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サブエピソード 『目を見て話しましょう』

――ボルミア道中――



 リューチカ村を出発してからある日の事、リューシャが食料を調達する為に一人で村に行くことになった。

 リョウとセティアは追われる身の為、村に出入りするのは基本的にリューシャ一人だ。

 そんな時、事件は発生する。



「リョウさん、どうして私と目を見て話してくれないんですか?」


「ッ!? そ、それ聞いちゃう!?」



 そう、リョウは初対面の時以降セティアの目を見て話したことは一度も無かった。

 具体的にどこを見て話しているのかと言われれば、セティアの顔の左側あたりだろうか。

 時折目を右往左往させながら会話することもあるので、定位置は存在するものの、どこを見て喋るのかは定まっていない。



「リューシャさんの目はちゃんと見てるのに……私のこと、き、嫌いなのかと思って」


「いや! それは違う! 断じて違う! これはその……なんと言いますか……」



 一般的には、人と人とは目を見て話すものだ。

 対話相手に対して後ろめたいことがあったり、苦手意識、嫌悪感など負の感情があった場合はその限りでは無いが、これが基本。

 リョウはその基本が、殆どの女性に対して行えない。なぜなら――



「……女の人が、苦手……と言うか……」



 リョウは女性に対しての免疫力が殆ど無かったからだ。



「苦手? 嫌いって事じゃないんですか?」


「いや、そういう訳じゃねぇんだけど……あんまり女の人と話したことなくてさ、無意識で目逸らしちまうんだよ」



 リョウは異性との交流が極めて少なかった。そういった場面に自ら進んでいこうともせず、むしろ苦手意識からか意図的に避けてすらいた。

 その行動が積み重なっていき、リョウは女性と目を見て話すことが出来なくなっていったのだ。



「私もあまり男の人と話したこと無いんですけど、ちゃんと目を見て話せますよ!」


「俺も治そうとは思ってるんだけど……まぁ色々あってさ、治すどころじゃ無くなったんだ」



 リョウがホームレスになったのは社会人になった直後、治そうとは思っていたものの、それ所じゃない困難が自らに降り注ぎ、結局改善せずにここまで生きて来た。



「治しましょう! 私、リョウさんとちゃんと目を見て話したいです!」



 セティアの言う通りだ。せっかく人生をリセットさせることが異世界召喚によって出来たのだから、自分が逃げてきたことは1つでも改善して行きたいとリョウは思う。

 それに、セティアが治して欲しいと言ってきたのだ。治さない訳にはいかない。



「……わかった! 俺は治す! 治すことから逃げねぇ!」


「その意気です! じゃあ、こっち向いて喋りましょう」


「お、おう!」



 もちろんリョウは今までの会話の最中も、目を合わせて喋っていなかった。

 だが、このセティアの言葉を合図にリョウはセティアの瞳に視線を合わせようと――



「リョウさん、目が凄く色んな所に動いてます」


「……どういう訳か、セティアちゃんの目を見ようとすると磁石みたいに一瞬で別の場所を見ようとしてしまう」



 一瞬、ホンの0.1秒程度であれば目を合せられはするものの、すぐさま反射的に別の場所を見ようとしてしまう。

 そして、最終的に固定された位置は――胸。



「……どこ見てるんですか?」


「いや、違う、違うんだセティアちゃん。決してやましい気持ちがあって下を見ている訳じゃないんだ」


「じゃあ早く目を見て下さい!」


「この視線の位置が安定しすぎて、これ以上視線を動かすことを脳が拒否している……あと10秒、10秒で良い。このまま――アイタッ」



 セティアに頭を叩かれてしまい、リョウは視線をまた変える。

 今度はセティアの体すら見ておらず、セティアの体越しにある草原の風景に視線を移していた。もちろんこれは完全な無意識だ。



「ちゃんと目を見て下さい! ……それに、胸ばっかり見られると……恥ずかしいです」


