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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
三章 俺と彼女と大天使の試練

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エピローグ

 大きなケーキにまるまる一羽焼いた鶏、山盛りのサラダにポタージュスープ、一つずつトッピングの違うカナッペに、パンとドリンク……。

 その日の夕食は絵に描いたようなクリスマスディナーだった。

 なんと、パンとドリンク以外は全てお手製。杏子さんと凛々子さんが二人で協力して用意してくれた。紗羅のために量も山盛りである。

 鶏とか、どうやって調理したんだろう。魔法でも使ったのだろうか。


「メリークリスマス!」

「お誕生日おめでとう!」


 二つの掛け声が立て続けに唱和し、ケーキの上のロウソクに火が灯される。さすがに十七本は多いので、大中小織り交ぜて合計十七という構成だが。


「ありがとう、みんな」


 照明が消されると、紗羅が笑顔でふっと火を吹き消した。

 その後はもう無礼講だった。今日ばかりは凛々子さんも食事に参加し、みんなでわいわいと盛り上がる。


 杏子さんはワインを片手に食事をつまみ、ゆったりと皆を見守る。

 凛々子さんは時折ワインを飲みつつも、ぱくぱくと料理を口にする。さすが紗羅の母親というか、次々に料理が放り込まれていく様はいっそ気持ちがいい。

 俺は切り分けられた鶏肉を思う存分堪能……しようとして思い止まり、女子らしくサラダ類にも手を伸ばす。今の身体の食事量で一つのものばっかり食べたら他が食べられなくなる。

 世羅ちゃんは一つ一つの料理の見た目と味に目を輝かせていた。

 真昼は平皿に少しずつ盛られた料理を丁寧に食べている。

 そして紗羅は、皆の中心で微笑みながらパーティを楽しんでいた。その瞳にうっすらと涙が浮かんでいるのは、見なかったことにした方がいいか。

 ……良い涙なのは、考えなくてもわかるし。


「でも、誕生日とクリスマスが一緒って、凄いお祭り感だよね」

「そうですね。小さい頃はお姉ちゃんが羨ましくて我儘言っちゃったこともありましたよ。世界中からお祝いされるなんてズルい、って」

「ふふ。そう言えば、そんなこともあったね」


 俺と世羅ちゃんの会話を聞いていた紗羅がくすりと笑った。


「私は、お家のみんなから祝って貰えれば十分だけど」


 これまでは親戚からも祝福されていなかったのだろう、と思うと、その言葉も重く感じる。

 でも、今はもう違う。


 杏子さんによると、今朝、分家筋から紗羅の存在を認める旨、正式に連絡があったらしい。つまり、これで紗羅は名実ともに羽々音家の一員となった。


「お姉ちゃん、すぐにいなくなったりしないんだよね? 一緒にいられるんだよね?」

「うん」


 すぐさま家を出る必要もなくなり、同時に凛々子さんが屋敷を離れなくてすむ。

 家族が離れ離れになることはないのだ。


「でも、私、高校を卒業したら、できれば一人暮らしがしたいな」

「え」


 それは初耳だった。

 驚く一同を代表して杏子さんが尋ねる。


「どうしてです?」

「えっと、とっても個人的な理由なんだけど」


 と、紗羅はちらりと俺に視線を送ってくる。


「悠奈ちゃん――御尾くんと、一緒に暮らせたらいいなって」

「あ……」


 かすかに頬を染めた彼女にどきりとする。

 そんな俺たちを見た凛々子さんが、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「なるほどー。そういうことなら、止める理由はありませんね、杏子様?」

