プロローグ 三武降臨
ゴゥンと金属が地面へと落ちる音がした。
五人目の仲間が"殴り"倒された音だった。
「はぁ、はぁ」
息が重い、見に付けた甲冑が重い。
緊張で手足が痺れているような気がする、心臓はバクバクと唸りを上げているくせに、身体の全身がまるで絞られた雑巾のように硬い。
このゲームは変態的なまでに再現度が高いと、甲冑を着けた彼は思っていた。
なんせ他のゲームだと大体省かれる重量感や体幹、汗などが再現されている。まるでリアルの肉体そっくりに。
だから手足が緊張で震える。
身に付けた甲冑は戦国時代の甲冑、黒漆に塗られた甲冑は彼の敬愛する戦国武将であり尼子十勇士の山中幸盛に似ていて、リアルのものと似た質感と付け心地だった。
そうリアル、リアルの彼は甲冑を着けて、今も手に持つ太刀を使う男だった。
といっても武将というわけではなく――アーマードバトルと呼ばれる甲冑格闘技スポーツの競技者。
西洋問わず甲冑を身に付け、丸めた刃での代用品であるが武具を用いて戦い合うという現実に存在する格闘技。
その中でも彼は通称<鎧抜き>と呼ばれる男であり、ある特典からこのゲームではアーマードバトル競技者の参加者が数多く参加している。
今日もリアルでの知り合いを含めた六人PTで【犬】や【鹿】が出る狩場にてスキルと金を稼いでいたのだが。
突然現れたのが目の前の"化物"だった。
いつもさりげなく流れているBGMがいきなり切り替わり、有名な名作映画で流れてたような壮大で情熱的な音楽へと切り替わった。
それに驚いている間に木陰から現れた"奴"に、仲間の三人が殴り倒された。
そう殴り倒された。
西洋甲冑を着けているやヘルメット被っている仲間が一撃、二撃三撃で殴り倒された。
四人目はポールウェポン使いで、咄嗟に繰り出した槍の穂先を掻い潜ってすり抜けるように避けられて、カエルのような姿勢から打ち放たれたアッパーカットでノックアウトされた。
そのアッパーを見て彼は電撃が走ったように動けなくなった。
仲間が動かない彼に声をかけながらも、盾を構えて突っ込んだ時も動けなかった。
盾で押し込みながらもまるで風のようなステップですり抜けるように避けられて、側面から打ち込まれたレバーブローに硬直し、ジャブストレートで打ちのめされ、五人目が倒れた。
奴の動きに彼は動けなかった。
恐怖? 違う。
諦め? 違う。
動揺? そう、それだ。驚き驚嘆した、敵の強さとか正体の知れない相手への未知とかそういうちゃちなものじゃない。
その正体に動揺していた。
目の前に立っている奴のことを彼は知っていた。否、その外見や存在は始めて知ったがその"動きを知っていた"。
「チャンプ……まさかアンタなのか」
喧騒なBGMの中でその掠れた様な声は何故かよく聞こえた。
彼が見つめている相手は異形だった。
丸みを帯びた鋼顔、機械じみたフルフェイスメットに鋼のワイヤーで編みこまれたような体躯。
身長170センチにも満たない小柄な体。
鋼色の筋繊維を剥き出しに真っ赤なグローブを嵌めて、その腰にはダクトテープのようなパンツがはめ込まれ、足は金属質でありながらしなやかに伸び縮みをするシューズを履いている。
【不屈皇帝サンブレイカー・ボクサー】
この世界はゲーム、外見が性能に直結するわけではない。
だからこのメタルチックな外装が、文字通り金属のように硬いわけじゃない。特に"このゲームではありえない"。
だが。
だが、奴の彼の繰り出す拳は、鉄拳だけは金属そのもの、いやそれ以上だとしてもおかしくなかった。
「十年前、アメリカでの試合。あの伝説のフィニッシュブロー、忘れるものか。あんたは――『Boy』」
彼の言葉を被せるように声が響いた。
機械じみたメタルチックな声、フルフェイスメットの下のアイカメラが点滅していた。
『口で語るほど私は雄弁ではない』
自動翻訳された別の国の言語、それが視界の片隅で字幕となって映る。
そして、彼がトン、トン、トンとステップを刻み始める。軽やかに、彼の記憶通りに。
チャレンジャーがステップを刻んでいる、五人もの相手を殴り倒していながら、油断もせずに。
『知りたければリングの上で語れ』
その言葉に<鎧抜き>は手に持っていた刀を鞘に納めた。
納めて、そして鞘ごと抜き放ち、大地に放り捨てた。
<鎧抜き>が行った行動にチャレンジャーのアイカメラが僅かに細い光を放つ。
彼は静かに腰を落とし、右手を僅かに迫り出し、手首をゆっくりと回して掌を広げる。
甲冑の重みをより確かめるながら、構えを取った。
『ジュードーか』
否、彼が得意とする柔術の構えである。
<鎧抜き>は柔術家である。正確にはもう学んでおらず、高校卒業と共に辞めてしまった。
大学のサークルでレスリングを数年、就職を機に止めて、今は仕事の傍ら歴史好き友人の誘いで始めたアーマードバトルを趣味で続けているが、彼が<鎧抜き>と呼ばれているのは剣を落としても、盾を落とされてもなお油断出来ない。
鎧ごと組み付き、投げ落とす、その技量と豪腕があるからだ。
技も体も真っ当に磨き続けているものと比べて落ちる、落ちるだろうが、彼のセンスと今この瞬間の熱意だけは本物だった。
腰を低く落とし、具足に包まれた足が地面をじりと削る。
頬当ての入った兜があり、甲冑も身に付けている、一発二発はあの鉄拳だろうとも耐え切り、掴んで地面へと引き摺り倒す。
彼なりの必勝法、いや、本音を言えば。
(彼が相手なら、刀など振るえるものかよ)
武器を使って挑むそんな無粋な真似が出来ない男の根性だった。
彼が十代だった頃に伝説を見た。
今もなお記録したHDに、売り出された少数生産の今では見向きもされないワゴンの中に入っているディスクパッケージに、今もなお魅了する伝説に。
だが彼は覚えている。
(間違いねえ)
こんなゲームの中でいるわけがない、だが。
確信をして、息を吸う。
吐く。
吸う――!?
