御尾華澄
「悠人様の学校は共学校なんですよね?」
「うん」
都会にはあまり慣れていないという華澄は、俺に普段の生活の話をねだった。
彼女みたいな綺麗で大人しい子にじっと見つめられ、頭が働かなくなりかけていた俺は、これ幸いにとその話題に乗った。
うちの学校の話、全部で五百人くらいの生徒がいるとか、だいたい男女の比率は半々だとか。そんなことを話していく。
「五百……そうですか、そんなに沢山の……」
「華澄は学校には?」
「一応、少し離れた街にある高校に通っています。けれど、人数は悠人様の学校ほど多くありません」
「そっか」
ちょっと浮世離れした子に見えるけど、きちんと生活はしているらしい。
それから校内の施設や学校行事などについて話していると、華澄は不意に俺へと尋ねてくる。
「悠人様には、恋人はいらっしゃるのですか?」
「なっ!?」
思わず変な声が出た。それから、二か月前天……主観ではつい昨日のような失恋が思い出され、気分が沈みそうになる。
「いや、いないよ」
「では、お好きな方は?」
いる。
振られたからって、すぐに諦められるはずもない。
……羽々音さん。元気にしているだろうか。
「片思いだけどね。しかも、この間振られたんだ」
「……そう、ですか」
苦い気持ちが顔に出てしまったらしい。華澄は表情を曇らせて俯いた。
それから彼女は上目遣いに俺を見て、
「辛い、ですよね」
「……まあ、ね。でも、後悔はしてないから」
あの日、告白したお蔭で羽々音さんと話ができた。彼女が転校してしまうことを知ることもできたし、振られてすっきりした部分もある。
けど、そういえば俺は、あの日どうやって羽々音さんと別れたんだっけ?
「あの、悠人様」
華澄の声に意識を戻す。
顔を上げた彼女は、ほんのりと頬を赤らめて俺を見つめる。
何だろう。その表情にどきりとさせられた。
「今、すぐにという話ではないのですが」
そっと胸に手を当てる華澄。
「華澄が、悠人様の伴侶となることはできますでしょうか?」
………。
「……あの、悠人様?」
「華澄」
「は、はい」
「今、なんて?」
「華澄を、悠人様の妻にしていただけないかと」
なるほど。
ええと、その、なんだ。その言い方だとまるで。
「俺と結婚して欲しいって言ってるように聞こえるんだけど」
「はい。そう申しております」
「………」
状況が理解を越えすぎて絶句するしかなかった。
恋愛沙汰が初めてというわけじゃない。実際、羽々音さんには自分から告白したわけだけど、告白「される」のは初めてだ。
もちろん、結婚を申し込まれるなんて。
「……あの、悠人様?」
「う、うん」
しかし、いつまでも呆けていては話が進まない。
俺は気を取り直し、ひとつひとつ疑問を潰していくことにした。
「どうして俺と? あんまり会ったこともなかったのに」
「それは……家の方でそういった話が持ち上がったのが切っ掛けです」
歳が近いし、小さい頃は仲も良かったからくっつけてしまえ、的なノリだったらしい。地方の古い家という環境上、血の繋がりを重視するというのもあったようだ。
「それで今日、悠人様が帰られたと伯母様からご連絡を頂いたので、ここへ参りました。帰郷の打ち合わせというだけでしたら、本来は親同士、電話で済む話なのですが」
華澄の親の思惑としては、これを切っ掛けに仲良くさせようという魂胆。華澄としても俺に会いたかったので、特に拒否することなくここへやってきた。
「嫌じゃないの? 勝手に結婚相手を決めさせられて」
「はい。特別、想いを寄せる方もおりませんでしたし。それに……」
「それに?」
「悠人様がお優しい方なのは、小さい頃にお会いしてわかっておりました。今でも、それが変わっていないのも」
そう言ってにっこり微笑む。
過度な主張をせず、見る側がそれと気づかなければ良さが見えにくい、控えめな仕草。穏やかながら、ただそれだけで人目を惹く羽々音さんとはまた違う女の子らしさ。
……今、自分一人のために向けられた笑顔に心がぐらつく。
と、華澄がさらに続けて言った。
