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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
四章 俺と彼女と神との契り

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乖離

「失敗、だったの?」

『ああ』


 尋ねる母さんに短く答えつつ、俺はこくりと頷いた。

 母さんもまた「そう」と頷く。叔母さんを始めとする御尾家の面々も似たような様子で、あまりショックを受けた感じはない。失敗してもまた挑戦すればいいと、やんわり受け止めてくれているからだろう。

 ただ、紗羅の反応は違っていた。


「何が原因だったの……?」


 成功を信じてくれていた分、ショックが大きかったらしい。

 彼女は見てはっきりわかるほど表情を曇らせていた。


『……えっと、なんて言ったらいいかな』


 だいたいの原因は察しがついている。


『紗羅のおかげで、姿のイメージは掴めたんだ。でも、それだけじゃまだ元に戻るには条件が足りてなかった』

「……どういうこと?」


 しかし、俺の拙い説明では伝わらず、紗羅は怪訝そうに首を傾げる。

 そこで間に入ってくれたのは凛々子さんだった。


「そうですねー。お嬢様は変身するとき、どうしていますか?」

「え? どう、って……魔力を解放する感じ?」


 答えた紗羅はなおも困惑気味だが、凛々子さんは微笑んで頷く。


「ですよね。では、真夜さんや真昼さんが猫の姿になる時は?」

「お嬢ちゃんが言ったののほぼ逆よ。活動に必要なエネルギーを最大限に抑えるイメージ」


 部屋の隅で丸くなっていた真夜本人がそう教えてくれた。


「ありがとうございますー。で、ここで注意なんですが、今言った二つは方向性こそ違うものの同じ方法論なんです。扱いたい魔力の量に適した姿へ変化している、という意味で」


 このプロセスを俺たちは「変身」と表している。

 しかし、この「変身」は本来、姿かたちを変えるという意味での変身ではない。


「意味合いの違う二種類の変身がある、と考えてくださいー。私やお嬢様がサキュバスになったり、杏子様や世羅様が天使になる場合には、基本的に変わる姿は決まっています。別人に化けることが目的ではありませんから」