タンッと鋼鉄の拳闘士が跳ねた、直前に<鎧抜き>の≪殺気感知≫に反応。
首筋をなぞるような僅かな感覚と共に殺気を読み取るパッシブアビリティ。
攻撃の兆候だとゲームシステムで察知する、同時に発動している≪視線認識≫に反応はなし。
全神経をそれに集中していた<鎧抜き>が前に踏み込んだ、どうせ彼の拳など目で見えない。故に距離を詰めて、僅かでもテンポと加速をずらす。
顔の前に突き出した掌はそのための盾であり、引っかかれば掴み取ってやるという壁。
だが、そんな彼の決意を笑うようにチャレンジャーの身体は横へと爆ぜた。
前ではなく、横に。
確かに殺気を感じたというのに。
(!? ひっかけら)
風のようなステップ、僅か半歩前に体を突き出した瞬間、側面に入られていた。
殺気すら牽制に使う。それすらもボクサーに必要なテクニック。
それを彼は甲冑にめり込む拳と共に痛感していた。
痛みはない、だが痺れるような感覚。
ふわりと言葉にならない恐怖感。
パンチの一撃で体が浮いた。
信じられない感覚に、たたらを踏みながらも手を振り回す。
素早くステップアウト、まるで気ままな風の妖精か、死神のような動きで手の内から去っていた。
ガクガクと足が震える、擬似的な痛みの再現による強烈な痺れと熱したホッカイロを押し付けられたような熱が脇腹から広がっている。
ステータスを見れば【骨折】の異常表示、一撃で甲冑越しのアバラがへし折られた。ありえない光景。
だが出来るだろう、彼があれならば出来るだろう。
なんせ彼は、彼はかつて"鋼を殴り倒した男"だから。
(一撃で持ってかれるのかよ!?)
痺れで足が持ってかれている、追いかけっこはもとより念頭になかったがいざという時の手札も減った。
どうする? 考えて、左腕をとりあえずガードに廻すべく僅かに下げた。
目の前にチャレンジャーが飛び込んでいた。
「!?」
距離、拳には遠い。蹴り足、駄目だ。痺れでまともに放てない。
右手を突き出し、左腕で胴を守りながら、転げるように前へ飛び出す。
全身甲冑の体躯はそれだけで兇器だ、立ちながらの拳の応酬、それだけに洗練されたボクシングではもみ合いという未知の領域でならば混乱もするはず。
倒れる中で、彼は見た。
青白く燃える眼光が割れんばかりの光を放つ、チャレンジャーの顔が目の前にあった。
そして見た。
大地にキスしそうな距離から真っ直ぐに伸び上がるグローブを。
それが彼がこのログインで最後に見たパンチ。
肉体は衰退した。
技術は進歩した。
この世の科学が進歩し、テレビは進化した映像技術に包まれ、人々は仮想世界に酔い痴れる。
オリンピックなどの鍛え上げたスポーツの視聴率は衰退し、
総合格闘技などの生身での戦いのブームは既に化石となって、
進化したドローンが街を闊歩して人の代用を行う、
人は肉体の意味を忘れていた。
時代はVR全盛期。
誰もが理想の自分になり、遊ぶ時代。
Weapon&Arts・Virtual reality Entertainment。
そして、このゲームはそんな有り触れたゲームの中の一つだった。
そして、このゲームはあまり知られず、広告も派手ではなく、埋没していた。
この日、この時までは。
公式HPから配信された動画が三本、MVPバトルと冠せられた動画、三つの戦い。
その一つ。
異貌のマスク、鮮やかな黒豹のマスク、すらりと伸びた背筋を低く撓めた異形のスタイルを取った女。
そう女性、女性の外装。
それが無数の剣士たちを、槍を使う戦士を捕え、薙ぎ倒していく。
その最後には鎖鎌を使う戦士が瞬く間に捕まり、敗北した。
【超人再来アイアンパンサー・レスラー】
二つ目。
ドクロの仮面、白く白骨のような色合いの様相に、まるでマタドールのような赤いマントをたなびかせた外装。
全身甲冑の斧使い、それが振り下ろす大地をも砕かん刃を小刻みなステップで避けては踏み込み、刺す。
しなる剣、フェンシングの名手。
甲冑の隙間を縫うように貫き、その命を奪った。
【死神剣士マタドール・フェンサー】
そして、三つ目は蛙のような姿勢から殴り飛ばされるKOシーン。
フィニッシュブロー、ゴールデンハインドアッパー。
防衛五年のヘビー級絶対王者、スペイン出身の黄金の太陽と呼ばれたアルク・ランカイルを打倒した伝説のボクサー。
誰もが予想も期待もしなかったかませ犬の王座強奪。
太陽を落とした男。
そして、チャンピオンの座についてから僅か三ヶ月でリングから引退した悲劇の【ナポレオン】。
銀行強盗に使われた人型ドローンを、"殴り倒したことによる拳挫傷で引退に追い込まれた男"
フランケン・ドレイク。
彼だけしか使えないはずのフィニッシュブローだった。
彼らに襲われたプレイヤーは例外なく全滅した。