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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
四章 俺と彼女と神との契り

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二つ目の条件

 特別なことなど何一つしなかった。

 できないことを望まない。失敗してもムキにならない。できる限り心を落ち着けて愚直に何度も繰り返す。

 もちろん転べば痛いし、長時間運動すれば疲れもたまったが、そこは凛々子さんにお願いして治して貰った。


「魔法で疲れも癒せるんですね」

「カウンセリングは私たちの得意分野ですからねー。身体の疲れも、結構簡単なことで楽になるものなんですよ」


 耳元でそっと囁かれたかと思えば気持ちが楽になる。また同時に筋肉の凝りも解されて疲れが和らぐ。カウンセリングにマッサージ、血流の改善など複数の作用を組み合わせた疑似的なヒーリングらしい。

 ……そういう言い方をされると割合、科学的な話に聞こえるから不思議だった。


「杏子様でしたらもっとスマートな方法も取れるかと思いますが、応急処置的な治療で申し訳ありませんー」

「いえ、そんな。これだけやってもらえれば十分すぎます」


 実際、そのおかげで延々と鬼ごっこに取り組むことができた。


 無数に転んで起き上がっていると、余計な思考が抜けていった。

 紗羅と悠華の動きを追う。二人の距離が離れ、かつ悠華と俺の距離が近くなった瞬間に飛び出す。

 やがて身体の感覚もどこか曖昧になっていく。

 それでも身体は変わらずに動く。


 視点が変わる。自分と悠華、紗羅の姿だけが映像のごとく浮かび上がる。

 最初は白黒。少しずつ色が付いていき、カラーに変わると今度は地面が、空が、石や草や木々が現れる。

 耳からは風の音や草ずれの音。

 ……この屋敷が自然いっぱいの土地にあることを思い出す。

 自然の静けさに身を委ねていると気持ちが落ち着く。


 自然体。

 静謐な空気と、かすかな音に逆らわない。むしろ一体となって利用し、あるいは利用される。

 魔法を使う時が「世界を小さく集める」感覚だとすると、今回はその逆。自分という小さな存在を世界に広げていく。

 ――でも、突き詰めればどちらも同じことなのかもしれない。

 悟り、というほど大袈裟なものではないが、何かが掴めた気がした。


 何度も繰り返した特訓の経験。

 静と動のルーチンワークにより生み出された無心の状態。

 好ましく懐かしい田舎の風景。


 幾つもの経験が重なり合い、俺を高め、押し上げていく。

 そして。

 ふと、見えた。

 紗羅が地面を蹴ろうとする瞬間が。悠華がそれを察知し、回避の予備動作に入ろうとするのが。

 それらを頭で認識するのが早かったか、身体が動くのが早かったか。

 俺は「悠華が紗羅を避ける瞬間」に、「悠華が避ける先」へと踏み込んでいた。


 ……結果。

 俺の胸にぽすん、と小さな感触が収まった。

 やはり殆ど意識しないまま、悠華の身体をそっと抱き留めると、少女が一瞬、ぽかんと俺を見上げる。

 直後、その顔にはっきりとした笑みが浮かんだ。


「良くやった。合格じゃ」


 合格。

 その言葉に、ふっと意識のステージが戻っていく。

 気づけばもう夕暮れで、腕の中に悠華がいて、駆け寄ってきた紗羅がにっこりと笑顔を見せてくれる。


「やったね、御尾くん」

「……ああ」


 先ほどまでの経験がどこか夢のように感じられて、俺は瞬きを繰り返しながらそれに答えた。

 ふと、抱きしめたままの少女を見つめて尋ねる。


「悠華。ひょっとして、俺を訓練するつもりで?」

「さあ、どうじゃろうな」


 悠華は飄々と答えると、俺の腕をするりと抜け出した。


「さて、次の条件といこうか」


 次。

 やはり、鬼ごっこをこなしただけでは元に戻してもらえないらしい。


「次は何をするんだ?」

「うむ。簡単なことじゃ」


 答えた悠華が俺の背後へ視線を向ける。同時に履物が地面を擦る音。