「……ふふ。そうね」

「うんっ。それならまだ一年以上あるもんね」


 他の皆も好意的な反応だった。

 大学進学と同時に屋敷を出る、と考えると何も変わっていないようだが、実際は全然違う。もう帰らないつもりで離れるのと、いつでも里帰りができるのとの差だ。


「だから、このお屋敷は世羅が継いでね」


 紗羅が天使として認められた以上、順番的に言えば紗羅が後継者となる。けれど、紗羅はそうするつもりはないと言う。

 これには世羅ちゃんが疑問の声を上げたが、最終的には納得してくれた。


「後ろ向きな理由で言ってるんじゃないよ。そういうのは世羅の方が向いてると思うから」

「……わかった。私も、お屋敷を継ぐのは嫌じゃないから。お姉ちゃんがいいのなら、気にしない」


 そうしていつしか夜も更け、宴も終わりを迎えた。

 片づけを手伝おうかと申し出ると、杏子さんと凛々子さんから揃って拒否された。


「こちらは大丈夫ですから、お嬢様とご一緒にー」

「どうぞごゆっくり」


 ……気を遣われてしまった。

 すると紗羅がそっと囁いてきた。


「じゃあ、悠奈ちゃん。私の部屋に行こ?」

「う、うん」


 誘われるまま彼女の部屋へ。

 二人でベッドの淵に腰かけて横に並ぶ。

 それきり、紗羅は何も言わなかった。


 これ、って。

 クリスマスイブで、しかも紗羅の誕生日。

 ベッドの上で二人きり。

 否応なく「そういうこと」を連想してしまうシチュエーションに、胸の鼓動がどんどん早くなっていく。


「今日で最後、なんだよね。『私』が紗羅といられるのは」

「……うん」


 俺は明日の早朝、屋敷を出て家に帰ることになっている。そこで元の姿に戻ったら、もう世界のどこにも『羽々音悠奈』は存在しなくなる。

 悠奈として紗羅と過ごす夜は、もう二度とやってこない。


「私にとっては、今までもこれからも、紗羅と過ごす想いは変わらないけど」

「……ん」

「紗羅にとっては違う、よね?」


 今日も明日も、紗羅は紗羅のまま変わらない。

 今すぐ彼女の温もりが欲しい――そう思う気持ちはあるけれど、同時に急がなくてもいいか、とも思う。

 ただ、それは紗羅が今の俺に『どこまで』を求めるか次第だ。

 主導権を女の子に委ねるって、格好悪い気もするけど。紗羅にとっては一生に一度のことなのだ。どうするのか、目いっぱい尊重してあげたい。


 俺の左手を紗羅の右手がきゅっと握った。嵌めたままになっている銀の指輪を細い指がかすかに撫でる。


「えっとね」

「うん」


 急かさないように、タイミングを見計いながら頷く。

 横目でそっと窺うと、紗羅も遠慮がちにこちらを見ていた。


「今夜は、ずっと一緒にいたいな、って」

「……うん」


 手を繋いだまま、ごろんとベッドに倒れこんだ。

 シーツと掛布団が皺になるのも構わず、寝転がったまま向きを変えると、紗羅に押し倒された格好になる。

 空いていた右手も同じように繋いだ。


 紗羅の顔がすぐ近くにあった。

 赤く染まった頬も、かすかに潤んだ瞳も、押し殺した吐息を漏らす唇も、全部が目の間に迫っている。

 ああ。

 やっぱり俺はこの子のことが。


「好きだよ、紗羅」


 自然と唇から言葉が漏れた。

 繋いだ両手に力がこもる。


「もっと言って」


 ああ、もちろん。何度だって言ってやる。


「好きだよ。大好きだよ。世界で一番」

「……っ」


 勢いよく唇が塞がれた。

 ほんの一瞬でキスを終えると、紗羅はお互いの鼻を触れ合わせたまま。


「私も。大好きだよ、悠奈ちゃん」


 甘く、とろけるような幸せが胸を満たす。

 再びキス。何度も何度も、ついばむように短い口づけを繰り返す。

 いつもの儀式とは違う。互いの感触を確かめながら、少しずつ味わい、奪い、与えあうような行為。

 ほんの少しずつ精気が削られる心地も、むしろ陶酔を呼び起こす。

 パジャマ越しに密着した身体が、重なり合った手のひらが、かすかに擦れあってくすぐったい。


 何度キスを繰り返した後だっただろうか。

 離れた唇から細い糸が引くのを見つめていると、紗羅が熱っぽい表情で言った。


「悠奈ちゃんの全部を、頂戴」

「……うん」


 そこからは、もう、本当にあっという間の時間だった。

 幸せで、幸せすぎて途中で何が何だかわからなくなるくらいだった。俺はもう、殆ど紗羅にされるがまま愛されて、気づけば朝を迎えていた。


「素敵な誕生日プレゼント、貰っちゃった……」


 目が覚めた後、そんなことを囁かれて、もうどうしていいかわからなくなった。

 それから俺たちは一度だけキスをしてから、軽くシャワーを浴び、服を着替えて玄関へ向かった。そこには既に屋敷の全員が集合していた。

 元に戻るのは家の近く、人気のない路地裏と決めていた。帰った後は「記憶がない」で通すつもりなので、整合性を取るためにも皆とはここで別れる。


「お別れですね、悠奈さん」

「元に戻っても、また遊びに来てくださいね。約束ですよ」

「お部屋、しばらくはそのままにしておきますから。何かあったら遠慮なく言ってくださいねー」

「ありがとうございます。本当にお世話になりました」


 杏子さん、世羅ちゃん、凛々子さんに向けて深く頭を下げる。

 色々あったけど、俺がこうして無事にいられるのは彼女たちのお蔭だ。感謝してもしきれない。


「じゃあ、紗羅。また」

「うん。二日後に、あの場所で」


 再会は全ての始まりだったあそこでと決めた。

 次に会う時は『御尾悠人』として、あらためて紗羅との関係を紡ぐ。


「それじゃ……行ってきます」


 悠奈の身体には不釣り合いな、男物の服と靴を身に着けて、俺は屋敷の扉を開いた。

 皆に見送られながら、一歩ずつ足を踏み出していく。


 まだ低いところにある太陽の光が妙に眩しかった。

本章で話は一区切り、次章からは第二部的な話になります。

この後は閑話ひとつと、次章に繋げるための「エピローグ2」を投稿後、数日おいて次章を開始する予定です。

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