第一章5 『リューチカ村到着、そして』
――リューチカ村――
「!? 旅の方! そのお怪我は!? 今すぐ救護できるものを呼んでまいります!」
「いえ結構、ルースの知り合いじゃ、あやつに治してもらうと思っておる」
門番っぽい青年が、リューシャのケガを心配して助けを呼ぼうとしたが、リューシャ自身によって断られた。
ルースと言う人をよほど信頼しているんだなと、リョウは思う。
「ルースさんのご知り合いでしたか、わかりました! 自宅の場所は存じておられますでしょうか?」
「越していなければ覚えておる。悪いが、お主と話しておる暇はない、すぐに向かわせてもらうぞ」
そういうとリューシャは門番との会話を一方的に止めて、村に入った。
初対面のリョウに対しても優しかったリューシャがここまで焦る理由は、やはり左腕のせいだろう。
獣舎にいる時はそんなに辛い顔をしてなかったが、今は大分辛そうだ。
「一応俺もそのルースさんとこまで付いて行くっすよ、流石にそのケガ心配なんで」
「すまんの、実はワシもお主をルースに会わせたくてな。どちらにせよリョウには同行を頼むつもりじゃった」
「? 亜人関係すか?」
「そうじゃ。ワシは魔法の知識に疎くてな、ルースならもっと亜属性の魔法について知っておるはずじゃから、これから先この世界で生きていくためにも聞いておいて損は無いと思うぞ」
「そうすか……」
ここでリョウの頭にクエスチョンマーク。
なぜ道端で偶然助けただけの人間に、リューシャここまで親身なってくれるのだろう。
「リューシャさん、なんで俺にそんなに優しくできるんすか? それで助かってはいるんすけど」
「……ワシの弟子と少しばかり似ておっての、ついついリョウとあやつを重ねてしまうのじゃ! ガハハ! ――ぐぅ」
「ちょ!? 無理しないで下さいよ!? ……そういうことすか、じゃあそのお弟子さんに感謝しないといけないっすね」
「――そうじゃな……」
リューシャの思わせぶりな最後の反応に若干引っかかったが、今聞く話でも無いと思い、それ以上話すのは止めた。
リョウとリューシャが村を歩いていると、村人は皆2人を見てくる。
明らかに文化の合わない服装のリョウに、左手に大きなケガを負った老け顔の大男が2人でせっせと歩いているんだから当然である。
それを無視しながら、リョウはリューシャとルースという人物の家を目指した。
「ふぅ、やっと着いたの」
「思ったより普通の家っすね、もっと賢者っぽい家かと思ってました」
息を少し荒げているリューシャをよそに、リョウは素直な感想をこぼす。
歩いている時にも何件か家を見てきたが、それらの多くの家と作りはほぼ一緒だ。
煉瓦造りの家で、屋根には瓦の様なものが幾つも並べられている。白の塗料で綺麗に塗装されたその家々は、典型的な中世ヨーロッパの建築文化と同じと言っても語弊は無いだろう。
ルース宅も多少の違いはあれど、基本の作りは全く一緒だった。
「ルースはかなりの使いではあるが、賢者程の魔力はないぞ……さて……中に入るとするかの」
そう言ってリューシャは、玄関の扉を2,3回ノックする、すると――
「リューシャかい?」
「そうじゃ」
扉の奥から男の声が聞こえてきた。
男はリューシャが予め来ることを知っていたようで、リューシャの名前を呼ぶと、ドアを開ける――
「少し遅れたみたいだね、大丈夫だったかい……――!? 大丈夫じゃ、なさそうだね。 話は後だ、すぐに治療に入ろう」
長髪の30代程度の男が現れた。
端麗な顔立ちをしており、一瞬リョウは女性だと見間違える程だったが、その声色から男であると断定した。身長はリョウよりも少し高く、180程度。目の色は薄水色で、大きな瞳も相まって吸い込まれそうになる。
服装は腰部を軽く絞った茶色のコートのような物を羽織っているのが印象的で、細身の体に見事にマッチしている。