 振り返った先には華澄がいた。

 静かに胸の前で両手を組み合わせて立ち、じっと俺を見つめている。


「華澄……?」


 違和感から名前を呼んでみたが、返事はなかった。

 代わりに正面と背後――二カ所から細かな火の粉が舞い上がる。


「御尾くんっ!?」


 側面から紗羅の声。彼女はこちらに手を伸ばそうとして、直後、何か戸惑うような表情で硬直した。

 その間に火の粉は俺を取り巻いて渦を巻く。

 中心にいる俺は炎の眩しさと風圧から思わず目を瞑ってしまう。


 すると、不意に全身の感覚が消失した。


『……え?』


 疑問の声を上げたつもりが言葉にならなかった。

 更に、視界が急速に低くなっていく。倒れてる? いや、落ちている? これ、どうしたらいいんだ?

 パニックになりかけた俺は、ふわりと華澄に抱き留められた。


『あれ?』


 やはり声は出ない。代わりに鳴き声のようなものが夕闇に響く。犬? いや、ちょっと違うか?

 思ううちに少しずつ身体の感覚がはっきりしてくる。

 どうやら俺は華澄に全身を抱えられてるらしい。

 ……どうやって?


「気分はどうじゃ、悠?」

『いや、気分と言われても』


 吐き気や目眩はないが、猛烈に違和感がある。

 腕と脚は短く、指が思うように動かない。視野に変化はないものの、すぐ近くに動物の鼻先のようなものが見える。


『動物の鼻?』


 ……あ。やばい。どういう状況なのかなんとなく理解できてしまった。

 動く範囲で首を巡らせれば、かすかに「ふさふさの毛で覆われた身体らしきもの」を確認することもできた。

 あの鳴き声も、冷静になってみれば聞き覚えはある。犬っぽいが、若干猫っぽくもある声。この動物を日常生活で目にすることは殆どないが、実は俺はこの動物が一番好きだったりする。

 つまり俺は。


「御尾くん……狐になっちゃったの?」


 紗羅が呆然と呟きながらこちらに歩み寄ってきた。

 すると、華澄は紗羅ににっこりと微笑みかけて、抱いていた俺の身体を丁重に差し出す。


「どうぞ」

「あ、ありがとう」


 紗羅の手が伸びてきて、俺の胴体をホールドする。四足歩行がデフォルトの動物のため、顔の位置が人間と違って微妙に変な感じだ。


「御尾くん?」

『紗羅』

「……うん。御尾くんだ。目はそのままだもん」


 ぎゅっと抱きしめられると、身体の大部分が紗羅の胸に包まれた。

 びっくりして逃げたくなったが、不思議といやらしい気分が湧いてこないことに気づいた。むしろ、ふかふかのクッションに埋もれているような安心感がある。

 もしかして、身体の変化に伴って性欲まで無くなったのか。


『俺、本格的にやばいんじゃ』

「大丈夫ですよ、悠人様」


 言葉にならない鳴き声――狐語?――のはずの呟きを拾い、華澄が言った。


「華澄さん、御尾くんの言葉が?」

「はい。わかります」


 紗羅の問いにしっかりと頷く。さっきの発言は偶然ではなかったらしい。ついでに、悠華も得意げに胸を張った。


「もちろん、わらわもわかるぞ」

「……私だって、やろうと思えばできるもの」


 紗羅がむっとした顔で呟き、俺の目を見つめる。彼女の力が働いたことがなんとなくわかった。


「御尾くん、何か喋ってみて」

『えっと、急に言われても』

「ありがとう。ふふ、そういうところも御尾くんらしいね」


 嬉しそうな微笑。魔法使ってまで会話しなくても、と思わなくもないが、紗羅が嬉しそうなのでよしとしよう。


「ところで……」


 そこで紗羅は笑顔を消し、華澄と悠華を見た。


「どうして御尾くんをこんな姿にしたの? 別に酷いことをするつもりじゃないんでしょう?」

「ああ。お主が先ほど、割って入るのを躊躇ったようにな」


 やっぱり。さっきの紗羅の行動はそういうことか。

 悠華が笑みを作り、俺の背中を撫でる。気持ちいい。


「悠。お主は地力で人の姿に戻ってみせよ。それが次の条件じゃ」


 ……なんだか、急にハードルが上がった気がするぞ。

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