神と子孫たち
場は静寂に包まれていた。
悠華以外の誰もが、ぽかん、と口を開けたまま立ち尽くしている。
とりあえず、女性陣にリアクションさせるのも問題だろうと、俺は口を開いた。
「男性機能って、つまりそういうこと?」
「うむ」
答えた悠華の視線が下がり、一点を凝視する。
……うん、俺の理解は間違ってないみたいだ。
「何でそこなんだよ」
「実害は薄いけど嫌じゃろう?」
いや、そうだけど。そうだけど!
「なんなら確かめて貰っても構わぬが」
「いや、確かめるってどうやって……」
言いかけた言葉をそこで止めた。紗羅がいきなり俺の左手を掴んだからだ。
何をする気なのか想像する間もなく、彼女は掴んだ手を自分の胸に押し当てた。
――柔らかくて、弾力があって、かつ十分なボリュームがある。相変わらず羨ましくなる……じゃない、触れただけで蕩けそうな感触だった。
当然のように胸の鼓動は早くなるのだが、身体はそれ以上の反応を見せてくれなかった。
「……効いてるっぽい」
「……そう」
頷いた紗羅は俺の手を解放してくれた。
彼女は何かを思いつめるように瞳を揺らめかせると、言った。
「どうしたら御尾くんを楽にしてくれるの?」
毅然とした態度で神、悠華と向かいあう。そんな紗羅に、悠華は愉しげな笑みを見せた。
「悠がわらわと契りを結ぶか……あるいは、わらわが出した条件をこなせば術を解こう」
「条件、って?」
「うむ。まずは鬼ごっこでわらわに勝ってみせよ」
鬼ごっこ。
参加者の中から「鬼」を決め、それ以外の「子」を鬼が捕まえる。特に難しいルールもない、運動神経と注意力がものをいう遊び。俺も子供の頃はよく遊んだ。
「変則じゃが、子はわらわ一人。お主たちが鬼になれ。見事捕まえられたら次の条件を出そう」
条件って、いくつもあるのか……。
でも、この間まで人命救助だの殺し合いだの、物騒な試練をやらされていたのを思うと、鬼ごっこならかなり気楽に取り組めそうだ。
「わかった」
紗羅と目くばせをしつつ頷く。
と、様子を見守っていた真夜や凛々子さんが、
「ま、頑張りなさい」
「応援してますねー」
「え。真夜はともかく、凛々子さんも手伝ってくれないんですか?」
いやまあ、実年齢はともかく、外見は小さな女の子である悠華を捕まえるのに大人の手を借りるのも微妙な話ではあるのだが。
「はいー。命に関わるような話ではありませんし。私は不参加ということで」
「……ふむ。感謝しよう。さすがに三対一となると多勢に無勢になりかねん」
あれ、三対一?
「華澄は参加できないのか?」
「ええと……」
華澄自身が戸惑ったように悠華へ視線を向ける。
「この件は悠と紗羅に任せるがよい。そうすれば、悠がわらわのものとなった時にまとめて可愛がってやろう」
「……かしこまりました」
少し考えた後、華澄はそう言って頷いた。それを見ていた紗羅が呟く。
「御尾くんが可愛がってもらう側なんだ」
「紗羅、そこを気にしなくても」
「では、始めるとしようか。お主らが降参するまで、わらわは姿を現したままでいよう。もし勝てないと思ったらいつでも降参してくれてよいぞ」
俺と紗羅が無駄話をしているうち、悠華が鬼ごっこの開始を宣言した。
直後、いきなり紗羅が動き出した
まっすぐに悠華へと前進して右手を突き出す。身体強化まで使ったのか、そのスピードは速い。
「いきなりか。随分やる気じゃな」
「大事なことだものっ」
悠華は紗羅の動きを予期していたようにひらりと身をかわした。紗羅の手はゆらめく着物の裾すら掴めず空を切る。
紗羅は諦めずに何度も挑みかかるも、やはり結果は同じだった。
舞い落ちる木の葉――いや、羽毛か何かのように、悠華はひらひらと動き回っていた。
っていうか、紗羅だけに任せてる場合じゃないよな。
「やっ」
何度目かの攻撃をかわした悠華の背中が近づいたのを見はからって手を伸ばした。
