プロローグ 『異世界召喚っす』
今にも倒れそうな青年が、公園の中でも一番大きい木の根元を眺めていた。
ボロボロの服、ベトベトの髪、ボーボーの髭。
青年と呼ぶにも抵抗がある見た目で、とても18歳とは思えない。
「これ食わないと、どっちみち死ぬよなぁ……」
青年は呟くと、木の根元に生えているキノコを恐る恐る引っこ抜いた。
水色の傘、赤色の斑点模様、毒キノコ大全集なるものがあれば、間違いなく載っていそうな見た目。
青年はキノコをしばらくじっと見ていたが、突然、キノコにガブリと齧り付いた。
「あれ、意外と美味い!」
どうやらキノコが思った以上に美味しかったらしく、あっと言う間にキノコを平らげ、そして――
――この世界から、消えた。
――???――
「――い、――か!?」
何やら声が聞こえる……青年は目を覚ました。
どうやら青年はキノコを食べた後、気絶してしまっていたようだ。
意識はハッキリしてないが、自分を呼ぶ声に、少しずつ意識を明瞭にさせていく。
青年の意識が戻ったことに気付いたのか、声の主はますます大声で青年に呼びかける。
「――おい! しっかりするんじゃ! 大丈夫か!?」
やっと青年は声の主が何を言っているのか、ハッキリ分かった。
それと一緒に、自分が声の主に助けて貰ったのだと分かり、無事を伝える為まず目を開いた――
「……は?」
青年が最初に見たのは大柄な男、自分が無事だった事に安心してくれているようだった。
そして次に青年は、見慣れない――薄暗い倉庫っぽい所にいることに気付いく。
青年は大柄な男にお礼をほどほどにして、この場所がどこなのか聞いた。
「すいません、助けて貰ったみたいで……ところで、ここどこすか?」
「ガハハ! 命拾いしたのう! もしワシらがここを通らなければ、魔物に食い殺される所じゃったぞ!」
「……え? 魔物?」
魔物というキーワードに、青年は強い違和感を覚える。
当たり前である。魔物なんてものはファンタジー世界だけの生き物で、この大都会東京に現れるはずが無い。
現れるとしたら、それは幻だ。
「どうやら大分混乱しておるようじゃな、まだハッキリとした意識が無いのか? 名前は言えるかのう?」
「確かに、まだちょっと頭が痛いっすね。名前は。善田良って言います。……それより、今何に乗ってるんすかね? 車じゃないっすよね?」
リョウは乗り物に乗っている事は分かったが、自分が一体何に乗っているかまでは分からない。
なぜなら今リョウが乗っている物は、乗用車でもトラックでも、はたまた電車、新幹線でも無い、初めて乗る物だったからだ。
「――車ぁ? まぁよい、今お主……リョウが乗っとるのは獣舎じゃが? 知らんとは珍しいの」
男が車を知らないような喋り方をしたのに違和感を感じながらも、リョウはこの乗り物の名前『ジュウシャ』について考える。
――獣舎? 馬車か? いやいやオカシイ、町中に馬車なんてあったら時代錯誤にも程がある。と言っても、乗り心地はもちろん、内観も薄暗くてハッキリとは見えないが明らかに車とも違う、例えるなら映画や漫画に出てくるような荷車に近い。……何かの撮影の帰りか?
