第二章4 『お前つえーな』
高濃度の魔力の蒸気。
喰らえば亜属性の魔力が体内に入り込み、適性を持たない人間、つまり亜人以外へ絶大なダメージを与える技。
死にはしないが、そのダメージ量は計り知れない。
「お前、つえーな」
「……まじかよ」
タイトはそれを受け切り、再び立ち上がった。
外観こそ目立った負傷はしてないが、間違いなく大ダメージをリョウは与えたつもりだった。
「今の、本気じゃねーよな?」
「……」
タイトの言う通りだ。
フルパワーで噴射した場合、おそらく普通の人間であれば死に至る。
セロスの時の様な過ちを、リョウはもう犯したくなかったのだ。
だから、手加減した。
「……もやしの名前、教えてくれねーか」
「は? なんでだよ」
「いーから!」
「……リョウ。善田良」
突然名前を聞いてきたタイトを不審がりながらも、リョウは名を名乗った。
「リョウか……いー名前じャねェか」
「そりゃどーも」
「――俺のライバルに相応しい名前だ!」
「――」
「リョウ! 俺はお前に勝つ! いつか必ずな!」
タイトの突然のライバル宣言に、呆気に取られるリョウ。
一点の曇りも無い声色も相まって、タイトにどう返事をするか、どうこの場を処理するか判断を全く選ぶことが出来ない。
「正直、今の俺じャリョウに勝てねェ」
「――」
「だから、リョウに付いていくぜ!」
「……は?」
「付いて行ッて! 勝てると思ッたらまた勝負しよーぜ!」
相変わらずマイペースに喋るタイト。
リョウはタイトの言動が理解しきれず、脳で整理を試みる。
――何言ってんのか全然分かんねぇ。俺にまだ勝てないから、勝てるようになるまで一緒に旅をさせろって事か? そういうことか? そんな簡単に戦った相手の仲間になろうと思うか普通。よし、一応、整理できた。
「それって、俺らの仲間になりたいって事で良いのか?」
「そうそう! この町出てくんだろ!? だッたらリョウ以外のつえー奴にも会えるし、リョウとも戦える! サイコーじャんか!」
そこまで聞いて、リョウはやっとタイトという男の行動原理を理解した。
――バトル脳。これに尽きる。
「まぁ……セティアちゃん護衛部隊は多い方が良いか」
セティアを守るのに、正直二人だけでは物足りない。
リューシャ未だ負傷中、しかも今回の戦闘で更に完治は遅れるだろう。
リョウも神器の爆発力はあるものの、それは一日一回だけ。連続して強敵と戦うことは出来ない。
「セティアちゃん、あのバカと仲良く出来そう?」
「はい……悪い人じゃ、無さそうですし……」
そうは言っても、セティアの表情はまだ固い。
というかリョウやリューシャに対しても、どこか心を閉ざしている節があった。
リョウはそれに気付いていたが、異性だから当然かと思い、そこまで気にしていない。
「じゃあ悪いけど、アイツ治してやってくんない? リューシャさん運んでもらうから」
「あ、はい!」
「もちろんギューは無しで」
「わ、分かってますよ! もう……」
タイトは立ち上がったとは言え、かなりのダメージを負っているのは間違いない。
流石に起き上がって来た時元気は無かったし、今もどこかフラついている。
セティアはタイトに駆け寄り、魔法を唱えた。
「――ディアルガ」
「お、わりーな! これからよろしくな! セティア!」
「え? あ、は、はい! よろしく、お願いします……」
少し照れながら答えるセティアの表情を、リョウは見逃さなかった。見てしまった。
そして、タイトが呼び捨てでセティアを呼んだことも。
「おいタイト、セティアちゃんを呼び捨てで呼ぶんじゃねぇ!」
「あ? なんでだよ、仲間なんだし別にいいじャねーか」
「うっせ! セティアちゃんも嫌がって――」
「私はダイジョブですよ」
「――」
そうだ、仲間なんだから別に呼び捨てでも良い。
目上の人間、他人だったりすれば別だが、これから同じ釜の飯を食う仲間なのだ。
リョウが変に癇癪を起すのが間違っている。
