第一章6 『不良と少女と傍観者』
――商店通り・外れ道――
商店通りの騒がしい雰囲気とは違って、通りの外れは静かだった。
村の活気がまだ僅かに漏れては来るが、建物で日差しは遮られ、道の両脇にはコケが茂っている。とても人が通る道とは思えない。
多分作ったは良い物の、時代が進むに連れて通らなくなったのだろうと適当に決めつけ、リョウは声の主を探す。、
「おーい! 大丈夫すかー!」
声を上げて呼びかけるも、アクションは何も返ってこない。
リョウの声だけが木霊し、再び外れ道に静寂が訪れる。
が、その静寂も束の間――
「おいてめぇ、ここで何してんだ?」
――明らかにリョウが望んでいない存在が、静寂をかき消した。
大柄の肉体に、分厚い唇の褐色肌の男。スキンヘッドに、善人であると第一印象ではまず思えない鋭い目つき。
リョウは内心萎縮しながらも、男に女の叫び声が聞こえたことを伝える。
「あ、あの、こっちから女の人の叫び声みたいなのが聞こえて来たんすけど」
そのリョウの言葉に、男は顔を顰めた。
男の一つ一つの動作に対し、リョウはビビってしまう。
「おめぇには関係ねーだろ! 帰れ!」
「……なんか知ってるんすか?」
露骨に叫び声に関係しているかのような発言に、リョウも疑わざる終えない。
もしこの男がその理由を知っているならば、逃げないと決めたリョウにはそれを知る必要がある。
勇気を出して大男の帰れという命令を無視し、リョウも質問を投げかけた。
が――
「どうやら、いてぇ目に会わねぇと駄目らしいなぁ!」
男もリョウの質問を無視し、右腕を大きく振りかぶりながらリョウに殴りかかる。
突然の男の攻撃に一瞬リョウは戸惑うが、オラクルで炊飯器を召喚させ、男の打撃を防御する。
男は突然の召喚物もお構いなしに、炊飯器のガードもろともリョウを殴り飛ばそうとするが――
「なっ!」
「……ッハ」
「んだよ……コレ」
「炊飯器っつー武器、もとい家電なんすけど、知らないっすよね」
男の大ぶりな一撃を炊飯器は完全に吸収し、男の攻撃を受け止める。
男はこの突如現れた物質の異様な堅さに、思わず声を上げ、驚愕の表情を隠せない。
が、それはリョウも一緒だった。
召喚した本人もここまで見事に防御出来るとは思っていなかったからである。
「チッ……」
男は炊飯器を警戒し、後ろに大きく引き下がる。
「すんません、自分暴力とかそういうの苦手なんで、できれば穏便に教えてくれると助かるんすけど……」
「……わかった。着いてこい」
「あれ? 意外とすんなり」
「黙れ、お前はそこでシバくって事だよ」
男の物騒な発言。それに再びリョウは萎縮するも、先程よりかは落ち着いた心境でいた。
それは、炊飯器がリョウが思っていた以上に高い耐久力を持っていたからである。攻撃力の面も、ウルフ達との戦いを思い返せば十分な威力だと思っていい。
男が案内する場所には、おそらく仲間が居るであろう。が、叫び声の主も必ずそこにいるはずだとリョウは推測しており、その案内に従った。
――リューチカ村・商店通り外れ・倉庫内――
男に案内され、リョウは商店通りの外れにある、四方20メートル程度の倉庫内に入った。
庫内の中には、大男の仲間であろう青年が3人程。
そして、叫び声を上げたのであろう少女が、青年たちに囲まれるような形で椅子に目隠し、轡をされた状態で縛られている。。
表情を見ることは出来ないが、間違いなくあの声は彼女が助けを求める声だったと、リョウは確信する。
「ん? どうしたゴズ、そいつは」
「ちょっと面倒なのが邪魔しにきてよぉ、俺だけじゃ勝てねぇかも知れなかったんで、ここまで着いてこさせた」
サングラスを掛けた青年が、大男、ゴズに対してリョウが何者であるかを問う。
ゴズはそれに対しての説明を行い、
「悪ぃけど、一緒に殴り殺してくれねぇか、コイツ」
リョウを殺す為、3人の男に協力を仰いだ。
ゴズの問いに男達は軽い返事をし、リョウに向かって歩き出す。
一人はサングラスを掛けた青年、一人は痩せ形で、血色の悪い青年、最後に身長が他の男達よりも二回り低いが、刃物を手にしている青年。
「気を付けろ、コイツ、変なモン出してくっから」
「戦闘開始……ってわけすか――」
またしても、ゴズが不意打ちをする形でリョウに振りかかる。先程とまったく同じ右のフック、しかも大振りだ。
流石のリョウもこれを屈むだけ簡単に躱すと、男の腹部に手を当て、そしてオラクルを唱えた。
「オラクル!」
「――なっ!? ぐおおおおおおお!」
0距離でオラクルを発動させる。
――物体に、生まれるはずの無かった物体を無理矢理誕生させるどうなるか。