リョウは男をじっくりと見てみる。年は40代後半から50代前半? 顔には十文字の傷があり、肌はやや褐色。今のIT時代にそぐわない骨格に、それに相応しいマッスル――趣味は筋トレだろうか。
それよりも気にした方が良いのは、男のファッションだ。ファンタジー世界の商人のように頭にターバンを巻いていて、全体的にまるで中世時代からやって来たような服装だ。
――なるほど、オッサンはコスプレと筋トレが趣味で、イベント帰りもしくはイベントに行く最中に俺が倒れているのを見つけた、役作りに熱中するあまり、今も尚そのキャラクターを演じ続けている。これなら筋が通る。少なくともおっさんが意味不明なことを言っていることと、服装に関しては。
「おじさん、イベント帰りすか? すいません助けて貰って」
「ええんじゃええんじゃ! ワシも倒れている人間を見つけてほったらかす様な事はせんわい! ガハハ!」
「お礼したいのは山々なんすけど、今お金無いんすよ。ここで降ろして貰って大丈夫っす! ホント、助かりました」
「ここで降ろしても魔物に食われるだけじゃぞ、ワシが助けた意味が無くなる。とりあえず、今向かっておる村までは乗せてやるわい!」
まだ男はコスプレキャラクターの役を演じ続けていた。
もしかすると、未来永劫キノコのせいで目覚めなかったかもしれないリョウを起こしたのにも関わらず、一向に素に帰らない。
ここまで来ると男は本当に異世界の住人なのかもしれない、というか異世界転移でもしてしまったのかと思い、
「あの……変なこと聞いて良いすかね?」
「ん? なんじゃ?」
「……ここって、異世界だったりします?」
トンチンカンな質問。
クオリティの高すぎるコスプレに、演技と思えない男の言動、初めて乗る乗り物、判断材料はこれだけだ。
あと強いて言えば、自分がキノコを食った後気絶したこと。
黙っている男を見て、有り得ないよなと思い質問を撤回しようとする。
「すんません、意味分かんなかったっすよね。今の質問は忘れて――」
「いや、おそらくお主にとってここは異世界じゃ。……ワシも会うのは初めてじゃったから、気付かんかったわい」
「なっ……!?」
絶対外れだと思っていた予想を正解だと言われ、リョウは驚く。
だが肯定された以上は、なぜ自分が異世界から来た人間だと思ったのか、聞かなければならない。
なぜなら異世界召喚はイレギュラーであるはずで、気絶していただけの人間を異世界の人間だと思うには無理がある。
もしリョウが逆の立場だったら、間違いなく異世界から来た人間とは思わない。
「まさか肯定されるとは思わなかったすよ……ハハ、適当言っただけなんすけどね……。つか、異世界から人が現れたっていう考えに辿り着いたおじさんも凄いっすよ、なんでそう思ったんすか?」
「まず服装じゃな。他の大陸では知らんが、『ヴァルド大陸』では見たことが無い。特殊すぎる服じゃ」
「なるほど、確かにここが異世界だとすると、おじさんの服装見る限りジャージなんて無いでしょうね」
そこまで喋って、リョウは自分の異変にやっと気付いた。
あまりにも自分がキレイすぎる。
清潔と真逆の見た目をしていたはずの自分の体、服、髪、髭が、普通の状態に戻っているのだ。
痩せ形ではあるが筋肉質な肉体、黒を基調とし、白のラインが入ったジャージ、短髪をオールバック気味に整えた髪、丁寧とまではいかないが、キチンと剃られた髭。
リョウが不潔になる前の格好と、全く一緒だった。
「それに、異世界から人間が来ることは珍しいことじゃが、有り得ないことでは無いわい」
「ん? どういうことすか?」
「別の世界から年に何百人か、人間が突如現れるのじゃ。ここでは異世界から来た人間を、亜人と呼んでおる」
自分がキレイになった理由を考える暇も無く、新しい情報が投げかけられる。
どうやらこの異世界では、異世界召喚はイレギュラーではないらしい。
呼称まで付いてるなら、本当に有り得ない事じゃないんだろう。
リョウは異世界召喚がイレギュラーじゃない事に衝撃を受けつつも、自分が異世界に召喚されたのだと、確信する。
「俺の人生、まだワンチャンあるじゃねぇか」
これから自分が織り成すであろう異世界チートハーレム無双を妄想しながら、リョウは呟く。
リョウにとって今回の異世界召喚は、願っても無いハプニングだった。
人生を謳歌していた人間ならそう思わないだろうが、リョウはその真逆の人生。
現代には微塵の心残りも残っていない。レッツエンジョイ、異世界生活――
――リョウの異世界召喚物語が今、始まる。