIでも足が速い人間と腕の振りが速かったりするPCがいるらしい。
ついでにHPはぶっちゃけ死ぬかどうかに直結していない、というのも文字通り耐久性だ。
HPがあれば死ににくいんだが、なくても死なない。致命打とか貫通するような攻撃食らったら死ぬ。
首が吹っ飛んだり、お腹にダメージ喰らい過ぎたり、頭を激しく殴られたり、出血し過ぎたりとか、穴が開いたりすると死ぬらしい。
掲示板での初心者向けスレッドではHPは壁みたいなもんで、リアルで死ぬような怪我すると大体死ぬ。
HPがないと痛みでショック死もあるから気をつけろとか書いてた。ドン引きした。
そして、PCが強くならないっていう最大の理由がこれだ。
スキルとは別のこのゲーム最大の売り(笑)とされてるアーツ。
キャラ製作時の初期武器と合わせて一つ選択、あるいはゲーム中に習うとか秘伝書という奴で習得可能になる言わば必殺技のようなものなんだが。
アーツ:警視流。
――型1<八相(直心影流)>
両手で木刀を上に構える、なんか腕が八の字みたいな構えになる。
それだけ。
うんそれだけなんだ。
背筋がなんか誘導で伸びたりするが誘導に従わなければ何も起きない。ポーズを取るだけのアーツ……
外れかな?
ていうか警視流ってなんだよ、警視総監が使うのか。直心影流ってなんだよ、警視流じゃなかったのか。わけがわからんぞ。
他のアーツの示現流とか柳生新陰流とかどっかでみたことがあるような奴にすればよかった。
アーツをセットしてそれで戦えばアーツ用に経験値が溜まって他の技も使えるようだし、駄目ならどっかで教えてくれるNPCとか秘伝書探そうと思う、うん。
「おし、愚痴終わり」
ゴブリンでも探して地味に金稼ぐか。
思考を切り替えなおして、再び≪気配探査 ≫を発動する。
初期レベルだが大体五十メートル圏内はなんとなくわかるし、派手に動いているのがいればその方角もなんとなくわかる、らしい。
連打しなければこれぐらいのならまだ気力も涸渇しないだろうと使ったんだが。
(? なんだ、どっかで動いてる)
さっきまで感じなかった気配がする。
この辺りだと見晴らしがいいから見えるはずだがと思って、気配を感じる方角に目を向けた。
そして、彼は見る。
――首が刎ねて舞っていた。
それは街道から外れた草むらだった。
距離にして数百メートルぐらい、視線を向けなければ気付かない程度に遠くで無数の影が動いていた。
多く見えたのは赤い帽子を被った子供のような背丈に緑色の肌、今だと鼻で笑うような古い映画で使われるぬいぐるみのようなモンスター。
ゴブリン、それも凶暴な戦闘に特化したアクティブな行動を持つレッドキャップ、それが五体。
手には棘の付いた棒切れを、民家から奪ったという設定なのか包丁を、小汚いナイフや剣を持って誰かを追いかけている。
そう追いかけている。
一人の男が街道の向こう側からこちら側へと走って、草を切っている。
白い胴衣――同じ初心者しかつけていない白い胴衣に、右手には剥き出しの日本刀を、左手には抜き放った鞘を両手に携えて、走っていた。
年齢はこちらよりも年上のがっしりとした男としか分からない。
まるで猿かなんかのように跳ねて、レッドキャップたちをまるでからかうように立ち回り、連れまわしている。
そして、一匹が怒声を上げて襲い掛かり――その首が飛んだ。
僅かに足を止めた男に追いついたと思ったら、レッドキャップの頭がなくなっていた。
綿を撒き散らし、頭のない死体が数歩よろめいて、男に蹴り飛ばされて吹き飛ぶ。それが他のレッドキャップにぶつかってたたらを踏む。
そして、また男が走り出す。
見てるだけでそれが二度繰り返されていた。
ぐんぐんと走ってこちらに、正確には街の方に向かっているんだろうが。
(どうしょう、助けるべきか?)
俺は迷った。
外見からして初心者、手に持ってる武器は今だ自分でも手に入れられてないカタナのようだが、単独で四体、いやもう三体になったが。相手をするにはきついだろう、このゲームだと囲んで叩かれると格下相手だろうが大体死ぬというのは掲示板と自分の身で知っている。
逃げながら切り捨てる行動からしてもしかしたらHPもやばいのかもしれない。
このゲームはPTを組んでも他人のHPは分からないのだ、敵も専用のスキルがないと判別が出来ない。
(これが可愛い女の子だったら躊躇しねえんだけど)
野郎だからな、別にいいんじゃねえかという気持ちがする。
ちなみにこのゲームはユーザー保護のため、リアルの背丈と性別に合わせてアバターは生成されるためネカマはいない。リアル男の娘とか、ごつい雌ゴリラはありえるが。
(まあドロップのおこぼれ貰うか)
木刀を握り直して、駆け出そうとした時――追いかけられていた男が街道に飛び出て、こちらに目があった。
まだ距離にして百メートル以上あるのに。
気のせいか?