「ごめんごめん……次は3秒以上目を見る。絶対」



 3秒、そう言ってしまうと短い時間だ。だが、こと女性と視線を合わせることにおいての3秒は、リョウにとっては恐ろしく長い時間だった。

 セティアは3秒という秒数に対して眉を少し寄せたが、リョウの覚悟を感じ取ったのか、



「わかりました。じゃあ行きますよ……ハイ!」


「……」



 この時間はリョウにとって最も濃密な時間だっただろう。

 覚悟を決め、セティアの目をしっかりと見る。

 それはもちろんセティアも一緒だった。



「……」


「……」



 大きな目から覗かせる煌びやかな薄水色の瞳。

 セティアの可憐な顔付きも相まって、今にも吸い込まれそうになる。

 事実、リョウはこの瞳の虜になっていた。



「……」


「……」



 自分の様な人間が、彼女とここまで長い時間目を合わせて良いのだろうかと思いもしたが、それは彼女の協力を無下にしてしまう思考だとし、頭から捨てた。

 そしてその思考を捨てたと同時に、リョウは自分の体の違和感に気付く。



――俺、滅茶苦茶ドキドキしてる。



 女性と目を合わせるだけでここまで心臓が活発になるのだろうか。

 確かにそれもあっただろう。だが、リョウの心臓、心を動かしていたのは女性と目を合わせていたからが原因では無い。

 セティアと目を合わせていたからこそ、リョウの心はここまでの昂ぶりを見せたのだ。

 そして――



「も、もうお終いです!」


「――へ? あ、お、おう。3秒経った? 数えてなかったわ」


「それ以上ですよ! た、多分30秒は見てました!」


「いやいやいや、桁が1個増えてない?」



 確かにリョウにとってこの時間の密度はとても濃いものだったが、それでも30秒は長すぎる。

 自分の体感としては長くとも、実際にはもっと短い時間であったことは理解できる。



「今日の練習はもう終わりです! 私、魔法の練習してきます!」



 そう言って頬を赤らめながら、セティアはリョウから離れるようにしてこの場を去った。

 なぜセティアが急に特訓を止めたのかは分からない、もしかすると嫌われてしまったのかとリョウは思ってしまう。



「ちゃんと目を見て話した結果、セティアちゃんから嫌われるってマジすか……」



 やはりセティアの目を見なければ良かったと、後悔するリョウであった。

 だが――




――ボルミア道中・後日――



 セティアと特訓をした日から、セティアとリョウの間には殆ど会話は生まれていない。

 リョウはもうセロス殺しの罪で出頭でもしようかと思ってすらいた。

 そんなある日、リューシャが再び急用で村に買い出しに行かなければならなくなり、2人きりになった時の事。



「リョウさん、特訓しましょう」


「……てっきり嫌われたかと思ってた」


「嫌いになる訳ないじゃないですか!」



 普段声を荒げることの無いセティアの声に、リョウは視線をセティアに反射的に向ける。



「お父さんを助けてくれた人を、私を助けてくれた人を嫌いになる訳無いじゃないですか!」


「……」


「本当は、リョウさんが私の事嫌いじゃ無い事も分かってました。でも、リョウさんと目を合わせて喋りたかったから……」


「……」


「あの日はごめんなさい。でも、今日はダイジョブです……一緒に特訓しましょう」



 自分に対してどこまで悲観的な人間なのかと、リョウは自己嫌悪する。

 自分が命を張って助けた人間が、自分のことを目を合わせただけで嫌いになる等、有り得ない。

 そして、自分の欠点を親身に改善しようとしてくれる彼女が、どうしてあの程度の事で自分の事を嫌いになるのだろうか。

 愚かな人間。だが、もう悲観するのは終わりだ。



「……今日は、目を見て喋れるようになるのが目標で!」


「はい! 一緒に頑張りましょう!」



 いつか必ず、自分が好きになった彼女の目を見て話せるように――

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