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第一章11 『愚行』

「リョウ君! どうして戻ってきた!?」


「逃げないのが俺のルールなんで、戻ってきました」


「セティアを守る為には君の力が必要なんだ! 約束してくれたじゃないか!?」


「……確かに約束しました。でも、それとこれとは関係ねぇ」


「関係あるに決まっているだろう! この男に勝てると思っているのか!」


「それはわからないっす。でも、俺は逃げない。ルースさんを助けることから、セティアちゃんの笑顔を守ることから」


「――素晴らしい」


「……は?」



 ルースとリョウの会話に割って入ったのは、もちろん銀髪の男だ。

 だが、男の言葉はこの状況では到底理解出来ない称賛の言葉。



「あなたの様な素晴らしい魂と出会えたこと、光栄に思います。自らの死を知りつつも、自分の信念を貫き通す為に命を賭ける……素晴らしい、素晴らしい!」


「……誰かわかんねぇ奴に褒められても、ちっとも嬉しくねぇよ。つか敵だし」


「失礼いたしました。私、セロスと申します」



 セロスと名乗った男は丁寧に自分の名を明かした。

 先ほどルースを殺そうとしていた時とは全く別の表情に、リョウはセロスの得体の知れない禍々(マガマガ)しさを感じつつも、自分に好感を持っていることは確かだと判断。



「意味わかんねぇよ……。そんな俺を褒めてくれんなら、その人助けてくれねぇか。で、セティアちゃんを捕まえるのも諦めてほしいんだけど」


「それは出来ません。この男の魂は穢れております故、私が浄化せねばならないのです。そして、神の子の捕獲は私の任務ですので、如何に素晴らしい魂の持ち主からの願いであってもお答えできません」



 もともと期待はしていなかったが、リョウの交渉は一瞬で失敗に終わった。

 となれば、リョウのするべき事は一つ――セロスを倒し、ルースを救う事。

 最初からそのつもりだったのだ、今更躊躇うことは無い。



「じゃあ、力づくで止めさせて貰うぜ――オラクル」



 リョウの手に炊飯器が召喚される。

 すぐにでも炊飯器を神器にさせたいが、間違いなく数秒は大きな隙が出来る。

 であれば開幕から炊飯器を神器に変えるのは得策と言い切れない。ひとまずは炊飯器の状態で様子を伺うのが良いだろうと判断し、



「うおおおおおおお!」



 当たれば大抵の物質をブチ壊すことが出来る魔力の塊の鈍器。

 リョウはそれを右手に持ち、思い切り助走を付けてセロスの肉体を殴打しようとするが、



「チィ!」


「あなたを傷つけたくは無いのですが」


「だったらそのまま当たってくれよ」



 リョウ自身の戦闘能力は決して高くない。それ故、見え見えの軌道の攻撃などセロスにとっては躱さない方が難しい。

 炊飯器は空を切り、そして男の気配が再び消える。



「気を付けてリョウ君、そいつは姿を消す能力を持っている」


「これ本当に消えてるんすね、てっきり速すぎて見えない系かと思ってました」



 セロスが消えている最中に自分が出来ることを考える。

 闇雲に炊飯器を振り回して運に身を任せるか、否、その程度の攻撃がセロスに当たるとは思わない。

 おそらく最もこの戦いの勝率を上げる方法は、敵の能力の弱点を探し、それを突くことだ。



「……つっても、弱点が無かったら終わりだけどな」


「リョウ君、おそらくそいつの能力は攻撃する時には――」


「しばらく眠っていて貰いますよ。浄化するのは彼の見えない所で」


「ッ!?」



 またもセロスが突然姿を現し、ルースを手刀で気絶させた。

 今のタイミング、間違いなくルースは殺されていただろう。

 それを気まぐれか、セロスは手刀で気絶させるだけに留まった。



「ご安心下さい。この男を殺すのは、あなたの見えない所で行いますから。せっかくの魂がこのような人間の魂で穢れる様なこと、あってはなりませんので」


「……」


「諦めて頂けませんか? あなたに危害を与えたくはないのです」



 セロスはリョウに倒されるとは微塵も思っていないようだ。

 確かに、リョウは弱い。 運動能力、戦闘能力、反射神経、戦いに関する能力は全て並以下。

 異世界基準で考えると、おそらく底辺だろう。

 だが、そこに勝機はある。敵が油断しているならば、まだ勝てる可能性はあるはずだ。



「ここまで来て逃げる訳にはいかねぇよ。ワンチャンでお前を倒して、ルースさんを助ける」


「……失礼いたしました。あなたに諦めろと言うのは無理がありましたね。では――」


「――」


「ここで眠って頂きます」



 セロスが消えた。

 リョウはルースが最後に言おうとした言葉が何であるかを考える。


――おそらくそいつの能力は攻撃する時には――


 今までのセロスの攻撃方法を考えるならば、この次の言葉は『姿を現さないと攻撃出来ない』が正しいはずだ。



「……一か八か戦法、多すぎねぇか俺」



 ルースの考えが正しいかはわからない。

 推測が間違っているかもしれないし、攻撃する瞬間のセロスを狙うにしても、リョウが攻撃を当てられるかはまた別問題。

 一歩間違えれば、敗北が決定してしまう。

 思えば自分は賭けに頼る戦いばかりだなとリョウは思う。それは当たり前のことなのかもしれない、自分より強者に勝つ為には、何かしらのリスクを負わなければならないのだから。



