第二話
目が覚めると、そこは森の中だった。
「あれ? たしか俺、崖から落ちたよな?」
確かに、崖から落ちたはずだった、しかし、体は痛くない、それどころか傷一つ付いていなかった。
おかしい。
何か変だ。
「ここ、どこだよ」
近くには落ちたであろう崖がある、しかし、精々3メートル程度なのだ。
「あの崖、確かもっと高かったはずだよな?」
まぁ、こうして助かったのだ、そこは素直に喜ぼう。
そういえば、身投げしようとしていた女性はどうしたのだろう。
怖くなって帰ったのだろうか。
しかし俺は、その女性を助けて落ちてしまったのだ。
俺が死んだと思ったのだろうか。
それでも、様子ぐらい見に来るのが礼儀というものだ。
「こんな事考えていても仕方ないか」
そう思って俺は、家に帰ることにした。
「どうしよう、迷ったかも」
あれから二時間は歩いただろう、しかし一向に森から出ることが出来なかった。
それに、さっきからずっと同じ所を歩いているような気がする。
今は何時頃だろうか。
喉が渇いてきた。
会社に行かなければならないのに……
疲れた……
「にゃあ」
「うわ! なんだこいつ、全然気付かなかった」
突然のことに驚いて、その声のした方に目を向けるとそこには猫がいた。
猫だ。
真っ白な猫だ。
でも、でかい、大型犬くらいの大きさだ
世界にはそれくらい大きな猫がいることは知っている。
でも、ここは日本だ、しかも山奥だ。
いや、山奥だからこんなに大きい猫がいるのだろうか。
百歩譲って、日本の山奥に大きな猫がいることにしよう。
それにしても真っ白っておかしくないだろうか。
山奥に生息しているのだから、もっと隠れやすい色の方が良くないか?
しかもこんなに大きいのだ。
すぐに居場所がばれてしまって、狩りなんかできないだろう。
もしかしたら、捨て猫なのかもしれないな。
そうだとしたら、あまりに可哀想ではないか。
人間の都合で飼われ、大きくなったから捨てるなんて、あまりに勝手すぎやしないだろうか。
飼い始めたのだから最期まで飼うのが、義務というものだ。
動物を飼うというのはそういうことだ。
一つの命にたいして責任を持つべきだ。
なんだか腹が立ってきた。
「にゃ~~ん」
そんなことを考えていると、猫が擦り寄ってきた。
どうやら甘えているようだ。
「お、おう」
結構な迫力だった。
というか、本当に声がするまで気付かなかった。
俺だってそんなに馬鹿ではない。
こんな大きくて白い猫が近づいてきたら、いくらなんでも気付くだろう。
でも気付かなかった。
なんだか不思議なやつだ。
猫を撫でているとなんだか可愛く思えてきた。
昔から動物が好きで、以前も述べた様に子供の頃は、将来動物園の飼育員になろうと思っていた程なのだが。
こんなにも可愛いと思ったのは初めてだ。
運命的なものまで感じてきた。
もふもふしたい。
しかし、もふもふしてもし怒らせてしまったら、俺はこの猫に狩られてしまうだろう。
こんなに大きな猫に勝てる気がしない。
我慢しなくては。
しかしもふもふしたい。
でも狩られるのは嫌だ。
ああ! もう我慢できん! もふる!
もふもふもふもふもふもふもふもふ――――
はっ! いけない、夢中でもふもふしてしまった!
こんな事をしている場合ではないのだ、早く森から出ないといけない。
というかこの猫……
「どんだけ人懐っこいねん!」
思わずツッコミをしてしまった。
話がだいぶそれてしまったが、俺はこの森を出ようとしている最中だったのだ。
別れるのは辛いが、こんな事をしている場合ではなかった。
しかしどうすればよいのだろう、闇雲に歩いても意味がない。
「どうしよう……」
「にゃあ?」
「いやさ、この森から出たいんだけど出れなくてさ」
「にゃあ……」
「なぁ、お前さ、この森の出口知らね?」
俺はなんて馬鹿な事をしているのだろう。
猫に出口を聞くなんて……
猫に人間の言葉なんて分かるはずがないのに……
「にゃあ!」
と、まるで返事をしたように声を出したかと思えば、猫が歩き出した。
少し歩いたら、こっちを振り向き。
「にゃあ!」
まるで付いて来いと言っている様ではないか。
まさか、人間の言葉が分かるのか?
しかし、この猫に付いて行っていいのだろうか。
いや、このままここにいても何も変わらないな。
そう思った俺は、藁にもすがる思いで猫に付いていってみる事にした。
三十分程歩いただろうか、どうやら森の出口が見えてきたみたいだ。
「やっと出れた~~」
広い草原に出た俺は驚愕した。
自分の目を疑った。
目を覆いたくなった。
どこかで分かっていたのかもしれない。
いや分かっていたのだ。
しかし自分のその考えを肯定したくなかった。
避けていたのだ。
事実から目を逸らし逃げていたのだ。
しかし、もう逸らすことはできない。
おかしな所はいくつもあったじゃあないか。
山奥にいる大きな白い猫。
見たことも無い木々。
そして……
空に浮かぶ二つの大きな怪しく光る赤い星。
ここは、まぎれもなく、どうしようもなく、異世界だった。