「そうして貰えると助かる、隣におるのはリョウと言う。どうやら亜人らしい、道中で気絶している所をワシが助けた。ワシの付き添いという形で付いてきて貰っているのじゃが、中に入れても良いかの?」
「えぇ、もちろん大丈夫。ただ、治療の邪魔はしないように」
「じゃあ、お言葉に甘えて……って、言いたい所なんすけど、ちょっと村を見て回りたいんすよ。自分のいた世界とこっちで、どこまで文化の違いがあるのか調べておきたくて」
「そうか、わかった。……終わったら、またこの家に来るといい。ワシが言うのも変じゃがな」
「構わないよ、私も亜人と話した経験が少ない。ぜひ異世界の話をお聞きしたい」
そうしてリューシャは治療をする為、リョウはこの世界の文化と自分の世界の文化の違いがどれほどあるのか調べる為、リューチカ村を見て回ることになった。
――リューチカ村・ルース宅――
「――で、どうじゃ、いつ治る?」
「そうだね、多分君が思っているよりも長いよ、間違いなく丸一日は費やすことになると思う」
「そうか……では、出発は明日の夕方ごろになるかの」
「出来ればもう少し急ぎたかったけど、仕方ない。来訪予定は三日後だから大丈夫だとは思うけど」
「しばらくしたら戻ってくる。2、3ヵ月は少なくとも様子を見た方がいいかの?」
「そうだね、セティアにもそれくらいは帰ってこれないことを伝えているよ、納得もしてくれてる」
「村の者たちには、娘のことを伝えておるのか?」
「……神力のことに関しては、誰にも言ってないよ。ただ、全員協力はしてくれるはずだ」
「……ワシも更に顔が老けていくのう、なんとか穏便に済ませられればいいのじゃが」
「すまない、リューシャ」
「いいんじゃいいんじゃ!――そうじゃ、娘さんのことまだ聞いておらんかったの、なんせ前会った時はまだ赤ん坊じゃったから」
――――
――
――リューチカ村・商店通り――
リョウはリューチカ村の商店通りに来ていた。
リューチカ村は、大きなリンゴの木を中心にして大きく8つの大通りが伸びており、その間に脇道があるような造りだ。
商店通りは中心から真西の大通りにあり、リョウはこの世界の文化を手っ取り早く知る手段として、まずここに来た。
「このキュウリ美味そうっすね。 いくらすか?」
「そうでしょ? 今年はキュウリが豊作でね、値段も安くしてるわよ。1本10ゴールドだけど、どう?」
「安いっすね! 後でまた買いに来ると思うんで、その時よろしくっす」
「わかったわ。ちゃんと買いに来なさいよ?」
商人と話を終え、今行った会話から仕入れた情報を整理する。
「……今の会話から考えるに、この異世界の食物の呼び方は全く一緒と考えても良いかもな。まぁ、おっさんに米が通じたから大体予想はしてたが。そして通貨はゴールド。10ゴールドがどれ程安いのかはこれから他の店を見ながら調べるとして――」
「――ッ」
「……ん?」
商店通りの外れの小道から、ほんの微かにだが女の人の叫び声が聞こえたような気がした。
この声にリョウが気付いたのは偶々。偶々声の主がいるであろう小道を横切り、偶々横切る瞬間に女の人が叫び、偶々それをリョウが気に留めた。
「これ、やっぱ様子見に行った方がいいよな……でも、気のせいってこともあるし、行ったとしても骨折り損の可能性も……」
そこまで考えて、聞こえないフリをして声の主を探そうとしないのは逃げの選択であるとリョウは気付いた。
こういう小さな所から逃げないように生きていかないと、この先にあるであろう大きな選択肢に対しても逃げてしまうんじゃないか。
リョウは声が聞こえてきた小道まで戻り、
「ま、無駄足でも俺が逃げなかったって事には変わりねぇよな」
リョウは叫び声? の主を探しに、商店通りを後にした。
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