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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
四章 俺と彼女と神との契り

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田舎での平穏

 翌日の午前中は朝ご飯をいただいた後、華澄のお父さんと一緒に外仕事に励んだ。

 雪の処理や草取り、普段は使っていない外風呂の掃除など、男手が多いこの機会にやってしまいたいということらしい。俺としてもただお世話になるわけにもいかないので、快くお手伝いをさせてもらった。


「お疲れ様です。お父様、悠人様」

「ありがとう、華澄」


 昼頃に作業を終えたら、女性陣が作ってくれた昼食を平らげた。お握りと豚汁、漬物という、簡単だが、温かくてほっとするメニューだった。身体を動かした後ということもあって少々食べ過ぎてしまう。

 食後、宛がわれた部屋で一休みしていると、華澄から声をかけられた。


「悠人様。一緒に散歩へ参りませんか?」

「散歩か。じゃあ、行こうか」

「はい」


 華澄の父さんから今日の仕事は終わりだと言われている。それに、ここにいても特別したいこともない。それなら少し外を歩いてみるのもいいだろう。

 防寒着を羽織り、華澄と一緒に屋敷を出る。

 どこか行ってみたい場所はあるか、と聞かれるが、俺にこの辺りの知識は全くない。とりあえず適当に辺りを回ってみることになった。


 年末、山間部の空気はひんやりと冷たい。しかし、周囲に自然が多いためか、胸に入ってくるそれは新鮮で心地いい。

 また、都会と違って人々の生活音は殆ど無く、代わりに風の音や靴音が大きく響く。

 ……やっぱり、家の周りとは全然違うなあ。

 例えば今、ふと何か飲みたくなっても自販機はないし、帰り道がわからなくなってもタクシーなんて通りかからない。きっと過ごす時間が長くなれば、もっともっと不便に思う点が出てくるだろう。

 でも、不思議と嫌な感じはしない。


「性に合ってるのかなあ、ここ」


 半ば無意識に呟くと、半歩遅れて隣を歩く華澄――何度か歩調を合わせようとしたが「このままでいい」と言われてしまった――が顔を上げて俺を見る。


「でしたら、嬉しいです。もし、その。華澄を妻としていただくことになれば、ここを訪れる機会も増えるでしょうから」

「……そっか。そりゃそうだよな」


 華澄も兄弟はいないみたいだし、すると、順当にいけば彼女の結婚相手があの屋敷を継ぐのだろう。

 継ぐ、って言っても具体的に何をどうするのか、俺には見当もつかないけど。


「そういえば、聞いてみたいことがあったんだけど」

「はい、なんでしょう?」

「俺が死んだ――行方不明になってたこと、皆はどう思ってるんだろうって」


 その辺のあれこれは母さんたちに任せているので、俺は殆ど関知していない。華澄の家の人達にどの程度伝わっていて、どう思われているのかも正直不明なのだ。

 すると、華澄はにっこり微笑んでくれた。


「そうですね……特に、不審や不満などは何もないと思います」

「そう、なんだ?」

「はい。だって、悠人様は何も覚えていらっしゃらないんですよね? 事故に遭われた方が生きていて、そこに嘘偽りが何もない……どこに疑う必要があるでしょうか?」


 それは、道理ではある。

 けれど、言うほど当たり前のことでもないだろう。誰にとっても寝耳に水だっただろうし、俺が嘘を言っていない確信もないのだから。

 ……だからこそ。


「ありがとう」

「いいえ。……むしろ、あらたまって言われる方が困ってしまうと思いますので、お母様たちには内緒でお願いしますね」

「ああ、わかった」


 頷き、この話は終わらせた。

 それから、もう一つ、聞いてみたいことがあるのだが。


「母さんと華澄のお母さんたちって、仲悪いわけじゃないんだよね?」

「ええ。でも、どうしてですか?」

「ほら、あんまりここには来てなかったみたいだから。何かごたごたがあったりするのかな、って」


 母さんが長女で、俺の苗字も「御尾」なのに、実家へは長らく帰っていなかった。きちんと尋ねたことはないが、きっと何か事情があるのだろうと子供心に思ってはいた。

 同世代の華澄になら、多分、尋ねても大丈夫だろう。

 すると華澄は少し考えるようにしてから口を開いた。


「ごたごた、という程のことではないはずです。ただ、昔は色々あったと聞いています」


 母さんは昔、父さんと結婚するために親と大喧嘩をしたらしい。一時は駆け落ちまで行きかけたが、最終的には実家といくつかの条件で和解した。その中に苗字を「御尾」にすることがあったのだとか。

