第一章9 『死の足音』
――リューチカ村・宿屋――
リョウはルース宅で食事を済ませ、村の宿屋に来ていた。
ルース宅は八つの大通りの内、北北東に位置する通りの住宅街に並んでいるのだが、商業施設である宿屋はもちろんその通りには構えていない。
宿屋は北北西の大通りに構えられていて、ルース宅からはそこそこ距離がある。
「やっぱ炊飯器で戦うことになんだよなぁ俺……」
一年ぶりのベットに横たわり、呟く。
「今の所炊飯器以外の召喚方法もわかんねぇし、最悪別の武器で戦っていくのもアリかもな」
ルースに別の神器を召喚できるか聞いたものの、満足する答えは貰えなかった。
――別の神器も召喚することは出来るはずだよ。ただそれを、どうやって召喚していたのかは僕もわからない。リョウ君の適性を考えるに、召喚することは出来ると思うのだけれど――
可能性がゼロじゃないことは救いだったが、方法がわからないなら、召喚出来ないことに変わりない。
「ふあぁ……とりあえずマナが回復してからの判断かな、炊飯器で戦っていくかどうかは」
リョウにとって今日はあまりにも多くの出来事がありすぎた。
これ以上の考えるのを止めて、目を閉じる。
しばらく隣の部屋から聞こえてくる生活音に眠りを妨げられたが、それも眠気ですぐ気にならなくなり――
―――――
――――
―――
――
――リューチカ村・商店通り外れ――
リューチカ村は、夜明けを迎え始める。まだ太陽が姿を完全に現す程明けてはいないが、鳥達のさえずりが聞こえ始め、早起きの村人は朝を迎える準備を始める時間だ。
そんな時間に、早起きとは無縁の風体の青年たちが数人、商店通りの外れで屯をしている。
――そして青年達とは別の、異色を放つ男が一人。
「だからよぉ、変な奴が邪魔しにきて逃げられちまったんだって」
サングラスの青年が、銀髪の長髪の男に喋る。
それに同調するかのように、他二名の青年も言葉を合わせた。
「……失敗した。ということでよろしいでしょうか」
「まぁそうなる。わりぃな」
サングラスの青年はそう言うと、他の青年達とともに外れ道の奥へ消えようとした
――が。
「すみませんが報酬は無しという事なので、お金を返して頂けませんでしょうか」
「あぁ? 金ならもうねぇよ、全部つかっちまった!」
「なるほど、わかりました。ではさようなら」
男のあまりにも淡泊すぎる言葉に違和感を感じたサングラスの青年は、ふと男がいた場所を振り返る。
が、そこには既に男の姿は無く――
「……あぁ? どこ行ったんだアイツ――うぉ」
何かが自分の顔に噴射され、思わず声を上げる。
液体を手で拭い、液体が何であるか確認した。
――これ、血か?
これが血だとすれば、一体どこから血が出ているのであろうか。
間違いなく自分では無い。ではどこから――
青年は最悪の想定をしながら、おそるおそる自分の両脇に居た青年達を見る――
「――っ!!?」
想定の、的中。
2人の姿を見た瞬間、これが銀髪の男によるものだと一瞬で理解した。
サングラスの青年は自分の死の足音が急速に足を速めていくのを感じながらも、動くことは出来ない。
蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだろう。
姿は見えないにしても、自分が今標的にされている事実だけは明確にわかる。
「わ、わかった! わかった! 金は返す! 全部返すから! 助けてくれ!」
サングラスの青年の必死の命乞い。
それに対し、銀髪の男は――
「安心して下さい。貴方の魂は今、助けますから」
「へ?」
またもや淡泊な返答を返され、何を言われたかすらも脳が理解を拒んだ。
頭の中で銀髪の男が何を喋ったのかゆっくりと咀嚼していき、彼が自分を助けると言ったことをようやく理解。
「た、助けてくれるのか!?」
「えぇ。穢れた魂は、一度浄化しなければなりませんから」
「な、何言ってんだよお前……意味、わかんねぇよ」
いつのまにか銀髪の男は姿を現していた。
その表情は、この場に最も相応しくないであろう、笑顔――
サングラスの青年は、自分が真っ当な人間では無い事を自覚していたが、それ以上に今目の前にいる男は狂気に満ちていると恐怖する。
辛うじて動くようになった足を、一歩、また一歩と後ろに動かしていき――
「うおおおおおおおおおおおおおおおお――」
十分な距離を銀髪の男と保った所で、思い切り逃げ出そうとした。
逃げ出そう、と、した。
「あ――」
何が起こったのかはわからなかったが、サングラスの青年は今自分がこけているのだと判断する。
理由は単純。自分の体が、前に倒れようとしているからだ。
だが、サングラスの青年には疑問が一点。
――なんで俺の上半身だけが、落ちて行ってるんだ?
