第一章3 『臆病者の初戦闘』
強い打撃音が炊飯器とウルフリーダーの頭部との間で発生する。
当たり所が良かったのか、朱色の魔物は悲鳴のような鳴き声を上げ、よろけた。
リューシャはその隙に覆いかぶさっていたウルフリーダーを跳ね除け、再び木槌を構える。
「しゃあ! 奇跡的に効きやがった!」
「リョウ! 助かった! まさか助けてくれるとは思わなかったわい! 謝罪の言葉は後で言わせて貰うぞ! まずはこやつを何とかせねばな。手を貸してもらうぞ、リョウ!」
「で、出来ればリューシャさんだけで何とかして欲しい所なんすけど……」
「……リョウよ、先ほどワシに『逃げない』と言ったな。あれは嘘じゃったのか?」
「ッ……」
リョウは今しがた覚悟を決めたばかり。
決めたにも関わらず、もう既に戦うという選択肢から逃げようとしていた。
自分の逃げ癖は根深く根付いていることを改めて自覚し、そう簡単に自分が逃げない人間になることは出来ないと痛感する。
「……逃げ癖はそうそう治りそうもねぇな、こりゃ」
「……どうする?」
「行くっすよ。俺が成長する為にも、戦います」
リューシャはリョウの言葉を聞くと、薄っすらと笑みを浮かべる。
リョウはその笑みを見て、一人の人間として自分を認めてくれたという事実に喜びを覚えた。
そしてリューシャの笑みは、自分が逃げずに戦ったことで得られた信頼だということも。
手足の震えは、いつのまにか止まっていた。
「で、こっからどうすんすか」
「選択肢は二つじゃ。ワシが戦うか、お主が戦うかじゃ」
「リューシャさん、こっちは二人であっちは一匹。それにフェアじゃないっつーんで、1対1の騎士道精神溢れる戦いをしようって言うんすか? いやいやいや、ここは数の暴力で一方的に倒すべきでしょうが、相手魔物っすよ魔物」
「ワシもそうしたいのは山々じゃが……倒し損ねたウルフが立ち上がってきておる。そ奴らの相手もせねばなるまい。そしてワシとしては、リョウにウルフの相手をして貰いたい」
確かにウルフリーダーをリョウが倒すよりも、残党のウルフ達を倒す方が圧倒的に難易度は低い。
ウルフはリューシャの攻撃でダメージを負っており、立ち上がってきた数も少ない。おそらくまだ息があるのは四体程度だろう。
が、リョウには一つ、決定的な不安材料がある。
「……俺を戦力として扱ってくれるのは嬉しいんすけど、俺の神器、米を炊く能力に特化している分、戦闘では鈍器にしかなんないっすよ」
「ガハハ! 心配するでない! お主が召喚したスイハンキは間違いなく、立派な武器として使うことができるはずじゃ! 堅牢なウルフリーダーに一撃を加えたのを忘れたのか?」
「え? アレまぐれだと思ってたんすけど……」
「確かに奇襲によるダメージの増加も大きいじゃろう。じゃが、それだけではウルフリーダーを怯ませる程のダメージを、波動無し、魔法無しの武器で与えられるとは思えん」
リューシャの考えも一理ある。
あの一撃がまぐれだったとしても、リューシャの渾身の槌撃を受け切った魔物が、あろうことか炊飯器での殴打で怯むとはリョウも信じきれない。
そしてその理由が、オラクルで召喚した物だからということであれば筋が通る。
召喚と共に魔力を帯びた家電となったならば、あの魔物に素人のリョウがダメージを与えることが出来た理由になる。
「……了解っす。リューシャさんを信じて、これで戦ってみますわ。リューシャさんも負けないで下さいよ」
「当たり前じゃろう! リョウの行動を無駄にはせんわい! いくぞ!」
「え? あ、ちょ、早っ!」
リューシャは、立ち上がり始めたウルフ達を見向きもせず、ウルフリーダー目掛けて直進していった。
その姿を見てリョウは、本気でリューシャが自分を信じてくれているのだと感じる。
リューシャの行動は、リョウを信じなかったことへの償いの意も込められていたかもしれない。
そしてリョウも、遅ればせながらリューシャを迎撃しようとするウルフ達を倒すために走り出す。
