第一章最終話 『これから』
リョウは村の入り口までたどり着いた。
入り口にはまだ獣舎が止まっており、リューシャが自分を信じて待ってくれたことに安堵する。
リューシャを信用していなかったわけではないが、自分が置いていかれるのではないかという不安は少なからずあった。
「リョウ! 急げ! 早く乗るんじゃ!」
リョウの全力疾走を見て、リューシャも声を荒げてリョウを急かす。
そしてセティアも、
「リョウさん!」
心配してくれているセティアの声に、リョウは益々足を速める。
おそらくリョウが人生で最も速く走ったのがこの時だろう、動き始めた獣舎を追いかけ、リョウは獣舎の中に飛び込んだ。
「大丈夫じゃったか!? ルースは! 追っ手は!?」
「助っ人もいたんでなんとか、ルースさんも無事っす。……でも」
リョウはセロスを殺めてしまったことをリューシャに伝えるべきか迷う。
言わないで済むのなら言わないでおきたい。人殺しの烙印は、出来れば自分の心の中に納めておきたかった。
「でも、なんじゃ? 追っ手が来ておるのか!?」
「いや、あいつはもう大丈夫っす。……もう追ってこないっすよ」
「……リョウ、まさかとは思うが――いや、なんでもないわい」
リューシャはリョウがセロスに対して何をしたのか気付いたのか、リョウに何かを問おうとする。
だが、それは未遂に終わった。
それはリョウにとってもありがたい事だった。疲労しきった状態で、自分の罪を問われるのはあまりにも心苦しい。
「リョウさん、お父さんは……」
「大丈夫、これからどうなんのかは分かんねぇけど、今は無事だ。間違いない」
それを聞き、心から安堵した表情を見せるセティア。
セティアの顔を見て、自分が逃げなかった事は正しかったのだと確信する。
愚行であったのは間違い無いが、セティアの悲しむ顔を見なくて済んだ。それだけで良い。
「リョウさん、目を瞑って頂けませんか」
「え?」
「か、回復呪文をかけるので!」
おそらく、セティアはまた抱擁をしようとしている。
だが目の前にはリューシャが居るのだ、人目も憚らずそんな恥ずかしい事を素直に受け入れるのは抵抗があった。
彼女居ない歴十八年、女友達すらリョウの人生には存在しない。
「セティアちゃん、回復呪文かけてくれるだけで良いよ」
「でも、呪文を使うにはギューってしないと駄目ってお父さんが……」
「……まじすか」
「あの親バカが……」
どうやら、セティアは間違った魔法の使い方をルースを教えられているようだった。
であればリョウが不良達と戦った時の抱擁は、ただ呪文を唱える為だけに行った行為。
そこにセティアの好意は無かったのだ。
リョウは命を賭けて助けたばかりのルースを、恨まざる終えない。
「返せよ……俺のときめき!」
――ヴァルド大陸・名も無い泉――
リューチカ村から数時間、リョウ達は休憩がてら泉で昼食を食べていた。
リューシャによるとこの泉は魔物が嫌う臭いが出ているらしく、魔物に襲われる心配も無いらしい。
そういう場所には村や町が栄えるはずだが、偶然この場所は人が栄えず、豊かな自然そのままを維持していた。
「これセティアちゃんが作ったの? メッチャ美味いんだけど」
「私は朝に弱いので……」
「あぁ、そうだった。ごめんごめん……ってことはルースさん?」
リョウは昼食用に予め作られていたサンドイッチを食べた。
ハムやチーズ、マヨネーズで和えられた卵など色んな具がサンドされている中で、異色を放っているサンドイッチが数個。
その中の一つをリョウは口にし、さっきの感想を口にこぼした。
「ワシじゃ」
「いやいや、冗談は良いんで!」
「ワシが料理が出来たら悪いのかの」
「……いや、そういうわけでは……って、マジでリューシャさんが作ったんすかこれ」
リョウが今まで食べてきたサンドイッチの中でも圧倒的な美味さをリューシャ製サンドイッチは誇っていた。