「――オラクル」



 リョウは炊飯器を召喚させる。

 間違いなく、次にセロスが現れた時が最後の攻撃になると確信。

 炊飯器を強く握りしめ、セロスの急襲に備えた。



「――」


「――」


「――」


「――」


「――」


「――っ」



 瞬間、リョウは炊飯器を思い切り真横にスイングさせ、後ろに現れたであろうセロスに攻撃を行った。

 当たれば間違いなく必殺の一撃。

 反応速度、炊飯器の軌道もリョウにしては完璧と言っても良いタイミングだ。



「そこだぁ!」


「――惜しい」



 が、セロスは上体を後ろに逸らして回避。余裕を表す言葉を口にする――

 だが、しかし。



「らぁ!!!」


「ぐっ――」



 召喚のやり直し。もはやリョウにとって十八番の攻撃手段となったフェイント攻撃だ。

 セロスが躱すことを予めリョウは予測しており、刹那のタイミングで炊飯器を左手に召喚。

 あとはそれをセロスにぶち当てるだけ。

 


「しゃあ! ざまぁみろ!」



 セロスはその予想外の攻撃に直撃し、吹き飛ばされるように建造物へ直撃する。

 リョウは勝利を実感し、勝者の咆哮を上げた。

 そしてすぐさまルースに駆け寄り、目を覚ますよう言葉を投げかける。



「おい! ルースさん! 大丈夫すか!?」



 ルースから返事は無い。返事は無いが、どうやら本当に気絶しているだけのようだ。

 リョウはルースを看護できるであろう、セティアの元を目指そうとする。

 が、



「――私を傷つけるような人間の魂が、穢れていないなど有り得ない!」


「ッ!?」



 セロスはまだ倒れていなかった。

 確かにリョウは手加減ゼロの一撃をセロスに与えたはずだ。

 ウルフリーダーをも怯ませる一撃、その一撃を喰らっても尚、男は健在。

 だがリョウが恐れたのはそこでは無い。

 先ほどの態度から一変し、殺気に満ちた男の表情だ。



「や、やべぇかもな……これ」


「私を騙したな! この穢れた亜人め! 今! 今すぐ浄化してやる!!」



 セロスは能力を使わず、長剣を抜きそのままリョウに向かって切りかかる。

 リョウはこれを躱せないと本能の部分で悟った。

 もともと、セロスがこちらに危害を加えるつもりで戦えば一瞬でケリの付く戦いだったのだ。

 それが少し遅れただけの事。



――もうちょっと生きてたかったな。もっとセティアちゃんと仲良くなりてぇし、リューシャさんともまだ話したいことは一杯ある。後悔が無い訳じゃねぇ、でも、最悪じゃねぇ。



 リョウは死を覚悟しながら、自分の心の中で喋り続ける。

 言わば走馬灯。



――だって俺、この異世界ではちゃんと逃げねぇで生きれたから。前の俺よりはちゃんと成長できたんだ。最悪じゃねぇ。俺は逃げなかった。それで十分だ。



 リョウは目を閉じ、その時を待った。



――そういや俺、炊飯器を神器にする前に死ぬのか。まぁ神器にする時間も無かったし、しょうがねぇ。ルースさんも殺されちまうんだろうな。結局、誰も救えなかったって事か。あの世で会ったら、ちゃんと謝らねぇと……つか、妙に長くねぇか。今頃俺死んでるはずなのに。



 走馬灯を経験するのは初めてのことだったが、あまりにも時間が長すぎる。

 今頃はセロスの長剣によって真っ二つにされているハズなのに、その現象の発生があまりにも遅すぎるのだ。



「――リョウ、神器を出してくれないかな、うん」



 聞き覚えのある声、口癖にリョウは目を開ける。

 その声の正体はリョウの思っていた通りの人間――フォルトナだ。

 そして、リョウが覚悟していた現象を防いでいたのも、フォルトナだった。

 だが、その防ぎ方はあまりにも異様なもので――



「なんだ! 何をした亜人!」


「リョウ、早く。一応これルール違反だからさ、うん」



 フォルトナは長剣の刃先に体を当てるだけで、セロスの動き、剣の動きを時が止まったかのように完全に防いでいた。

 だがリョウは現状を不思議がっている暇はない、フォルトナの言う通り、すぐにでも炊飯器を神器に昇華させねば。



「頼むぜ炊飯器……!!!」



 リョウは自分の中のありったけのマナを炊飯器に濁流の如く注ぎ込み、自分のマナ全てを炊飯器に託した。

 そして――



「うん、面白い。やっぱり亜人は何もかもが面白いよ、うん」


「行くぜ……セロスさんよぉ」



 炊飯器は、見事に神器へと進化した――

 


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