表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
四章 俺と彼女と神との契り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/202

社の跡にて

 十二月二十八日。

 今日も午前中はお手伝いで潰れるか……と思っていたのだが、何故か皆から「今日はゆっくりしていなさい」と言われてしまった。


「お母様たちに気を遣われてしまったようですね」

「はは、まあ、俺としては助かるけど」


 なので、華澄との大事な用事を少し切り上げることになった。

 まだ十時にもなっていない段階から家を出て、華澄の案内でどこかへ向かう。歩いている方向からすると山の方みたいだが――。


「御尾家は古来、ある特別な役割を持った家だったんです」


 昨日とは逆に、俺より少し前を歩く華澄が振り返らずに言う。


「代々その役割を子に、孫に伝えてきて……あるところでその役割は殆ど廃れてしまったのですが、今でも一部だけは一族の務めとして残っているんです」

「その役割って?」


 尋ねたところで華澄が足を止めた。

 彼女の視線を追うと、上へと続く長い石段があった。


「神職……神を奉り、お守りする役割、です」


 *   *   *


 華澄と並んだまま、一段ずつゆっくりと上った。

 ざっと数えたところ石段は全部で約二百段と、結構な長さがあった。

 しかも普段あまり使わない筋肉を使うらしく、上るうちにだんだんと腰に来る。


「華澄はこの石段、辛くない?」

「はい。華澄は慣れていますから」


 言葉通り、むしろ俺より華澄の方が平然としていた。

 俺の様子を気遣いながら静かに足を運ぶ姿には感心させられる。


 ……運動不足かな。

 思いつつ、俺は何の気になしに背後を振り返ってみる。すると眼下に広がるのはこの土地の風景。言ってしまえば何の変哲もない田舎町だが、その景色に妙な郷愁と既視感を覚えた。

 前にも俺は、この石段を上ったことがある?