ミンチ状になった牛肉?に、酸味の効いたトマトソースが和えられており、その中に時折見せる固形のチーズの食感が何とも癖になる。
タコスに近いだろうか。もしかしたらこの異世界での定番サンドイッチなのかもしれない。
リョウはそれをあっと言う間に平らげ、これから何所に行くのかをリューシャに聞いた。
「とりあえずは一段落ってことで、良いんすかね?」
「うむ」
「で、これからどうするんすか? 俺何も聞いて無いんすけど」
「国から出るのが最優先じゃ。この国から逃げさえすれば、奴等も追ってこんじゃろう」
セティアを追う組織はこの国でしか活動していないようだ。
なら国から出さえすれば、セティアの身の安全はある程度は保証されるのだろう。
「じゃが、この国から出るには許可証が必要での……ボルニアという町に許可証を扱っておる人間が居るらしい。一先ずはボルニアに向かおうと思っておる」
「ボルニア……」
セティアが少し不安げな声でボルニアの名前を口にする。
何かその街には悪い印象があるんだろうか、
「ボルニアって、どんな所なんすか? あんま危ない所だと、セティアちゃん連れて行きたくないんすけど」
「……治安が良い、とは口が裂けても言えんな。正直ワシも出来れば行きたくは無い。じゃが、必要なんじゃ」
案の上治安は悪いようだ。
だが国を出る為にはどうしても許可証が必要で、それを唯一入手できるのがボルニアなんだろう。
リューシャも、セティアを危険な目に会わせたくないと思っているはずだ。
セティアを危険な目には会わせまいと、リョウは拳をしっかりと握りしめる。
「セティアちゃん、大丈夫?」
「はい、必要なことですから。私も逃げてはいられません」
「……それに、セティアにとっては他の町の方が危険じゃ……リョウにとってもな」
「組織にとって、ボルニアは監視しにくい場所ってことすか……どっちかっていうと本拠地になりそうな気がしますけど」
治安の悪い場所の方が動きやすいはずだ。
この異世界にも警察の様な治安維持組織は存在しているはずだし、治安が良い場所の方が安全性は当たり前に高いはず。
リョウはその疑問をリューシャに問うた。
「……私を捕まえようとしているのは、この国、メルトなんです」
その問いに答えたのはリューシャではなくセティア。
そして、その口から出てきた言葉は、リョウの考えから大きく外れたものだった。
――セティアを狙っている組織は、国。
ならリョウが殺したのは――
「リョウが倒した男は、国の遣いじゃろう。……リョウ、何が言いたいかわかるな?」
「……」
リョウが殺したのは、国の人間。
この国がまともであれば、リョウは間違いなく追われる身となる。
下手すると、セティアよりも自分の方が危ない立場なのでは。
「リョウさん、ダイジョブです!」
「そう言って貰えると助かる……迷惑かけるな、セティアちゃん、リューシャさん」
「ガハハ! 心配するな! どっちにしろやることは変わらんからのう!」
励ましてくれる2人の仲間。
自分達に更なる危険が迫るかもしれないというのに、二人はリョウに心配かけさせまいとしてくれる。
自分は恵まれた人間だなと、リョウは心から思った。少なくとも、この異世界では。
「って、結局逃亡者かよ俺……せっかく逃げねぇで来れたのに」
逃げの宿命はリョウからどうしても離れたくないようだ。
どこまでも逃げという言葉が付き纏う自分に嫌気が刺しながらも、自分が逃げたとはリョウは思っていない。
これは自分が逃げなかった結果であり、逃げた事で生まれた逃亡では無い。
逃げなかった事実さえあれば、リョウはそれで十分だった。結果的に逃亡者になってしまっても。
「異世界逃亡生活、始めますか!」
リョウの異世界逃亡者生活が今、始まる。
――第一章『逃げの宿命』:完――
日常回を2話挟んで、2章に突入します!
ここまで読んで頂けて本当にありがとうございました!
次の章から炊飯器独自?の戦い方が出てきます。色物武器には変わりありませんが……




