第二章2 『異世界炊飯器無双』
「おッしゃ! 飯代ゲットォ!」
「っぐ……」
リューシャは速攻で青年に倒されてしまった。
試合展開はリューシャが思いっきり青年の腕を倒そうとした所を青年が耐え、カウンターでリューシャの剛腕を叩き倒す。
至ってシンプル。完全にリューシャの力負けだった。
「結構つえーな! 次は利き手でやろうぜ!」
「わりぃけど、俺等すぐここ出なきゃなんねぇんだ。だからそれは無理」
「んだよ! せッかくつえー奴だッたのに!」
リューシャは項垂れながらも二千ゴールドを払い、トボトボとテーブルから離れる。
「……完敗じゃ……」
「波動でも使ったんじゃないすか?」
「いや、純粋に力押しで負けたわい……ハンデはあったが、それでも悔しいのう……」
リューシャは本当にマッスルのみの戦いで負けたようだ。
喜怒哀楽の激しいリューシャだが、ここまで落ち込んだのはリョウが五十歳と言ったとき以来。
「リューシャさん、怪我は無いですか?」
「大丈夫じゃ。じゃが……しばらく、ゆっくりさせてくれい……」
夜まで時間はかなりあったが、リューシャが元気を取り戻すのに二時間は十分だった。
そのまま落ち込んだリューシャを二人で慰めながら、夜を迎える――
――酒場――
樽のテーブル、樽のいす、樽型のジョッキ、何から何まで樽だらけの酒場だ。
どうせ顔の悪そうな連中が大騒ぎしてるんだろうと思いながら酒場に入ったリョウの予想は、一瞬で外れる。
顔の悪そうな連中までは正解だった。
外れたのは大騒ぎ。酒場は静寂に包まれていた。
「随分、静かじゃのう」
「俺達無口だからよ、そこ座れや」
気を取り直したリューシャだったが、男達の雰囲気を感じるなりすぐに警戒態勢になった。
もちろんリョウもだ。一言多い人間だが、空気は読める。
セティアもリューシャの後ろに隠れている様子を見ると、警戒しているようだ。
リューシャは小声で、
「リョウ、魔法石は持っておるか」
「もち」
魔法石とは、石一つにつき一属性の魔力が込められた石だ。ちなみに亜属性の魔法石は無い。
火をおこしたり、物を冷やしたり、用途は様々。
リョウはこれを常備していた。
もちろん代金はリューシャ。文無しなので仕方ない。
「早く座れや、俺だって暇じゃねぇんだ」
「……わかった」
店主の言う通り、三人は案内された樽の椅子に座る。
酒場は相変わらずの静寂。
「さて、アリババの場所を教えて貰おう」
「……一個だけ、条件がある」
男は含みのある微笑を浮かばせ、
「神の子と、賞金首のガキと交換だ」
店主が言った瞬間、今まで沈黙を貫いていた男たちが一斉にリョウ達に襲い掛かった――
「まずガキの首を頂くぜ」
ガキとはリョウの事。もちろんリョウはそれを分かっている。
だが、リョウは動じない。
自分が無双出来る、絶好のチャンスだったから。
「オラクル!」
「ウイルバ!」
リョウは炊飯器を召喚した。
そして、セティアはリョウのカバーの為『ウイルバ』を詠唱。
広範囲に及ぶ強風が発生し、男達の動きが封じられる。
「ナイスセティアちゃん!」
「あ、ありがとうございます!」
少し照れながら応えるセティアに惚気つつも、リョウは無双の準備を始める。
一、炊飯器の蓋を開ける。
二、米を入れる。
三、火の魔法石を入れる。
四、炊く。
――何を思ったのか、リョウは米と魔法石の炊き込みご飯を作りだした。
間違いなく傍から見れば気が振れたと思われる行動。
だが、リョウは至って正常。真面目も真面目、大真面目。
「喰らえッ!」
ウイルバの強風に乗せて、絶賛炊き込み中の炊飯器を男達に投げた。
「うぉっ」
直撃しそうになった男が、思わず顔を防御する。
「レイズ!」
この言葉に特に意味は無い。
少しでもリョウが、この技をかっこ良くする為に言うだけの言葉。
レイズは炊飯器を消すための合言葉だ。
炊飯器は消滅し、取り残されたのは炊き込まれていた米と魔法石――では無い。
