第一章12 『神器』
「ッハ、結構カッコいいじゃねーか」
神器へと昇華した炊飯器。その形状を一言で表すなら角。
全長はリョウの身長よりも一回り程小さいが、それでも武器とすれば十分な長さだ。
色は黒に近い灰色で、魔力が少しずつ漏れているのか時折神器から魔力の電撃のような物が迸っている。
先端は鋭利とまでは行かずも、勢いを付けて突き刺せば並の人間の肉体であれば間違いなく貫通させることは出来るはずだ。
「助かったぜフォルトナ、正直諦めてた」
「君がここで死ぬのはつまらないからね、うん。それよりこいつを倒すことを考えないと」
「……お前なら一人でも倒せそうだけど」
今も尚、フォルトナはセロスの攻撃を体一つで完全に制止させていた。
これもこの世界の異能だろうか。ここまで完璧に攻撃を止める異能を持っているならば、フォルトナ一人でもセロスを倒すことは可能なはずだ。
「残念だけど、それは出来ない。僕は自分への干渉を拒絶することは出来ても、相手に干渉することは出来ないんだよ、うん」
「よくわかんねぇけど、俺を助けることは出来ても、フォルトナがこいつを倒すことは出来ないってことか?」
「まぁそういうことになるね、うん。君を助けること自体本当はルール違反なんだけど、リョウにはその価値があると思ったんだ」
フォルトナが何を言っているのか、大部分を理解することが出来ない。
が、リョウは自分がする事には何ら変わり無い事だけは理解した。
――セロスを倒すこと。
今ならフォルトナの体で、自分の姿は見えていないはず。
そう思いリョウは隙有りとばかりに神器をセロスに突き刺そうとするが、
「遅い! 遅すぎる!」
セロスはまるでリョウの攻撃がハッキリと見えていたかのように、バックステップで大きく後退し突きを回避。
「言ったろ? リョウ 僕は他人に干渉することが出来ないんだ。だから彼が僕の存在を認知することは無いんだよ、うん」
「いやそれ矛盾してるだろ。俺思いっきり見えてるけど」
「その理由は、リョウが亜人だから。亜人は元々この世界の住人じゃないから、僕が干渉することも、亜人が僕に干渉することも可能なんだ、うん」
「なるほどな……だからアイツらフォルトナを無視してたのか。セロスも俺が何かしたんだと思ってるみてーだし」
フォルトナと初めて会った時も、他の青年達はフォルトナの存在を無視していた。今思えばそれは無視していたのではなく、存在を認知していなかったのだろう。
干渉できないという点も納得が行く。セティアを助けてくれと言った時、フォルトナはそれは出来ないと言っていた。
フォルトナはセティアを助けたくとも、干渉することが出来ない故助けることが出来なかったのだ。
「独り言の多い亜人だ。何と醜い! 早く浄化させねば!」
どうやらフォルトナの声すらも聞こえていないようだ。セロスからしてみれば、リョウが独り言を言ってるようにしか見えない。
そしてセロスは再び自分の能力を使い姿を消した。おそらくリョウがまだ奥の手を持っていると思ったのであろう。
実際先ほどの絶対防御はフォルトナによるものだったが。
「リョウは正面にだけ注意すればいいよ、うん。後は僕が防ぐ」
「信じてるぜ……」
再び、静寂が訪れる。聞こえる音は、尋常でない程大きな音を立てて鼓動する心臓の音のみ。
自分が殺されるかもしれない恐怖。セロスに殺されかける前は死の感覚が麻痺しており、その感情が表に出ることは殆ど無かったが、今は違う。
自分が実際に死ぬ可能性があることを実感し、リョウは今も恐怖と戦っているのだ。
「――」
――だが、その恐怖に負けてはいけない。
「――」
――この戦いに負けてはいけない。
「――」
――自分の宿命に負けてはいけない。
「――っ」
――自分が守りたいと思った、笑顔を守る為に。
「うおおおおおおおおお!!!!!!」
前方に出現した悪鬼と化したセロス目掛けて、リョウは神器を突き刺しにかかる。
