走るファイヴミニッツ4
『おい、早く来い!』
寝ているところを電話で起こされ、若干イラつきながらも応対する。
「は? どこにだよ? 一体何があったんだよ?」
『学校に決まってんだろ。江川の授業、お前もう四回休んだだろ。今日来なかったらアウトだぞ!』
「……今日は木曜だろ?」
『バカ! 今日は月曜日課だ』
その言葉を聞き、頭が一瞬にして冴え渡る。マズい。この単位を落としてしまったら、また一歩、卒業から遠ざかる。
「すぐ行く!」
『急げよ。後五分がリミットだ』
通話を終える。
既に布団からは飛び出していて、近くに置いてあった服を身につける。携帯電話と、少し財布を探してポケットに入れ、床に無造作に転がしていたバッグの中身を確認する。さすがにここで辞書も教科書も入っていなかったら、教室から追い出されてしまうかもしれない。……オッケー、大丈夫だ。鍵もかけず、靴も踵を踏んだまま部屋を後にした。
アパートの階段の部分には屋根がなく、おそらくは昨夜の内に降ったのだろう、雪が積もっている。ここで滑って転んでしまっては、元も子もない。一段ずつしっかりと降りる。
自転車に跨り、全力で漕ぐ。さすがに道路の雪は解けている。目の前の信号は青。しかし右折してくる車が見えた。ブレーキをかけ、余裕を持ってそれを見送る。気づいていなかったら、危うく撥ねられるところだった。
ここからは下り坂、俺はペダルを漕ぐ足に力を込める。今日は絶対に、遅れてはいけない。今までの早起きが全て無駄になってしまう。昨夜も寒い中遅くまでバイトをしていて、その後帰ってから課題だって頑張った。休むわけにはいかない。
道路に雪がないとは言え、凍ってしまっている箇所が見えた。スリップしないよう、それらを避けながら自転車を漕ぎ進める。途中でお婆さんが歩いているスレスレを追い越す。氷で滑っていたら、危ないところだった。
大きい交差点の信号は青だった。先のことがあるから、辺りをきちんと見るが、車が来る様子はない。すべて広い道だから、急にやって来ることはないだろう。そのままペダルを漕ぐ。
北門から大学に入る。自転車を停めて校舎に入り、階段を駈け昇る。携帯電話を見ると、タイムリミットはもうあとわずか。教室のある四階まで走る。
四階の廊下の、一番奥。そこが次の授業の教室だ。もう江川は来ているだろう。しかし五分の遅刻なら許してくれる。一秒でも遅れるとアウトだが。あと数秒だ、さらに走る速度を上げる。
だから左側の研究室から、誰かが扉を開けるのを、避けることができなかった。何の研究室かは知らないが、何回か見たことのある教授が出てこようとしたのだろう、運悪く俺の進路を阻んでしまった。
「あ、ゴメン。大丈夫かい?」
「はい。自分こそスイマセンでした」
立ち止まって確認するが、痛む箇所はない。何かを落としたワケでもない。あまり怒られる気配もない。
「すいません、急いでるんで、失礼します」
タイムロスになってしまった。あと何秒かなんて、確認している暇も惜しい。
息切れを治めることもせず、教室の扉を開ける。
「はぁ、はぁ……すいません、お……遅れました……」
教室のみんなが俺の方を見る。江川も。
「…………五分二秒の遅刻だな。帰れ」
「え、二秒……」
「帰れ」