それは、リョウの一つの賭けであった。もしかするとオラクルが発動せずに、無防備な体を晒すだけになったかもしれない危険な賭け。
その賭けにリョウは勝利し、ゴズの得体を炊飯器の召喚によって大きく弾き飛ばす。
「で、こっからどうします? 出来ればその女の子置いて逃げてくれた方がありがたいんすけど」
賭けに成功したことへの喜びの感情と、これ以上は戦いたくないという男達への恐怖の感情を隠し、リョウは今の行動がさも当然に起こした出来事かのように男たちに喋りかける。
つまる所、ハッタリだ。いくら優秀な武器の存在があったとしても、リョウ自身の戦闘経験が圧倒的に足りない。
1体1なら戦えるかもしれないが、3体1になると、正直自分では勝てるビジョンが見えないと思っていた。
「カッコ付けてんじゃねぇぞ。――ウイルガ!」
リョウのハッタリも空しく、サングラスの男はリョウのハッタリを一蹴し、魔法を唱えた。
男が魔法を唱えた瞬間、サングラスの男の前方に風が集合していき、球体になる。
その球体は音速と言って良い程の超スピードで、リョウ目掛けて発射。
それを反射的に右に逃げギリギリで躱すも、掠ったのであろう。リョウの頬に血が滴る。
「やっぱ、来なけりゃ良かったかな、ハハ……」
弱気な声を漏らすリョウへお構いなしに青年達は攻撃を始める。一人はリョウに刃物を持って遅いかかろうとし、一人は魔法で遠距離からリョウを撃ち殺そうとする。
そしてもう一人は――
「あれ? 二対一すか?」
「ん? 僕かい? やっぱり亜人か君……僕は戦わないよ、うん。戦う理由も無い」
意味不明な言葉を発し、血色の悪い青年は傍観者を貫く。
青年達も、その青年の態度に対して何の反応も見せずにリョウへの攻撃を続ける。
まるで、この戦いに参加しないのが当然であるかのように。
が、それはリョウにとっても幸いだった。――これならまだ勝機はある。
「余裕そうじゃねぇか? あぁ?」
刃物を持った青年が、リョウに切りかかった。四肢を狙うのみで、おそらくこの青年に殺意は無い。
が、それでもリョウを傷め付けようとしている事に変わりは無く、リョウはこの青年を倒させければならない。
素人丸出しの刃物捌きだと、リョウでも一目でわかる。
おそらく、この青年は武器を持ち歩いてはいるが、実際に戦った経験は少ないのだろう。若干手足が震えているのもその根拠だ。
「こっちは2回程死にかけてんだ、修羅場の数がちげぇ! 出直してこい!」
戦いの修羅場は先ほど経験したものだけだったが、リョウはそれを気にも留めない。
とりあえず言いたかっただけである。
リョウは青年が自分よりも場馴れしていないと判断し、一気に攻勢に出る。
左手に炊飯器を召喚させ、大振りで炊飯器を青年目掛けて振り下ろした。
「大振りスギんだよ! 雑魚!!」
青年はそれを横に避けるだけで軽く躱し、あからまさに隙の出来たリョウの右腕を切ろうとする――
ここまでリョウの計算通りだった。
「修羅場の数が、ちげぇつってんだろ!」
右手に炊飯器を召喚し直し、油断した青年を薙ぎ払い吹き飛ばす。
ウルフ達との戦いで行った、召喚のやり直し。
あえて大ぶりな一撃で隙を見せ、利き手側で本命の攻撃を行う応用だったが、理屈はあの時と同じだ。
「あとは2人だけっすね、戦おうとしてるのは1人みたいすけど……ここらへんで終わりにしないすか?」
「あぁ? ――死にたいらしいな。ぶち殺す」
サングラスの男は、先ほど唱えた魔法ウイルガを再び唱えた。
直線的な軌道であることはリョウもわかっていたので、躱す準備をする。
――が、先程の状況と全く違う点が一点、男の魔法の数だ。
パッと見ただけでも、10発以上は空中に今まさに発射せんとばかりに浮いていて、これを躱すのは至難の業だ。
炊飯器で防御できる面も限られており、ある程度の負傷は覚悟しなければならない状況――
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、俺は何もアンタらを殺そうってつもりじゃ……」
「どのみちこの状況見られたからには、お前は死ななきゃなんねぇんだよ。じゃあな――」
男の言葉を合図に、リョウ目掛けて一斉に音速の風の塊が放たれる。
――一発目は躱し、二発目も体制を崩しはするが躱しきる、三発目、四発目、五発目は炊飯器でガード。
そして、六発目でとうとう足にウイルガが直撃した。
「――っがぁ」
足が爆発したかの様な感覚に、リョウは襲われる。
が、リョウはその痛みに思考を割いている暇は無かった。今も尚、ウイルガはリョウ目掛けて飛んできているのだから。