直線的な軌道。それだけならセロスも躱すのは容易だっただろう。
――だが、それだけではない。
「――!? 早いっ!?」
音速と言っても過言では無い。むしろそれ以上の速度と言っても良い超速の突きがセロスを襲う。
リョウが神器に力を込めると、それに呼応するかのように神器から魔力が噴射されたのだ。
言うなれば、魔力の蒸気。
その圧倒的な動力をジェット機の要領でリョウは突きの原動力に変え、この回避不可能な一閃を生み出した。
「――っく」
セロスは苦肉の策で長剣を盾にし、リョウの攻撃を防ごうとするが、
「っぐ、ぐお……ぐおおおおおおおおおお!!!――!?」
長剣が神器の破壊力に耐え切れず2つに分断される。
そして――
「俺の、勝ちだああああああああああああああああ!」
リョウの一閃が、セロスの肉体を貫いた。
今度こそ、今度こそ勝ったのだ。
「はぁっ! はぁっ! はぁ、はぁ」
極限状態の状況から解放され、一時的な呼吸困難に陥ってしまう。
この異世界に来て最も死を覚悟し、精神を摩耗した戦い。
今まで修羅場から逃げ続けてきたリョウにとっては、あまりにも酷な死闘だった。
「まさか殺すとはね。面白い、面白いよ、うん」
「はっ、はっ、はっ、はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ」
「リョウ、早くこの村から出た方が良いよ、うん」
フォルトナからの提案、もちろんそれには乗るべきだ。
だが、気絶したままのルースを置いては逃げれない。
「ルースさんを、連れてかねぇと……」
「あの人は気絶してるだけだし、大丈夫だよ、うん。問題は君が彼を殺してしまったこと。村人も何人かこの場を見ている。すぐに逃げた方がいい」
「そ、そっか……俺、人を、殺したのか」
人を殺したという実感はハッキリとは、無い。
自分の命を守ること、ルースを助けることで精一杯だったのだ。
それに、セロス程の手練れに対して手加減して戦える程リョウは強くない。
だが間違いなくリョウは人を殺した。
それが背負っていかなければならない事だけは、実感は無くても自覚はしている。
「まぁ相手も殺す気だったし、しょうがないよ、うん。よく考えれば殺しても殺さなくても君が追われる事に変わりはないしね」
「……フォルトナ、一緒に来ないか? セティアちゃんを守る為にも、お前の力が欲しい」
フォルトナが旅に加わってくれれば、セティアを守れる可能性はグッと高まる。
自分を助けてくれた恩人でもあるのだ、そのお礼もしなければなるまいとリョウは思い、フォルトナに旅の同行を頼んだのだが、
「リョウと旅をするのも、凄く面白いと思うよ、うん。是非お願いしたい所だ」
「じゃあ一緒に――」
「でも残念。僕は他人に干渉しちゃいけないんだよ、うん。そういうルールがあるんだ。昨日と今日は特別だったのさ」
理由はわからないが、フォルトナには旅に同行できない理由があるようだった。
その表情は、今までのどこか達観したような顔付きではなく、リョウの提案を受けることが出来ないことに対する苦難の表情。
もともと強制するつもりは無かった、事情があるなら仕方ない。
それに危険な旅だ。いくら存在を認知されないと言っても、他の亜人に会ってしまえば危険な目に会う可能性もある。
「そっか……また、会えるよな」
「君なら会えるさ――ディアルガ」
フォルトナの回復呪文。
セティアの回復呪文よりも回復能力は低いが、それでも今のリョウにとっては有難い。
マナは残念ながら回復しなかったが、疲れ切った精神、肉体を癒してくれる。
「これが僕の最後の干渉だよ、うん」
「サンキュ。じゃあな……フォルトナ」
「……うん」
最後にリョウはルースに目をやり、
「セティアちゃんを守る約束、必ず守るんで」
リョウは待ってくれているだろう、リューシャとセティアの後を追った――