「おっと」
死角からの奇襲だったはずなのにあえなく避けられ。
勢い余った俺は地面に躓き、立て直そうとして余計にふらついた。さっき紗羅に精気を与えた影響で身体が動かなかったのだ。
「御尾くんっ」
寸前で紗羅が受け止めてくれなければ、そのまま倒れていただろう。
くすくすと、悠華が笑う。
「とりあえず、今日のところはこれくらいにしておいてはどうじゃ? 特に制限時間を設けるつもりはないしの」
「……なら、そうさせてもらおうかな」
思ったより悠華はすばっしこいみたいだし、短時間で勝負をつけるのは諦めよう。
俺たちはそれぞれ自分の部屋に戻って休むことになった。
悠華と真夜は、何故か俺に付いてくる。二人とも睡眠は必要としないが、外にいるのも暇だから、ということだ。
「ねえ。なんなら三つ目の願いでどうにかしてあげてもいいけど?」
「却下。というか真夜は帰ってくれてもいいんだけど」
「嫌よ。なんか面白そうだし」
こいつ、本当に性格悪いな……。
というわけで、一人と一匹と一柱で部屋に戻った俺は、布団にもぐるとすぐに眠りに落ちた。悠華たちの気配で眠れない、ということもなくぐっすりと。
だから、残った少女と黒猫がどんな話をしたのかは知る由もない。
* * *
朝。目覚めた俺の頭上から、真夜と悠華の声が降り注いだ。
「おはよう。いい寝顔だったわよ」
「本当に。悪戯を堪えるのが大変だったわ」
「……ああ、うん。おはよう」
完全に寝起きの状態で突っ込みを入れる気にもならず、生返事で答える。
……眠らなくていい、ってことは本当に一晩中、寝顔を見られてた可能性もあるんだよな。人外女子に寝顔を見守られるってどんな状況だ。
身を起こし、布団を片づけてから服を着替える。
帯を解いて浴衣を脱ぎ、ブラを外……そうとして手が止まった。外すべきブラは当然、最初から存在しない。
真夜がにやにやしているのが気配だけで感じられ、思わずため息が漏れた。
――ちなみに寝起きにも関わらず、男性機能が活発化している様子はなかった。
着替えを終えたら洗面所で洗顔。
ざっと水洗いして眠気を覚ましタオルで顔を拭くと、何だか落ち着かない気分になった。やってることは普通のはずなんだけど。
「うーん……?」
良く分からないが、ぬるま湯で丁寧に洗ったら違和感は薄れた。
準備を済ませたら朝食の席へ。
すると何やら、悠華が屋敷の人々から有り難がられていた。小さな女の子を大人たちが拝んでいる光景は奇妙だが、彼らの関係を考えると仕方ないのか。
「あ、悠人。記憶が戻ったんだって?」
「へ? ああ、うん」
華澄のお婆さんやお父さんたちに混じっていた母さんが顔を上げ、俺に声をかけてきた。びっくりして空返事をしつつ、首を傾げる。
微笑んでくれてはいるものの、いまいち反応が薄いような。
「あんまり驚いてないんだ?」
すると母さんは表情を曖昧な感じに変化させる。
「あー、うん。まあ、実は全く予想してなかったわけでもないのよ……」
「へ?」
「記憶が封印されてる、っていうのは華澄ちゃんに調べてもらって知ってたし」
「ちょっと待った、どういうこと?」
「それはね……」
詳しい話は朝食が始まった後、屋敷の人たちに紗羅や凛々子さん、悠華に真夜まで加えた面々で行われた。
曰く、御尾家はもともと神――悠華を奉り、護る家系である。
一族の中には悠華から加護を授けられた者、あるいは悠華によって身籠った者もおり、故に異能の伝承も残っている。
最近は悠華の力が減退していることもあって、異能を発現する者の割合は減り、悠華との血縁も薄くなりつつあるが、それでも全く超常の存在たちとかかわりがないわけではなく。
「つまり……悠人が遭った交通事故に裏があることや、おそらく悠人が生きていることは想像がついていたの」
箸の先で摘まんでいた豆腐がぼろっと崩れた。