『悠人ちゃん、早く』

『待ってよ、華澄』


 そうだ。昔、何度もこの子と上った。あの頃は少し駆け上がるような調子で、今と同じように華澄の方が元気だった。

 他の子が一緒のこともあったけど、皆、遊具も何もない場所へ苦労して上がるのを嫌がって、あまり付き合ってはくれなかった。


『悠人ちゃんはここに来るの、嫌じゃない?』

『楽しいよ。華澄と一緒だし』


 はっきり思い出せたのは短い会話だけ。

 でも、ただそれだけで華澄との距離がぐっと近く思えた。


 *   *   *


 石段を上りきると、そこには平らな空間が広がっていた。正面には石畳が伸びていて、その先に本殿らしきものがある。

 しかし――。


「もう使われてない、のか」


 木造の建物はあちこちがぼろぼろで、塗装も剥がれかけていた。賽銭箱のようなものも置かれておらず、入り口も閉じられている。

 辺りを見回してみても、本殿以外の建物はない。地面が剥き出しになっている部分には多少の雑草も見え、手入れが行き届いていないことが窺えた。


「本殿以外の設備は既に撤去されています。だいぶ朽ちてしまい、維持する意味がない、ということで……」


 ここはかつて神社だった場所の跡地なのだという。土地自体は今でも御尾家が所有しており、本殿の手入れも定期的に行っているが、既に神社としては扱われていない。


「それでもこうして本殿を残しているのは、感傷、のようなものでしょうか」


 寂しそうに眼を細めながら、華澄がそう呟いた。


「今でも残った役割っていうのは、ここの手入れのこと?」

「はい。それから、もう一つ……」


 言って、華澄はゆっくりと歩き始める。

 石畳の上を進み、本殿の建物を迂回して裏へ回る。その先には木々が生え、森のようになっているが、構わずそこへ足を踏み入れていく。


「こちらです」

「あ、ああ」


 慌ててその後を追うと、華澄の歩く先に獣道のような細長い空間があった。どうやら何度も人が往復しているものの、入り口だけは普通の森に偽装しているらしい。

 目的地らしき場所まではほんの数分で到着した。


「この小さなお社のお世話が、今の華澄たちの役割です」


 背丈の半分ほどしかない、小さな箱のようなもの。その周囲は木造の壁と屋根、ひさしで守られている。

 華澄はその前にかがみこむと、箱にそっと手をかけた。

 中にはびっしりと文字が書かれた紙の包み。更に華澄が包みを開けば、見たことのない石のようなものが姿を現した。


「それは……?」

「ご神体です。かつて、華澄たちの先祖が祭っていた……いえ、今でも御尾家が祭っている神様の」


 神社がなくなってもご神体は残る。だから、今でもこうして神社のあった土地を残し、裏手の森にご神体を祭り続けている。


「今となってはもう、神の存在すら覚えている方は稀ですが。それでも、お年寄りの中には今でも、本殿を訪れてくれる方がいるんですよ」

「そっか」


 微笑んで言う華澄に、俺は頷きを返すことしかできなかった。

 全く知らなかった、触れてこなかった事柄だったから。

 ただ、


「華澄は、この場所が好きなんだね」

「はい。大好きです」


 きっぱりとした声。

 それから彼女はご神体を元に戻し、箱にしっかりと蓋をして立ち上がった。


「変、でしょうか」

「え?」

「できる限りこの場所を守っていきたい。だから、これからもあの屋敷で暮らしたい。そう思うのは」

「変かどうかは、俺にはわからない。でも、俺は嫌いじゃないよ。」


 不安げな顔で問う華澄に、俺はそう答えた。

 正直、常識には自信がない。和食好きで動物好き、羽々音さんに一年半も片思いし続けていた俺も、割と変人だと思うし。

 御尾家の役目だというのなら、俺にだって無関係ではない。


「……いや」


 曖昧に誤魔化さず、はっきり言ってしまった方がいいか。


「俺は、華澄のそういうところ、好きだよ」

「……悠人様」


 華澄が目を見開いて俺を見た。

 彼女が一歩、前に踏み出し、俺を見上げる。

 たった半歩の距離で見つめあう。


「華澄」


 華奢な身体。僅かに揺らめく澄んだ瞳。

 きっと、俺に秘密を打ち明けるだけでも不安だっただろうと思う。


『悠人ちゃんはここに来るの、嫌じゃない?』


 この子を守ってあげたい。そう思った。

 拒まれないかと迷いながら手を伸ばし、華澄を優しく引き寄せる。

 抵抗はなかった。


 唇へとゆっくり顔を近づけると、華澄がそっと目を閉じて――。


「っ」


 ぴくん、と彼女の身体が震えた。

 様子の変化を察して手を離すと、華澄はそれに気づいた様子もなく呟く。


「これは……」

「華澄」

「……申し訳ありません、悠人様。今すぐ、本殿の方へ戻らせてください」


 やや緊迫した表情から、何かあったらしいと察する。彼女がどういう方法で、何を感じたのかまではわからないが。


「わかった。一緒に行こう」


 華澄は俺の言葉に黙って頷くと、すぐに身を翻した。速足で森を抜け、表へ駆け出す彼女を走って追いかける。

 すると、本殿の前に二つの人影。


 近づくことで明確になったその顔は、思いもよらないものだった。


 *   *   *


「羽々音さん……?」


 ウェーブロングの髪に、深い色の瞳。黒を基調としたコートに身を包んでもなお、窺うことができる美しい肢体。

 見間違うはずもない。石畳の上に佇む二人の女性のうち、一方は俺の元クラスメートである羽々音紗羅さんだった。もう一人は見覚えがないが、羽々音さんよりはある程度年上に見える。お姉さんか親戚だろうか。


「悠人様、お知り合いですか?」

「あ、うん」


 でも、何で羽々音さんがこんな所に?

 華澄と二人、困惑の表情で顔を見合わせていると、羽々音さんの視線が俺たちに突き刺さった。

 見たこともないような目だった。

 怒り、悲しみ、疑問……いくつもの感情が渦巻き、複雑な色を作り出している。しかも、瞳は泣きはらしたように赤い。


「御尾くん」


 俺をじっと見つめたまま、羽々音さんの唇が「久しぶり」と動く。

 状況がよく飲み込めないけど……。

 ひとまず話をすることにして、俺は羽々音さんに向きなおった。


「うん、久しぶり。ここへは旅行か何か?」

「………」


 羽々音さんの表情がさっと曇った。もともと顔色は良くなかったが、それでも取り繕おうとしていた雰囲気が完全に崩れる。

 何か、まずいことを言ってしまっただろうか。


「どうして」


 続いて彼女の口から漏れたのは短い問いかけだった。


「どうして!」


 悲鳴と化した声が境内に響いた。

 羽々音さんは一歩一歩、強く地面を踏みしめるように俺へ歩み寄ると、至近距離から鋭い視線を送ってくる。


「どうして、忘れちゃったの!? 私のことも、みんなのことも、全部!」

「羽々音、さん?」


 羽々音さんが泣いている。

 高校入学以来ずっと思い続け、先日――いや、先月の初めに告白して振られた相手。


『私は本当に、誰とも付き合うつもりがないの』


 決して手に入らず、それどころか視線の届く範囲からも姿を消した高嶺の花。そんな彼女が、まるで子供のように泣き叫んでいる。

 忘れた?

 俺が、羽々音さんとの記憶を?

 確かに、俺にはここ二か月近くの記憶がない。しかし、それはおそらく交通事故に遭ったことが切っ掛けで、羽々音さんとは関わりのない話のはずだ。


「悠奈ちゃん」


 羽々音さんが俺の顔を見据えたまま、知らない誰かの名前を呼ぶ。


「答えてよ、悠奈ちゃん!」


 細くしなやかな指が防寒着の首筋を掴んだ。

 何もかもかなぐり捨てて叫ぶ羽々音さんに、俺は尋ねた。


「……ごめん、羽々音さん。『悠奈』って、誰の事?」


 直後。

 羽々音さんの顔は本当の絶望に染まり、慟哭が俺の耳を強く打ち付けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ぴえんみが深い悲しい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