「おーい!」
気のせいじゃなく声をかけられた。
「?! 大丈夫か! 助太刀す――「下がってろ、小僧」 はい?」
声に叫び返して、男が足を止めた。
ぐるりと廻るように振り返り、遅れて追いついて来たレッドキャップたちに向き直る。
そこでようやく気付いた。
哂っていた。
歯を剥き出しに哂っている。ぞくりとその顔を見て肌が粟立った。
――まるで問題に感じていない、そういう余裕の表れ。
そして、レッドキャップの三体のうち一体が距離にして5メートルを踏み越えようとした瞬間だった。
風を切る音と打撃音。
奥にいたレッドキャップの片方が崩れ落ちていた。
(鞘!? って――)
それは鞘。男が投げ放った鞘が顔に突き刺さり、仰け反るように倒れたと気付いたのはやや遅れてだった。
彼がだらりとした姿勢から気がつけばレッドキャップの眼前にいた。
どうやって移動したのか見えなかった。
まるでコマ落ちのように、気がつけば抜いた刃がレッドキャップの喉を貫いていた。
グルッと捻られた半身に引き摺られるように首が裂かれてもげる。白い綿がずるりと元首から零れ落ち、見れば男の開いた手が刀身の平たい部分に重ねるように当てられている。
「藁割りじゃねえか」
そんな言葉を吐き出して、ぐるんと体を旋転させ、膝を曲げながら男が低く腰を落とす。
残った敵は二体、仰け反ったレッドキャップに、構わず突き進む三体目のレッドキャップ。
それが棒の先に包丁をくくりつけた槍で男に向かって飛び込んで。
――レッドキャップの顔が割れた。
顎下から切り上げるような斬撃で、男が垂直に伸ばした"指の先の太刀"で割れていた。
槍もどきの穂先は男の横をすり抜けて届かない。
男の指先は日本刀の鍔元から"柄頭"を絡めるように掴んで、捻っていたはずの体躯がまるで天へと扇ぐような姿勢で刃を上へと持ち上げていた。
「箒星」
握り直した刀を携えて歩くように顔を抑えていた最後の生き残りのレッドキャップへと近き、無造作に切り捨てた。
その斬撃ですら圧巻的な鋭さだと、素人の俺にも感じられる圧倒的な強さだった。
「すげえ……」
「ん?」
「おーいおっさん、今のなんてアーツなんだ?」
レッドキャップを武器があるからといってあんなにすっぱり倒せるのはやべえ。
さっきのなんか見えない動きといいなんかのアーツを使ってるのかと思ったんだが。
「あん、あーつ? なんじゃそりゃあ?」
「は?」
「ただの逆風の太刀だ、多少工夫はして距離は伸ばしてるがな」
男の言葉に、俺のほうが首を捻る嵌めになった。
……アーツが何かって、どういう意味だ?
「ん?」
今のはどう考えてもそれだろと思って、指摘しようとして気付いた。
(あれこのおっさん、胴衣以外やばくね?)
改めて男の姿を見る。
灰色のぼさぼさとした髪に彫りの深い三十代過ぎのような年齢の顔、若々しいアバターが好まれる中だと珍しい年嵩の男性に、手足はひょろひょろと細いように見えてがっしりとした筋肉質の手足を丸出しに、背筋は針金でも入ってるかのように伸びた佇まいで勘違いしかけたが背の高さは俺と同じ、あるいはそれ以下。
小柄な男だったが、その手には鍔もない刀と鞘を腰に巻いた帯に無造作に差し込んでいる、が。
身に付けてるのは白い胴衣と粗末な草履だけで、それ以外何もない。
それだけだ。
まるでゲーム開始してそのまま開始したような恰好。
「おいあんた、防具はどうした?」
「あん? 防具?」
「初心者の胴衣と草履以外、刀持ってるんだから金稼いんだろ?」
「あー金だったら全部これ買ったら尽きた、しけてんなこのゲーム」
ポンと腰に佩いた刀を叩いて、男はそういった。
「は?」
「五千Zenだったか、己だってこんなしけた刀は使いたくなかったが背に腹は変えられなかったからよ」
ちなみにゲーム開始しての初期資金は五千Zenである。
で、本人曰くこの刀の値段は五千Zen。
つまり。
「……おっさん、あんたこのゲームやってどれぐらいだ?」
思わずそう尋ねた俺の声は震えていたのがわかった。
もしかして、もしかすると。
「ん? ついさっき始めたばっかだぞ」
「馬鹿だああああああああああ!!!」
そう叫んだ俺は悪くない。
これが出会い。
ただの一般的な少年のカイセと、謎めいたを斜め下に通り越して変な男クロガネ。
電脳世界の遊戯の中で弟子と師匠となり――殺し合う宿命の出会いだった。
Q.ナニが糞なの?
A.プレイヤーは英雄になんてなれやしない。
なれるとしても頭か体がおかしい奴だけだ。