表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/202

初めてのショッピング

 あのあと、紗羅からは一応、了承をもらった。ただし、いくつかの条件付きで。


「これ以上は世羅を巻き込まないこと。絶対に悠奈ちゃん一人で先走らないこと。何かあったら私に相談すること。準備は少しずつ、確実に進めること」

「わかった。約束する」


 ということで、残念ながら「そうと決まれば早速悪魔探しだ!」というノリにはならなかった。あくまでも転校の準備や女の子のレッスンを優先しながら、悪魔と対峙するための準備を進めることに。

 火曜の夜はそこまで基本方針を決めたところでお開きとなった。この決定事項については紗羅から世羅ちゃんへそれとなく伝えてくれるらしい。


 そうして迎えた水曜日。今日もまた朝食の後、凛々子さん主導のレッスンが行われる――と思ったのだが、そうはならなかった。


「悠奈さん。今日はお買い物に行ってきてはどうでしょう」

「買い物、ですか?」

「はいー。今、悠奈さんが着ているお洋服は間に合わせなので。きちんと好みやサイズに合うものを買ってきてはどうかと」


 資金については全面的にバックアップするから、ついでに生活用品や家具も見てこい、とのお達しだった。


「え、と。確かに今はラフな格好ばっかりですけど。俺、まだ外出するのは不安が……」

「お嬢様にお願いしてはいかがでしょう。お友達同士の買い物という体なら違和感も軽減されますし、買い物のアドバイスも頂けるかとー」


 え、あれ。それって考えようによってはデー……。


「いかがでしょう、お嬢様」

「うん、もちろんいいよ」


 あ、反論どころか思考を終える間もなく決まってしまった。いいけど。むしろ嬉しいけど。


「それでは、これをどうぞー」


 と、クレジットカードと、それからお札の入った分厚い封筒を渡された。ちょっと、学生にぽんと渡す金額じゃない気がするんですが。


「お金の事はお気になさらず。必要なお買い物であれば、全部使っていただいても構いませんので」


 羽々音家、というか杏子さんって何やってる人なんだろうか。凛々子さんに尋ねてみたら「今はお聞ききにならない方がいいと思いますー」と言われた。

 いや、なんか怖いんですが。


 ……ともあれ、こうして俺は紗羅と買い物へ出かけることになった。

 デニムにトレーナー……デザインは違えど昨日までと同じスタイルに身を包み、靴は凛々子さんの私物を借りた。紗羅の方は清楚なワンピースにカーディガン、それから小さな肩掛けバッグを提げたスタイル。

