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第一章7 『選択の報酬』

「――え、あ、や、わりぃ、わりぃ! ちょっとボーっとしてよ」



 リョウは自分を助けてくれた少女の可憐さに、目を奪われてしまう。年齢は15歳程度だろうか、身長は一般的な女性よりも低め。ショートヘアに、前髪のサイドを首元まで伸ばした茶髪。目の色は綺麗な薄水色で、その大きな瞳も相まって引き込まれそうになる。服装は水色のワンピースの様なものを着ており、スカート部には2層のフリル加工が施されていて、彼女の可憐さをより際立たせていた。



「その、助けてくれて、本当にありがとうございました。なんてお礼を言っていいか……」


「良いって良いって、自己満足で助けに来たようなもんだし。つか、この村物騒すぎでしょ」



 来た時は治安が悪いようには見えなかったが、考えを変える必要があるとリョウは思う。

 女の子を監禁するような不良がいる村が、治安が良いとは決して言えない。

 もし商店通りで逃げの選択を取っていたとしたら、彼女に青年達は何をしようとしていたんだろうか。 

 一つだけ言えるのは、善良な行いでは無い事。



「早くこっから逃げようぜ、あいつらが起き上がって来る前に」



 彼女を自宅まで送るにしろ、別れるにしろ、ここから一刻も早く去るのが優先だ。

 彼らが立ち上がってくれば、また戦わなければならない。

 敗北によりリョウに対して恐怖感を抱いてくれてれば良いが、それが絶対じゃないなら去るのが得策だ。

 というかリョウ自身、もう戦うのはこりごりだった。




――リューチカ村・商店通り――



 再びリョウは商店通りに戻って来た。

 先程と変わらない大通り特有の活気に触れ、さっきの死闘が嘘であったかのような錯覚。

 が、あれは紛れも無い現実。リョウはフォルトナに回復魔法をかけて貰ったものの、そのダメージはまだ残っており、正直歩くことすらダルかった。今すぐにでも、何かしらの治療を受けたい所。



「……リョウさん、そこに座って頂けますか?」



 計らずしも命を賭けて助けた彼女が、口を開いた。

 彼女はまだ襲われたことによる恐怖からか、どこか落ち着かない表情。

 それに対しリョウは当たり前だよなと思いながら、彼女のいう事を聞く。



「もしかして、魔法かけてくれる感じ?」


「はい……出来れば、目を瞑って貰えると助かります」


「へ? いいけど」



 目を閉じる必要があるのか不思議に思ったリョウだったが、彼女の指示に従った。

 そして、彼女の気配が少しずつ近付いてきて、



「――ディアルガ」



 彼女がフォルトナと同じ呪文を唱えた。そこまではフォルトナの時と一緒だ。そこまでは。

 だが、フォルトナの時と違う点が一つだけ――



「え!? いや、ちょっ」


「わ、私も恥ずかしいので!」



 彼女は呪文の詠唱と同時に、リョウの体に抱擁。

 ぎこちない抱擁だったが、確かにリョウは彼女に抱かれていた。

 親以外の異性から初めて受ける抱擁に、リョウは声を出しはしたものの、体は硬直し抵抗することが出来ない。

 リョウは彼女いない歴十八年の、童貞であった。動けるはずが無い。



――目を閉じろってそういう意味か。ちょっとばかし大胆すぎませんかね、異世界の女の子。ていうか……顔に柔らかいものが……ッ!?



 自分の座高、座っている物の高さ、彼女の身長を考えるに、顔に現在進行形で当たっているこの柔らかい物は、十中八九、彼女の胸だ。

 そこまで考えると、リョウの思考は完全にストップ。

 ただただ彼女の回復呪文及び感謝の抱擁を受けるだけだった。



「……リョウさん、終わりました」


「……え、えっと……ありがとうで、良いのかな?……良いよね?」


「た、多分ダイジョブ、です……」



 彼女の詠唱と抱擁が終わり、リョウも目を開けた。

 彼女はリョウとの距離を戻しており、顔を見られないよう下を向いている。

 二人の間に、微妙な雰囲気が流れた。



「……」


「……」


「……」


「……」



 ここが商店通りじゃなかったら、どんなに気まずい雰囲気になっていただろうか。

 とりあえずこの場を何とかせねばと模索するリョウだったが、思考の最中であることに気付く。

 彼女の名前を、リョウはまだ知らなかった。



「……一つだけ俺のお願い、聞いてくれるかな」


「は、はい! 出来る限り!」


「名前、教えてほしい。俺が逃げなかった事で助けれた人の名前を、憶えておきたい」



 自分が逃げない選択を選んだことで、助けることが出来た命。

 その命の名前を知らないままで居るのは、なるべく避けたかった。

 