「それに、結婚についてはそういう話がある、という程度のことです。お互いにその気がなければ止めて構わない、と言われております」
「……ああ、そっか」
そういうことなら確かに気楽だ。一度会ってみるだけ会ってみようか、と思うのも頷ける。
「ただ、華澄自身は、このお話を進めていただきたいと思っておりますけど」
「な」
「?」
再び絶句した俺を見つめた華澄が、笑顔のまま首を傾げる。この子、どこまでわかってやってるんだろうか。
誰彼構わずそういうことをする子ではないのは、たぶん確かだと思うのだが。
* * *
「……こんなもんかな」
帰省のための荷造りはあっさり終わった。特に遊びに行くわけでもないんだし、服と下着類が何着かずつあればそれで困らないだろう。
……後はまあ、暇つぶしのためにマンガでも入れておくか。スマホも無いし。
「悠人様。よろしいですか?」
「あ、うん」
部屋のドアがノックされ、華澄が顔を覗かせた。湯上りらしく髪はほんのり濡れていて、白い暖かそうなパジャマを身に着けている。
華澄、着物以外も着るんだな。洋装だと雰囲気が変わって、普通の女の子に見える。
「お風呂、頂きましたので。どうぞお入りください」
「ありがとう」
礼を言って頷くと、華澄は微笑んで部屋を出ていく。彼女を見送ったあと、俺は着替えを用意して浴室へ向かった。
……けど、家に母さん以外の女性がいるのって変な感じだ。
そんなことを思いつつ裸になり、身体を洗って湯船に浸かる。ちなみに、例の指輪は邪魔になるので指から外した。
俺に姉妹はいない。
父方の親戚と会う時も向こうの家に行くのが定番だったし、最後にクラスメートの女子を家に招いたのは小学生の頃か。
しかも、華澄は俺に行為を抱いてくれているらしい。
「いい子なんだけどな……」
反応に困ってしまう。自分から「妻にしてくれ」と言ってくれるような子に対して、ごく自然体で接していていいのか。
もう少し関係を深めるような、相手の心に触れるような態度を取るべきなのか。
いやしかし、あんまり「がっつく」のも違うような。なんか幻滅されそうというか、素の俺を好きになってもらわないと意味がないだろう。
そもそも、俺は簡単に羽々音さんを忘れられるのか。
「うああ」
考えれば考えるほどわからなくなった。物凄く贅沢な悩みだが。
答えを出せないまま風呂から上がり、やがて帰宅した父さんも交えて夕食の時間を迎えた。
「今日は華澄ちゃんが手伝ってくれたのよ」
「大したことはしておりませんが……」
女性陣の会話を聞きつつ食卓を眺める。メニューは和食中心で、お客様がいるせいかちょっぴり豪華だ。
……どれも美味しそうだな。
とりあえず、目についたきんぴらごぼうを口に運んでみる。甘めの味付けで、後からピリっと辛みがやってくる。
「あ、これ美味しい。母さんの味付けとはちょっと違うけど」
何の気なしに言うと、母さんと華澄が顔を見合わせて微笑みあう。
「だって。良かったね、華澄ちゃん」
「はい」
期せずして大当たりを引いてしまったらしい事実に恥ずかしくなった俺は、誤魔化し半分で、茶碗に盛られた白米をやっつけにかかった。
結果、二杯半も食べてしまい、それはそれで女性陣から歓声が上がったのだが、もう考えないことにする。
「良かったな、悠人」
父さん、当たり障りない台詞であっさり締めないでくれ。
その後、華澄は母さんと夕食の後片付けをしていた。二人は終始和やかな雰囲気で、作業の合間に短いやり取りを交わしていた。
華澄の寝床は空いている和室に布団が敷かれることになった。さすがに両親も「一緒に寝たら?」などとアホなことを言い出したりはせず、ちょっとほっとした。
距離的にも自室から和室までは多少離れているので、無駄に悶々とすることもないだろう。
自室でそんなことを思っていると、寝る前にもう一度、華澄がやってきた。わざわざ就寝の挨拶に来てくれたらしい。
「おやすみなさいませ、悠人様」
「ああ、おやすみ」
それだけを言って彼女は退室していったが、室内には会話の余韻が残される。
……本当、俺には勿体ないくらいの子だよな。
俺は心中で一人呟くと布団を被った。




