第二章5 『業店アリババ』
「でかしたタイト、俺らがここ探してたの知ってた感じ?」
リョウはタイトがアリババだと言った建物を見る。
一目で、いや二目見ても店とは全く見当がつかない風貌。
簡単にコンクリートのみで作られた外観、何の装飾もされておらず、商売をする気があるのかすら疑わしい。
「近かッたからここに来ただけだぜ! 俺のねーちャんの店なんだ!」
「……だろうな。 中入るぜ――」
リョウは扉のドアノブを回し、中に入ろうと――
「あ、おい!」
――ヒュッ
リョウの頬を何かが掠めた。
「へ?」
「リョウさん!」
掠めた場所から血が滴り、頬を伝っていく。
リョウは何が起きたのかわからない。
傷に気付いたセティアが駆け寄り、回復呪文を唱える。
「――合言葉を言いな!」
そんなリョウを置いてけぼりにして、店の中から勝気な女の声が聞こえてきた。
もちろんリョウは合言葉など知らない、もしかしたらリューシャなら知っているかと思い、
「リューシャさん、合言葉って……?」
「……地図に書いてあったのじゃが……」
「じゃあ早く教えてくださいよ、時間制限あったら俺死にますよこれ!」
「……無くしちゃったわい! ガハハ!」
「はぁ!?」
「だ、ダイジョブじゃ! タイトが知っているはずじゃぞ!」
「今セティアちゃんの真似しました!? 自分の年齢考えて!?」
「残念! こう見えて三十六歳許される!」
「許されねぇよ!?」
リョウとリューシャは偶にこんな冗談を言い合う仲になっていた。
年齢に差は有れど(見た目程ではないが)、気が合ったのだろう。
年の離れた友人関係を、二人は築いていた。
「じゃあタイト、合言葉……つーかお前がそんまま入れば良いんじゃね?」
「ねーちャん厳しいからよ! 言わねーと駄目なんだ! えッと確か……トウモロコシ!」
「――トウモロコシじゃない、共殺しだ馬鹿! ……入んな」
なんとかタイトの姉の許可を貰い、一行はアリババの中に入る――
――
「……ここまで予想通りの見た目だと、逆に反応しにくいな」
爬虫類系の干物、何かの目玉のビン詰め、無駄に怪しすぎる壺、その他凶器等々。
如何にも怪しい店ですと主張している商品が並んでいる。
夜というのもあるが店は薄暗く、灯りは所々にある骸骨型の蝋燭のみ。
天井を見てみれば蜘蛛の巣が張っており、清潔とは言い難い。
「いらっしゃい、ようこそ業店アリババへ……と、言いたいとこだけど……」
「――」
「タイト、何で客と一緒にいる」
「ああ! 俺こいつらの仲間になッたんだ! だから一緒にいる!」
リョウはタイトを改めて馬鹿だと思った。いや、馬鹿正直か。
だがそれ以上に、タイトの純心さに感心する。
自分にどこまでも正直で、自分に嘘を付かない、自分がやりたいと思った事から逃げない。
自分と正反対の男を羨ましく思うリョウ。
「……あんたら、ここの人間じゃないんだろ?」
「そうじゃが」
タイトに担がれながらリューシャが応える。
未だ一人で立てはしないものの、年長者だ。受け答えは基本リューシャがする流れが出来ていた。
「ってことはタイト、この町出なきゃなんないんだよ? わかってるのかい?」
奥に居て姿の見えなかったタイトの姉が、こちらに向かって歩きながらそう喋る。
タイトと同じオレンジ色の髪の毛で、ポーニーテール。
少し気が強い印象を声色からも、顔付きからも受けるのがタイトとの違いだろうか。
下三白眼で黄緑色の瞳。全体的にスラリとした身体つきの女性だ。
「分かッてる! 俺もッとつえー奴と戦いてェんだ! だから――」
「馬鹿! あんたみたいな考え無しが外に出るなんて、早死にするに決まってるじゃない!」
「でもねーちャ……」
「でもじゃない! ……それに、お父さんとの約束、忘れちまったのかい?」
「――ッ」
ここで初めてタイトの苦渋の表情を、リョウは目にする。
姉に頭が上がらないのか、はたまた父との約束か。
リョウはおそらく後者だろうと予測をし、姉に詰め寄られるタイトを見守る。
「いいかい? お父さんはきっと戻って来る。だからせめてそれまでは――」
「ねーちャん、それじャ駄目なんだ」
「――ッ」
「親父を待ッてるだけじャ、もう駄目なんだ!」
「……馬鹿タイト!」
平手打ち。
だがそれにタイトは動じない。
しっかりと自分の姉の目を見て、自分の信念、行動を貫き通そうとしている。
「……あんたら、許可証が欲しいんだろ?」
「そうじゃが……何故わかった?」
「旅の人間でここを訪ねる奴なんざ、大抵国境絡みだからね」
「では話は早い、何ゴールドじゃ?」
おそらく許可証の為に、リューシャはこれまで質素倹約に努めていたのだろう。
懐から痛々しく袋を取り出すと、大量の1万ゴールド硬化を手に広げた。
だが、
「いや、金はいいよ……その変わり、条件がある」
「なんじゃ……?」
「ここから東に行くと、亜のダンジョンがある。 そこに眠ってる『竜の涙』と交換だ」