「なんだぁこりゃ!?」
男達を超無数の火弾が襲う――
その数にして数千は下らない。
ウイルバの風で威力を増した火弾は、まさに火の嵐。
躱す事など、誰一人としてできない。
「この亜人がぁ!」
だが、その火の嵐の中でも何人かはリョウ達に襲い掛かって来る。
水魔法で自分の体を保護しているのだ。
だがそれでもリョウは動じない。
「見た目さえまともになりゃあなぁ……まぁ、今更か」
炊飯器に米と風の魔法石を入れ、再び炊き込んだ。
もちろんリョウは大真面目。笑ってはいけない。
そしてそれを襲い掛かって来る男達に投げ、
「レイズ!」
米粒程の弾丸が、圧倒的な物量で男達に襲いかかる。
文字通り、それは米粒だった。だが、その威力は侮れない。
男達の皮膚に次々と米がめり込んでいき、血が滲み出る。
「ぐおぉ」
痛みに悲鳴を漏らしていく。
一人、また一人と風の弾丸が当たるまいと体を伏せそして―――
「じゃあオッサン、アリババの場所、教えて貰えます?」
「ひぃいいいい!!!」
店主が雇ったであろう男達は全員戦意喪失。
気絶し倒れている者、正体不明の技に怖れをなし逃げ出す者。
残るは店主のみ。
「リョウ、オッサンとはワシの事ではあるまいな?」
「いやいや、流石に忘れません?」
「リューシャさんはカッコいいのでダイジョブです!」
「セティアちゃん、俺にもカッコいいって言って」
「だ、駄目です!」
「えぇ……」
そんな話をしていると、隙有りとばかりに店主は酒場から逃げ出そうとする。
だが、それはもちろん叶わなかった。
「オッサン、俺らの事何で知ってたんだ?」
「神の子を誘拐し、十三騎士のセロスを殺した大罪人って事で、お前に賞金がかけられてんだよ」
「なんと……既にそこまで……」
どうやらリョウは本格的に国に追われる身になっているようだ。当たり前と言えば当たり前だが。
セティアに人を殺してしまったことがバレ、リョウはセティアから顔を逸らす。
だが、
「リョウさん、ダイジョブです」
「……」
「私、リョウさんが悪い人じゃないって知ってますから」
彼女の優しさに触れ、涙が零れそうになる。
それを堪えて、店主から情報を聞き出そうと、
「俺が賞金首ってのは、かなり有名な話?」
「知らねぇ奴の方が少ねぇと思うぜ。なんせ神の子の件があるからな」
「その神の子って……いや、セティアちゃんの顔は知られてんのか?」
神の子は禁止ワードだ。
ボルミアに行く最中何度か神の子について聞こうとしたが、セティアの表情が沈むのが嫌で、話すのは避けている。
知らなくていいなら知らなくていい。
「いや、女って事しか聞いてねぇ。これは俺の予想だ。当たってたみたいだがよ」
「まぁ俺と一緒に居るって事は、大体そういう事になるだろうしな……」
リョウと一緒に行動している女性ならば、十中八九神の子だと予想したのだろう。
その予想は理に適っているし、実際その通りだ。
「では、アリババの場所について教えて貰おうかの」
痺れを切らしたのか、リューシャが本題を急いだ。
確かにここにずっと居るのはマズい、逃げ出した男達が仲間を集め復讐しに来る可能性もあるし、今この場にのしている奴等が戦意を取り戻すかもしれない。
「アリババはこの町の地下にある。行き方は――」
「おい! つえー奴ッてどこいんだ!?」
店主の声を、快活な声がかき消す。
その声の正体は、腕相撲でリューシャを倒した青年。
「あやつか……」
「お! オッサンがつえー奴か? 怪我してんのにスゲーな!」
「ワシではない……それに、ワシはオッサンでは無いぞ!」
リューシャは、先手必勝とばかりに青年に体当たりをかます。
「そうこなくッちゃ! 良い勝負しよーぜ! オッサ……じいちゃん?」
「おじいちゃんでも無いわあああああああああ!」
二人が衝突し、辺りに激しい轟音が響く――
正直笑いながら書いた