――どうする、どうする俺。こんまま躱し続けられるとはとても思えねぇ。あのグラサン野郎をどうにかしねぇと。
リョウは、炊飯器を青年に向けて投げた。
――これが失策であったかどうかはリョウにはわからない。もしかするとリョウがダメージを負わずに、この局面を制せる可能性はあったかもしれない。が、リョウにはこの選択肢しか思い浮かばなかった。
青年に炊飯器が直撃する数秒間の間、リョウはこの風の弾を躱し続けなければならない。
それが無理だということは、リョウ自身理解していた。
「――っぐ、がはっ」
次々と遅いかかってくる風の弾、致命傷とまでは行かないが、リョウはそれを直に受け続ける。
一発、一発、一発、また一発。リョウの右肩、腹部、右腕、右足にそれぞれ直撃に近い形で受け、気を失いそうになる。
次の1撃で間違いなく意識は飛ぶだろうと思い、覚悟を決めたリョウだったが、それは肩透かしに終わった。
「なんとか……耐え切ったか……」
リョウの投げた炊飯器がサングラスの男に直撃し、ウイルガは全て消滅していた。
心から、自分が生き残れたという事実を喜び痛感するリョウ。ここに来た目的すらも、この時は忘れてしまっていた。
が――
「面白い、凄く面白いよ、うん。君がこの神の子を助けるのも、凄く面白そうだ、うん」
この倉庫には、今だ椅子に縛られ目隠しをされ、身動き一つできない少女とリョウ。そして、今まで戦闘に一切参加しなかったこの男だ。
もしこの男の気が変わり、リョウを殺そうと襲いかかってきたのならば、リョウに勝ち目は無い。
「気が変わって、俺を殺そうとしたり……しない?」
「大丈夫。僕は君を殺すつもりは無いし、さっきまで戦ってた人達の敵を取ろうと思ってないよ、うん」
「じゃあ……悪いんすけど、その子助けてあげて貰えないっすか……もう、足……動かないんで」
先ほどのウイルガの猛攻により、リョウは文字通り立つことすら出来ない程のダメージを負っていた。
死にはしないだろうが、彼女を助けるまでの余力は残っていない。
時間が立てば気絶している3人が目を覚まし、再びリョウを殺そうとしてくるだろう。
せめて、彼女だけでも逃がしてあげなければ。
「悪いけど、それは難しいよ、うん。それは君の役目だし。治癒魔法をかけてあげるから、それで何とかして欲しいかな、うん」
血色の悪い青年はリョウにそう言うと、立つことすら不可能なリョウに歩み始める。
リョウは男が自分を殺すのでは無いかと警戒し、身を硬直させていたが、それは杞憂に終わり――
「――ディアルガ」
男の手から魔法の粒子が溢れだし、リョウの体にその粒子たちが吸い込まれるかのように浸透していく。
それと同時に、リョウは自分の傷、体力が癒えて来るのを感じていた。
リョウはこの男が自分の敵、そして捕らわれている彼女の敵では無い事を信じることに決める。
他の青年達とつるんでいた理由はわからないが、何かの事情があったのだろうと思い、その思考を放棄した。
「なんだか知らねぇけど、ありがとよ。……名前ぐらい、聞いても良いだろ? 俺はリョウって名前だ、ゼンダ・リョウ」
「名前か……久々だな、うん。人に名前を聞かれるのは。僕の名前はフォルトナだよ、またどこかで会えるかも知れないね、そんな気がするよ、うん」
「フォルトナか……オッケー覚えた! ……って、もう行くのか?」
「悪いけど、あの子が目を覚ました時に僕が居ると面倒なことになっちゃうから、うん。面白くないんだよ……またね」
フォルトナはそう言うと、回復呪文を切り、倉庫を後にした。
フォルトナの言葉の節々に疑問のマークが浮かぶリョウだったが、それよりも先ずは彼女を助けるのが先だ。
彼女まで駆け寄ると、彼女の目を塞いでいる帯を解き、轡を外していく。
普段のリョウであれば女の体に触れることへの緊張から、解くのに随分手間取っただろうが、今はその意識すらない。とにかく彼女を助けたい気持ちで一杯だった。
「――ハァ、ハァ、ハァ」
「大丈夫すか? すぐ助けるんで!」
「あ、ありがとうございます……助けてくれて……」
「そこは素直に有難うって言っておきますわ……っし、もう動けますよ」
リョウは助けて彼女の姿を見る、そして、最初に浮かんだ感想は――
――滅茶苦茶可愛いんですが?
「ほ、本当にありがとうございました。私を助けてくれて……リョウ、さんでしたよね?」
「――」
「どうしましたか?」
彼女の可憐さに、リョウは言葉を忘れてしまう。そして、
――良かった、おっさんルートに入らなくて……
彼女が自分の真のヒロインであるに違いないと、彼女いない歴十八年の勘で、勝手に決めつけた。
見て下さっている方々、本当にありがとうございます!