だが、リョウはセティアをタイトに取られたような気がしてならなかった。
「そ、それに私――」
「――おい! 亜人はどこだ!? どこに居やがる!」
セティアの言葉を遮ったのは、リョウ達が危惧していた存在。
数十人程の男達が一斉に酒場に乱入。
しまったとリョウは思いながらも、一瞬で思考を切り替える。
「タイト! そのオッサンを担いで外出っぞ! どっか隠れる場所ねぇのか!?」
「おいリョウ! 今ワシを――」
「おッしゃ! こッちだ!」
タイトは軽々とリューシャを担ぎ、援軍にやってきた男達を跳ね除け外に出る。
リョウとセティアも続こうとするが、
「逃がさねぇぞ!」
男達がそれを防いだ。
だが、構っている暇はない。
「セティアちゃん、なんか良い魔法ない!?」
リョウは絶賛マナ切れ中。
それ故もう炊飯器を召喚することも出来ず、必殺炊き込み攻撃も使えない。
頼れるのはセティアのみ。
「リョウさん、目を瞑って!」
「は!? 今!?」
リョウは、またセティアが抱き付こうとしているのかと思ったが、
「――ブライト!」
「うおっ!?」
激しい閃光が酒場一体に迸る。
目を閉じていてもハッキリ分かるほどの眩い光。
もしリョウが目を閉じていなければ、しばらくの間眠ることは出来なかっただろう。
「リョウさん!」
セティアはリョウの手を引っ張り、リョウの体を誘導する。
少し情けないなと思ったが、リョウはそれに従った。
男達の体にぶつかりながらも酒場を抜け、目を開けるとタイトが待っており、
「こッちだこッち!」
「おいタイト! 少しは俺、じゃなくてセティアちゃんを気遣ってだな……って、おいはえーよ!」
タイトは二人を気遣う素振りも見せず、リューシャの重さをものともせず走っていく。
待っていたのだから少しは気遣っていたんだろうが、リョウはこの先、タイトとやって行けるのか不安になる。
「ったく……まぁ追うしかねーか! セティアちゃん、走れる?」
「はい! ダイジョブです!」
タイトの後を追いかけるように、二人はボルミアの町を駆けた。
――ボルミア・???――
「ここまで来れば大丈夫だろ!」
「はぁ、はぁ、はぁ、お前、はぁ、早すぎ、はぁ」
息を切らしながらも、なんとかタイトを見失わずに逃げきれた。
「あ、ありがとう、ございます。リョウさん」
「良いって別に、はぁ、俺、やるときゃやるからさ」
リョウはもちろん体力に自信は無い。あるのは無駄に達者な口だけだ。
だがセティアを守る以上は、そうも言ってられない。
セティアが息を切らした所を、セティアを抱え走ったのだ。
火事場の馬鹿力である。
「そ、その……」
「はぁ、はぁ、ん? どした?」
リョウは現在進行形でセティアを抱えている。
セティアの体を両腕で抱え上げ、そのまま走ったのだ。
多分これが一番早いと思います。そう思ったからリョウはこの抱え方を選んだ。
――所謂、お姫様抱っこである。
「お、降ろして貰えますか? ……恥ずかしいです」
「――っと、ご、ご、ごめん! いや、そんなやましい気持ちがあった訳じゃなく! 俺はセティアちゃんを運ぶために!」
リョウは弁明しながら慌ててセティアを降ろし、セティアから退く。
本当にやましい気持ちは無かったが、何となく自分が女性に触れると罰が当たると思っていたからだ。
彼女いない歴=年齢。彼の人生には、異性と手を繋いだ過去すら存在しない。
「だ、ダイジョブです! 私怒ってないですよ! ちょっと恥ずかしかっただけですから!」
「……話に割って入るようで悪いのじゃが、本来の目的、覚えておるかの?」
「……あ」
リョウ達は本来、露店の店主からアリババの場所を聞くため酒場に入ったのだ。
だが得られたのはアリババでは無く、バトル脳の野生児。
「……まだまだ出れそうもねーな、こりゃ」
「せめて、アリババのヒントでもあればのう……今日の騒ぎで、迂闊に歩くことも難しくなった。さて……」
アリババ捜索は、続く。
「ん? アリババなら目の前だぜ?」
――続かなかった。