「それだけで、良いんですか?」


「お礼はもうさっきので充分! これは俺からの君へのお願いだ」



 これは彼女を助けたことへの報酬ではない。報酬はさっきの抱擁で充分だった。

 これはリョウの個人的な願い。

 彼女はリョウの答えを聞くと、更に頬を染め羞恥の表情を表すが、その後微笑を浮かべ、



「私の名前はセティア。セティア・ルースです。助けてくれて本当にありがとうございました、リョウさん」


「ありがとう、セティアちゃん。……っしゃ! これで俺は満足だ! 家まで送ってやるよ、また襲われるかもわかんねぇし……ん」



 セティア・ルース。確かリューシャが訪ねたのもルースという名前の男だった。

 セティアの顔を、リョウは再び観察する。

 輪郭、口、眉の形、肌の色、目。

 どれも何となく、ルースに似ていた。

 特に目はそっくりだ。

 


「俺、セティアちゃんのお父さんに会ったことあるかも」


「え? そうなんですか? てっきりリョウさんは旅の人かと……」


「旅の人になるかはこれから次第だな……俺、さっきこの世界に召喚された亜人なんだよ」



 リョウの発言に、セティアは目を大きく開いてビックリしている。

 亜人と出会える可能性はかなり低いのだろう。

 おそらく商人を営んでいるリューシャも、亜人を見るのは初めてと言っていたくらいだ。セティアが驚くのも当然である。



「そうだったんですね……だから珍しい服を着てるんですか」


「俺にとってはこの世界の服の方が珍しいけど、そういうこと」


「じゃあ、私を助けてくれたのも亜属性の魔法で?」


「そうそう。正直コイツで勝てるか不安だったけど」



 炊飯器召喚魔法だけでよく戦えたと、リョウは自分自身でも感心する。

 青年達が喧嘩に慣れていれば間違いなく負けていたであろうし、道中でウルフの群れに襲われていなくても勝つことは無かったと思うと、かなり奇跡的な勝利。



「そういや、セティアちゃんって亜属性の魔法見たことある?」


「いえ……神器を召喚する魔法だとは聞いてますが……見せてくれるんですか!?」



 亜人が珍しいなら、亜属性の魔法も希少なはずだ。

 炊飯器召喚でもセティアが喜ぶのであれば、リョウが召喚しない理由は無い。

 とにかく彼女を喜ばせたかった。



「んじゃ……――オラクル!」


「凄いです! これが神器なんですね!」


「一応、神器っちゃあ神器かな……」


「どういう神器なんですか!?」



 セティアの興奮の混じった声に、期待通りの反応をしてくれたと喜ぶリョウ。

 が、セティアのこの質問に対しては、言葉に詰まらざる終えなかった。



「……炊飯器っていう名前なんだけど、これを使ってお米を炊くと、誰でもお米を焦がさずに美味しく炊けます、以上」


「え? それでどうやって助けてくれたんですか?」


「……鈍器として扱いました」


「そ、そうだったんですね……」


「……」


「……」



 また二人の間に沈黙が訪れる。

 二回目の沈黙に、リョウは居た堪れない。おそらくセティアもそう思っていただろう。

 聞かなければ良かったと、自分を責めているかもしれない。

 また新たな話題を探さねばと、僅かなコミュニケーション能力をフル回転させるリョウだったが、今度はセティアがその沈黙を破る。



「スイハンキで作ったご飯、食べてみたいです!」


「セティアちゃん……」



 多分これは彼女の精一杯のフォローだ。それを無駄にするわけにはいかない。

 必ずこの炊飯器で、美味い白飯をセティアに食べさせるとリョウは誓った。



――炊飯器を動かせることがわかってて助かったぜ。



 リョウは、獣舎に乗っている最中に炊飯器を動かせることに気付いていた。

 どうやらこの異世界では、魔力を電気の代わりに出来るらしい。召喚した家電限定かもしれないが。

 思い付きで炊飯器に魔力を流し込んでみると、奇跡的に電源が付いたのだ。

 その時は対して喜びはしなかったのだが、今は違う。



「じゃあ早いとこ帰ろうぜ! 炊飯器マスターの実力、見せてやるよ!」


「楽しみにしてます!」



 2人は会話を終えると、ルース宅へ向かった。


 

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