「わりぃが、おっさんには爪一本触れさせねぇぞ!! っらぁ!!」
リョウは炊飯器を、起き上がり始めたウルフ目掛けて投げ飛ばす。
決して運動神経が良いわけでは無いリョウだったが、比較的筋肉質な体を持っており、強肩のおかげでなんとかウルフに炊飯器を命中させることに成功。
「ナイスショットォ!」
ウルフはリョウの期待以上の反応を見せた。
小さな悲鳴を上げながら吹き飛び、しばらく体を痙攣させ息絶えた。
リューシャの言った、炊飯器に魔力が込められているというのは本当だったようだ。
リョウは再びオラクルを唱える。
「どんどん行くぜ! オラクル! オラクル!」
リョウがオラクルを唱えると、右手に炊飯器が現れる。ここまではリョウの予想通りだ。
が――
「チィ! 一個しか出せねぇのか、これ」
オラクルが召喚魔法であるならば何個も炊飯器を召喚できるだろうと踏み、実行に移した。
が、実際は神器を一つだけこの世界に召喚するというものだったらしく、先ほどウルフに投げた炊飯器も跡形も無く消滅している。
「まぁしょうがねぇ……もういっぱぁつ!!」
別のウルフが既にリューシャに走っていたが、リューシャは気付こうとしない。
なんとかリョウの投擲が命中したものの、ひとたびウルフがウルフリーダーに加勢すればリューシャが圧倒的不利になるのは明白。
ではなぜ、リューシャはウルフの存在を無視しているのか――
「リューシャさん、優しすぎだろ、おい」
それは、本心からリョウを信じていたからに他ならない。
ここまで自分を信じてくれる男の存在に、助けてくれた事とは別の感謝の感情が芽生え始めた。
今まで人生の選択肢からとことん逃げ続けてきたリョウは、ここまで人に信じられた経験が無い。
それは今の様な死と隣り合わせの状況で、自分を信じてくれるかくれないかという究極の選択肢に迫られる経験が無かったというのもあるだろう。
それでもリョウは、ここまで自分を信じてくれるリューシャに感謝をする。
事実、今までリョウは誰にも信じて貰えなかったのだから。
「――ありがとよ、リューシャさん……――!? やべ、こっちきやがった!」
残りの二体のウルフが、投擲の正体であるリョウを始末するために襲い掛かる。リョウはそれに気付くと走行を一旦止め、迎撃態勢に入った。
しかしリョウが召喚できる炊飯器は一つ、横に薙ぎ払う形を取っても、二体目のウルフにダメージを与えられるかはわからない。
自分の運動能力を考慮すると、その可能性はより高くなるだろうと思ったリョウは、思考を巡らせ、ある一つの作戦を思いついた。
「どっちにしろ一か八の賭けだが、これしかねぇ……!」
リョウは再び炊飯器を召喚し、構える。
そして案の上の同時に襲い掛かってきたウルフに対し、リョウが取った行動は――
「くたばりやがれぇ!!!」
リョウは真正直に、左側のウルフに炊飯器を振り落とした。
当たった刹那、ウルフは地面に深くめり込む。
が、もう一体の魔物は、それを横目に見ても尚躊躇なくリョウに襲い掛かっていた。
魔物に恐怖という文字は存在しない。リョウの右腹部が、食いちぎられる。
その瞬間――
「ラァ!!!!!」
リョウは新たに召喚した炊飯器を持ち、右側のウルフへと振り下ろしていた。
召喚をし直すことにより、左手から右手へ炊飯器を転移させたのだ。
コンマの単位で遅れていれば食いちぎられていたタイミングではあったが、リョウはウルフに炊飯器の鉄槌を与え、なんとか勝利する。
「暗唱するだけで召喚出来て助かったぜ……いやそれにしても……ガチで死ぬかと思った……」
自分が死ぬかもしれないと本気で思ったのはこれが2度目。キノコを食う前と、今だ。
リョウは、その場に糸が切れたようにへたり込む。
だがその目でリューシャとウルフリーダーの戦いだけは、しっかりと見つめていた。
「勝ってくれよ……リューシャさん」
リョウの初戦闘が、幕を閉じた――
読んで頂いた方、本当にありがとうございます。未熟ながら面白い話を書けるよう、精進いたします。