 代わりに母さんと父さんの結婚は認められ、屋敷を離れて暮らしていた。


「主に反対していたのはお爺様でしたので、今はもうわだかまりも解けているようですが……それ以降もあまり帰られる事はなかったようですね」

「そっか」

「ですから、今回のことはいい機会だったのではないでしょうか」


 悠人様のお蔭ですね、と華澄。


「では、そろそろ戻りましょうか」


 しばらく歩いたところで屋敷へと引き返した。その道中、


「あの、華澄」

「はい?」

「今度はさ、華澄のことも教えてくれると嬉しい。好きなこととか、普段何をしているかとか」


 言っていてすごく恥ずかしかった。笑われたり変に思われたらどうしようと思ったが、華澄からは「かしこまりました」と穏やかな返事があった。


「でしたら離れに戻ったあと、お茶にでもいたしましょうか」

「あ、うん。……お茶は嬉しいけど、さっきの話は急がなくてもいいからさ」


 なんか照れくさいし。

 すると、再び「かしこまりました」と華澄は微笑んだ。


*   *   *


「悠人様。少々、よろしいでしょうか」


 隣の部屋との境を作る障子の向こうから、そんな声が聞こえてきたのは夜、寝る前のことだった。薄い紙の向こうにぼんやりと浮かび上がるシルエットにどきりとしつつ、俺は彼女に答えた。


「うん、いいよ」

「失礼いたします」


 すると障子がゆっくりと開き、寝間着――やっぱり着物だ――を纏った華澄が姿を現した。彼女は正座をしたまま身体を滑らせるようにこちら側へ移動すると、再び両手で障子を閉めた。


「申し訳ありません、お休み前に」

「気にしなくていいよ。それより、どうかした?」

「はい」


 問いかけるとすぐに返事があったが、しかし華澄はそれきり口を開こうとしない。何か言いにくいことだろうか。

 と、


「明日」


 意を決したように、華澄がゆっくりと俺に告げる。


「もしよろしければ、一緒に行っていただきたい場所があるんです。我が家に縁の場所で、華澄にとっても大切な場所なのです」

「………」


 行ってほしい場所、か。

 そんな話を今、このタイミングでするということ。話すのに決心が必要だということを考えれば、きっと本当に大切なことなのだろう。

 切っ掛けは、考えるまでもなく俺の言葉か。


 ふう、と口から軽く息が漏れた。


「駄目、でしょうか」

「いや」


 少し不安そうな華澄に、俺はにっこりと微笑みかけた。


「行くよ、もちろん。というか、今日の散歩で誘ってくれても良かったのに」

「あ……」


 彼女の表情が一瞬にしてぱっと華やいだ。それからこくん、と頷く。そんな仕草がとても可愛いな、と思う。


「ありがとう、ございます」

「う、うん」


 そこで頬を染められると若干困ってしまうが……。


「で、では、華澄も休みますね」

「ああ。……お休み」

「おやすみなさいませ、悠人様」


 短い言葉が交わされ、華澄の姿が障子の向こうへ消える。

 薄く、姿も声も隠し切れない、薄い障子の向こうへ。

 軽く声をかけるだけで。張られた紙に軽く手を突き出すだけで。破ることができる程度の断絶しか、俺たちの間にはないのだ。


「――なんて、な」


 隣の部屋に聞こえない程度の声量で呟くと、俺は明かりを消した。

 田舎の夜がゆっくりと、静かに過ぎていった。

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