青年はこけたのではない。
こけたのなら、下半身が一緒に付いて来ているはずだからだ。
ではなぜ自分の下半身は立っているのに、上半身だけが地面に落ちようとしているのか。
その理由を思考する内に青年は――死んだ。
「あぁ、これでまた、世界が洗われる」
その光景を見ながら銀髪の男は一層の笑みを浮かべ、晴れやかな声色でそう呟いた。
――そして、それを眺める青年がもう一人。
「さて、どうなるかな……うん」
――――
―――
――
―
――リューチカ村・ルース宅――
「リューシャさん、怪我の具合はどうすか?」
「完治とまではイカンが、もう傷は塞がっておる。流石ルースじゃ! ガハハ!」
リョウは宿屋を後にし、ルース宅へ赴いていた。
疲れにより寝坊するか不安に思っていたが、幸いなことにそれは杞憂に終わった。
「ふあぁ……リョウさん、おはようございましゅ……」
「おはようセティアちゃん。眠れたかな?」
「実は、あんまり眠れてなくて……」
眠れないのも無理はない。誘拐されかけ、今なおその魔の手はセティアを狙っているのだ。
寝ぼけているセティアの姿に癒されながら、リョウはこの少女を守る決意を新たにする。
「準備が出来次第、すぐに出発して貰いたい」
「俺は特に準備することも無いんで、いつでも行けますよ」
「ワシも粗方準備は終わっておる。使いにも準備しておくよう言っておるから、希望通りすぐに出発できるぞい」
「私も……いつでも大丈夫できまふ……」
「セティアちゃん、まだ寝ぼけてる? いや、可愛いからいいんだけど」
「セティアは朝に弱くてね、毎朝こんな感じさ。30分もしたら元に戻ると思うよ……では、行こうか」
昨日とはまた違った彼女の可愛さに惚けるリョウ。
それに気付いたのかはわからないが、ルースが出発を促した。
全員その指示に従い、村の入り口に待っているであろう獣舎を目指す。
――リューチカ村――
「お父さん……やっぱり私、怖いです……」
「ほとぼりが冷めれば、すぐに帰ってこれるさ」
目が覚めてきたのだろう。セティアはルースのコートの袖をギュっと掴み、ルースに不安を零していた。
それを聞いたルースは、これ以上セティアが不安にならないように優しく声をかける。そしてリョウも、
「大丈夫、セティアちゃん。なんか会ったら俺が守ってやるよ」
現状間違いなく弱い人間であることを自覚していたリョウではあったが、セティアに励ましの言葉を掛けずには居られない。
それはリョウがセティアに対して好意を抱いているから。
彼女いない歴十八年のリョウには、彼女の抱擁はあまりにも効力が高すぎた。
「ありがとうございます、リョウさん」
「さて……、僕はこのあたりで失礼するよ。使いの人間の足止めもしないといけないしね……、二人とも、娘を頼んだよ」
「子供2人の面倒を見るのはちと大変じゃが、なんとかするわい! ガハハ!」
「ぼちぼち、頑張りますわ。自分のことも」
リョウ達はルースと別れようと――
「すみませんが、少しお話をお伺いしたいのですが」
その別れは一人の銀髪の男によって防がれた。
長身、長髪、長剣の、どこか得体のしれない雰囲気を放つ男。
服装により、リョウはこの村の人間で無い事を判断する。どちらかと言えば、王国の剣客のような見た目だ。
「はい、どうされましたか?」
ルースが男に答えた。あくまで平静を装って。
「失礼ですが、神の子を私に預けては貰いませんでしょうか」
男はセティアを見ながら、そう言い放った。
その言葉を聞き、リョウはこの人間がセティアを攫おうとした人間だと理解。
おそらく、リューシャ、セティア、ルースもそれに気付いたのだろう。全員の顔が強張り、各々どうするべきかを考えている。
そして、ルースが口を開いた
「それは出来かねます。お引き取り願いたい」
当然の要求否定。
「私も、手荒な真似はしたくないのですが」
銀髪の男はそう言うと長剣を鞘から抜こうとし、それを――
「フゥン!」
リューシャが男を吹き飛ばすようにタックルをし、男の先制攻撃を防いだ。
それと同時に、これは宣戦布告になるものだと判断、暗唱で炊飯器を召喚させる。
ルースもセティアを守るような形で詠唱の準備に入り、
「娘は渡さないよ」
――セティア護衛戦、開幕。