 羽々音家の広い玄関で靴を履き、入り口の扉を開く。

 扉の先から陽光が差し込むのを感じながら、俺は一歩踏み出した。数日ぶりの外の空気を深く吸い込む。

 なんだか妙に新鮮な感じがした。


「お気をつけてー」


 屋敷の外はちょっとした庭になっていた。玄関から門まで十数メートルほど、舗装された道が続いている。俺たちは凛々子さんに見送られ、そこを並んで歩いていった。


「えっと、近所に手頃なお店ってあるかな?」

「少し遠いけど、ショッピングモールがあるの。そこなら結構、一辺に済ませられるんじゃないかな」


 紗羅に案内され、近くのバス停からバスに乗った。羽々音の屋敷はちょっと奥まった閑静な場所にあるようで、清華への通学もこのバスを利用するらしい。


「今までの学校はどうしてたんだ?」

「駅まで歩いてから、そこから電車だよ」

「そっか。さすがに車で送り迎え、とかじゃなかったんだ」


 そんな姿を今まで見たことはなかったから当然なのだが、なんとなくここ数日の体験のせいでそういうイメージになっていた。


「さすがに凛々子さんにそこまでお願いできないよ」

「あ、可能は可能なのか……」


 モールまでは十数分で到着した。平日なので客足は並。会話をしながら歩いても他の人の邪魔にならない程度といったところだった。

 案内図を確認しつつ、まずは衣料品店が並ぶ一角へ向かった。

 ……モールの中なら、財布にも優しいかな。

 道中そんな事を思っているうちに目的地付近に到着。すると紗羅が手近な一軒を示して言ってきた。


「それじゃあ、この辺りから見て回ろうか」

「ああ……って。ここ、明らかに女物の店って感じだな」


 メインカラーは白、というかアイボリー。そこへ嫌味にならない程度に金や銀で装飾がされ、飾られている服はメンズに比べると……なんていうかカラフルだった。

 黒、白、グレー! とかで終わってくれない。あと、デニムやスカート、シャツやワンピース等、種類が色々あるのも多彩な印象を後押ししている。


「それはそうだよ。悠奈ちゃんの服を買いに来たんだから」


 まあ、それはそうなんだが。

 ……ちょっと尻込みしてしまうというか、なんというか。


「ほら、行こう?」

「あ、ああ」


 しかし、そんな俺を尻目に紗羅はあっさりと店内へと進んでしまう。仕方なく、俺は慌てて紗羅の後を追いかけた。

 案外、紗羅って押しが強いというか、しっかりしてるよな……。学校で見ていた頃は、もっとか弱いイメージだったんだけど。


「悠奈ちゃん、どんな服が欲しい?」

「って、言われても……」


 ぐるりと店内を見渡し、苦笑する。男物ならまだしも、女子のファッションなんて何がいいのかさっぱりだ。


「できるだけ地味な、動きやすい服がいい……ってわけにもいかないんだろ?」

「そうだね……。いくつか持っておく分にはいいけど、そればっかりは駄目かな。それに、スカートはどうせ制服で着るんだから」

「あー、そうか。ずっと逃げ回ってもいられない、か」


 転校までに男に戻れれば別だけど、そううまくいく可能性は低い。となると覚悟を決めるより他にない。

 まあ、それはそれとして、選び方はわからないが。

 店内に立ち尽くしたまま呆然としていると、紗羅が困ったような笑みを浮かべた。それから彼女は何かを考えて。


「私が見立ててもいいけど、それだと好みが偏っちゃうから……悠奈ちゃん、他人の目線で自分の服を選んでみたらどうかな?」

「他人の?」

「そう。鏡で見た『目の前の女の子』に似合う服を男の子目線で選ぶの」


 ……なるほど。俺がこの姿になってからはまだ数日。自分の服を選び難いのは、この身体に馴染みが薄いせいも確実にある。となればそれを逆手に取ることもできる。

 今の俺は客観的に見れば割と可愛いわけで。自分が何を着るか、ではなく、この子に何を着てほしいか、という観点で選べばいいと。


「やってみる」

「うん。もちろん私も手伝うから」


 紗羅のアドバイスのおかげで以降は順調だった。

 ――俺が短めのスカートやボディラインの出る服を選べば、紗羅が過激すぎないか目を光らせる。

 ――紗羅が持ってくる服は露出度が低いものの、いかにもお嬢様って感じがして別の意味で恥ずかしいので、そういう時は多少手加減してもらう。

 後は、デザインばかり気にしがちにな俺の代わりに紗羅が素材や肌触りを気にしてくれたり。その横で俺は値札を気にしてみたりしつつ何軒もはしごし、服を見繕っていった。


 少ない品数で着まわすため、ワンピースやシャツ、ジャケットなど、種類の違いを意識して購入。デザインとしては結果的にやや大人しめものが中心となった。

 紗羅と比べると俺には多少、活動的な方が似合う。でも恥ずかしいから派手さは抑えて、ということで二人の見解が一致した結果だ。


「次は下着だね」

「やっぱそれも買わないと駄目か? 今のでも割と問題ない気がするんだけど」

「んー……悠奈ちゃんが今着てるのは私のお古だから。ちゃんとしたの買った方がいいと思うよ」


 紗羅のだったのかよ!

 だったらもうちょっと扱い方を考えたんだが。って、それじゃちょっと変態っぽいか。


 下着メインの店に移動し、何点かを買い求めた。ここは俺が選ぶと問題がありそうな気がしたので紗羅に任せた。

 ついでに、お店の人に胸のサイズを測ってもらった。その結果、俺はCカップらしかった。他人に裸を見せるのは恥ずかしかったものの、身体に合った下着を着けるのが大事らしい。


 あとは靴と、それからベルトや靴下も見繕う。会計の度に万札がぽんぽん飛んでいき、俺は総額を計算して青くなった。


「女の子の服って金がかかるんだなー」

「一から買い揃えたら男の子だって同じじゃないかな」


 そうかな? ……そうかも。

 ともあれ買い物は片付いた。ちなみに買った商品はまとまった量になるたび、モール内の有料ロッカーに預けてある。こうしておけば後で回収してくれると凛々子さんから言われていた。

 今の時間は、とモール内の時計を確認すると、いつの間にか昼を過ぎていた。


「紗羅、どこかで食べてから帰ろうか」

「うん。お昼を食べたら、今度は生活用品だね」


 ……ん?


「まだ買い物するの?」

「だって、まだ買ってないものがたくさんあるよ。お財布にハンカチ、バッグでしょ……」


 そういやそうだったか……。

 どうやらまだ買い物は終わらないらしいと、俺は密かにため息をついた。

16/3/16 紗羅の名前が入るべき個所に悠奈の名前が入っていたのを修正しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