 対して、例えば紗羅が『御尾悠人』の姿に変身するには全く別のプロセスが必要になる。化ける先の姿を明確にイメージし、肉体を変化させなければいけないからだ。

 前者をモードチェンジ、後者を変化へんげとでも仮に呼ぶなら。


「では、悠人さんが元に戻るのはどちらの変身でしょうー?」

「……変化、のほう?」


 そう。理屈で言えばそうなる。だって、姿を変えるのにイメージを必要としているのだから。

 しかし、ここで矛盾が生じる。


「悠人さんは『元に戻るだけ』のはずなんです。この場合、モードチェンジでも変化でも、通常、元に戻るのにイメージはいりませんー」


 自分の身体だから自分が一番わかっている、がこの場合は正しい。

 けど、俺の場合はそうじゃなかった。


「悠人さんは『元に戻る』べき元の姿がわからなくなっているんです」


 本来なら、身体や魂が記憶しているべき『元の姿』が何らかの理由でリセットされてしまった状態。だから、詳細なイメージが必要だった。


「ですよねー? 悠華さん」

「うむ。悠が行っているのは、本来の姿を自分自身に再度、教え込む作業だということじゃ」


 皆が説明を代わってくれて助かった。俺の理解は現状からの逆算だったので、理屈としてどうこう、というのは詳しくわかっていなかったから。

 紗羅も凛々子さんの説明で理解してくれたようだが、それでも納得できない様子で小さく呟く。


「でも、そんなことって有りえるの?」

「いえ……普通は起こらないと思いますー。なので、私は悠華さんが何かをしたのだと思ったのですがー」


 凛々子さんから視線を向けられると、悠華はのんびりと答えた。


「まあ、多少、そうなるようには仕向けた」

「じゃあ、御尾くんが失敗したのは……」

『いや』


 紗羅の表情が険しくなりかけたところで、俺は皆の話を遮った。


『悠華のせいじゃない。俺が迷ったのがいけないんだ』

「迷った、って」

『自分の心がわからなくなった……っていうか。俺は誰なんだろう、って』


 また記憶が無くなったわけじゃない。

 むしろ、どちらかといえば逆だ。


「結果から見れば、最大の原因はそこの悪魔じゃろう。そやつの悪戯のせいで、悠の肉体と精神とがより明確に乖離した」

「そうね。さすがにそこまで考えてはいなかったけど……後から記憶だけが戻ったおかげで、思いがけないことになった」

「戻った、のではなく、なった……という感覚が強くなってしまった、のじゃろうな」

『最初は気づいてなかったけどな……』


 戸惑いはあったが、すぐに慣れると思っていた。

 けれど、もしかしたら俺は、あそこで違和感を放置するべきではなかったのかもしれない。原因を突き止めて受け入れていれば、あるいは別の結果に――。


「ちょ、ちょっと待って。それって、もしかして……」


 思考が結論に辿り着いたのだろう。紗羅が慌てたように声を上げた。

 彼女は悠華や凛々子さん、真夜を順番に見つめたあと、どうするべきか迷うような素振りを見せる。

 そこへ、静かな声が投げかけられた。


「はい。紗羅さんがお考えの通り、悠人様のお悩みの原因は――『羽々音悠奈』の記憶、です」


 *   *   *


 羽々音悠奈の消滅。

 男に戻るうえで避けられないその結末を、俺は一度納得していた。

 それが狂う最初のきっかけは悠華の言った通り、真夜が俺の記憶を封じたことだっただろう。

 あの出来事のせいで『羽々音悠奈』は『御尾悠人』に戻り損ねた。

 封印された記憶が戻るまでの数日――ほんの数日の間に、すべてを忘れた俺は華澄と出会い、彼女に惹かれた。

 あのまま紗羅が来なければ、淡い気持ちは明確な恋心に変わっただろう。


 ――紗羅と過ごした日々を覚えていれば、そんなことありえなかった。

 たぶん、言葉にするならそんな思いが俺の中に生まれ……結果『悠人』と『悠奈』が俺の中で分離し始めた。

 記憶が戻ってから何度も感じた違和感は『悠奈』が上げた悲鳴のようなものだったのだ。


 更に、悠華により男性機能が封印された。男としての情動を抑制されたことで、自分でも気づかないうちに『悠奈』の影響が強くなっていった。

 そして、昨夜の出来事。

 紗羅の記憶から悠人の姿を把握した後、俺は紗羅と『悠奈』の思い出を見た。

 それらは悠人との思い出よりもずっと多く、また一つ一つが煌めいていた。


 たった二か月。

 でも、とても長い二か月だったのだ。

 ……だって、大好きな人と一緒に居られた時間だったから。


 ひとつ、記憶に触れるたび、胸がきゅっと絞めつけられた。

 痛くはなかった。ただ、苦しくて切なくて、寂しくなった。

 その感情はぜんぶ、『悠奈』としての俺の記憶が生み出しているものだった。


 無くなってしまう。

 もし今、悠人に戻ったら、この切ない思いは全部消えてしまう。そんな気がして、猛烈に怖くなった。

 そしてふと理解した。

 このままじゃ、俺はまた元に戻るのに失敗する。

 何故なら、他でもない俺自身が、悠人の姿を『元の姿』だって思えなくなっているから……と。


『今の身体が雄でも雌でもないのも、そういうことなんだろ?』

「まあ、な」


 俺にもう一度選ばせるため。

 『御尾悠人』か、『羽々音悠奈』か。どちらの未来を続けていきたいのかを。


「……そう、だったんだ」


 紗羅が小さく呟いた。他のひとたちは何も言わなかったが、皆一様に、何とも言えない面持ちで俺を見つめている。

 もう、これから朝食、という雰囲気ではない。

 当然だ。俺が言っているのは、物凄く我儘で、突拍子もないことなのだから。


『ごめん。本当に、皆に迷惑ばっかりかけてる』


 意識せず目線が下がる。皆の、特に紗羅の視線が怖いのだ。どう思われるか、何を言われるのか。

 怒られるのならいい。もし呆れられて見捨てられてしまったら、どうしたいいか。

 そうなっても甘んじて受けなければならない、と理屈としては理解していても、怖くて逃げだしたくなる。


「………」


 果たして、紗羅は何も言わないまま手を伸ばしてきた。

 叩かれる――極度の不安から、冗談じゃなくそう思い身を震わせると、予想に反して柔らかな感触が俺を包んだ。

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