決戦
閃光のごとき光の原因は、真昼の周囲へ無数に発生した光の矢だった。その数は中央にいる真昼の姿を覆い隠すほどだ。
そして、光である以上は目くらましの効果もある。
真昼本人は少しも動かないまま、矢が次々と紗羅たちへ降り注いだ。
「みんな……」
俺の隣で世羅ちゃんが心配そうに呟く。
一対多、しかも相手が自分を取り囲んでいる状況なら、あの攻撃は有効だろう。真昼から見れば他に味方はいないのだから、全方位に撃ち込むだけでほぼ確実に敵に当たる。
まして、あの数では回避や反撃も難しいはず。
――何の準備も対策もしていなければ、だけど。
……真昼との戦いについて、紗羅たちは俺と世羅ちゃん抜きで詳細な打ち合わせを行っていた。だから具体的な戦略までは知らないが、この程度、あの四人が防げないはずがない。
そんな俺の予想通り、紗羅たちの反応は迅速だった。
「はいはい、っと」
気の抜ける声を上げた真夜がついっと手を動かすと、真夜本人、それから凛々子さんの前方に障壁が生まれ、光の矢をことごとく弾いていく。
そして、紗羅と杏子さんは揃って右手を前に掲げた。
彼女たちが手から放ったのもやはり光。ただしこちらは一条の太い光線で、真昼の矢を飲み込みながら直進していく。それらはあえなく、真昼の周囲に張られた不可視の障壁により弾かれたが。
こうして前哨戦は大過なく終わった。
「………」
真昼は無言のまま、再び周囲に無数の光を生む。ただし今度は矢ではなく弾だ。
発射された光弾を四人は同じように防ぐ。
と、変化はそこで起こった。
命中せず、紗羅たちの攻撃にも巻き込まれなかった光弾が、彼女たちの背後でUターンする。そして背中側から四人の身体へと迫り――不可視の障壁に阻まれた。
「ちゃんとそっちも守ってるっての」
さすが悪魔。奇策、騙し討ちへの対応については安心感が違う。
次いで動いたのは凛々子さんだった。
真昼が更に何かする前に、彼女を見据えて声を上げる。
「『私の大事な家族に、風の加護と勝利の祈りを』」
その声を聞いた途端、俺の身体がふっと軽くなり、不思議な温かさに包まれた。大気が俺の行動を後押ししてくれているような、絶好調の状態を疑似体験しているような。
攻撃ではなく、援護の魔法。
言葉を媒介にする凛々子さんの魔法は、直接真昼に効果を及ぼしにくいから、か。
「さて、じゃあ、そろそろかな」
……何がだ?
真夜の声に首を傾げた刹那、今まで動かなかった真昼が地面へと降りた。
ヒールの高い靴で器用に地を蹴り、向かう先は凛々子さん。高速でしつつ、その手には光の剣が収束していく。
「『我が身体は武器であり鎧』」
狙われた凛々子さんもまた、そんな真昼の行動を予期していたのだろう。相手の行動を見る前から次なる呪文を唱えていた。
凛々子さんの肌、水着で覆われていない部分が黒く硬質化する。彼女は変化した両腕をクロスさせ、真昼の振り下ろした剣を受け止めた。
「っ!」
しかし、それでも衝撃が大きかったのか、凛々子さんは数歩分後退する。
……凛々子さんだって見た目通りの筋力じゃないだろうに、片手でそれを圧倒するのか。
真昼は受け止められた剣を引くと再び振る。横薙ぎ、切り上げ、袈裟懸け――立て続けに攻撃が加えられるたび、凛々子さんの表情から余裕がなくなっていく。
「凛々子さんっ」
「凛々子っ!」
紗羅が視線で攻撃を加えるも障壁で無効化される。慌てた杏子さんが光の剣を手にするが、そこへ三度、無数の光が生まれた。
流星のごとく降り注ぐ光弾は全方位、紗羅たちだけでなく凛々子さんと、そして、
「こっちにも……!」
世羅ちゃんが両手を前に突き出し、俺たちへ向かってくる流れ弾をブロックした。紗羅たちへの攻撃も真夜が防いだものの、それで動きは止まってしまう。
今回は位置関係的に真昼へビームを放つこともできず――。
「『止まってください』『そこで止まって』……!」
凛々子さんが繰り返し紡いだ言葉も真昼には届かない。ひときわ強く振り下ろされた剣が、防御する腕と重なり、そして切り裂いた。
衝撃で弾かれたことで腕が落ちることはなかったが、代わりに胸の中央へと大きな裂傷が走る。
「まずは一人」
尻もちをついた凛々子さんが真昼を見上げる。そんな彼女を、真昼は無感情な瞳で見下ろすと、くるりと身を翻した。
見逃した……わけではない。
真昼が振り返った先には、一秒足らずで間合いを詰めてきた杏子さんと紗羅がいた。彼女たちの繰り出した剣を光の剣が迎撃する。
結果は互角。いったん紗羅たちが距離を取ると、そこへまたも光弾の追い打ち。
「大盤振る舞いにも程があるだろ……っ」
思わず女言葉も忘れて愚痴がこぼれた。
剣と光弾による波状攻撃。結局のところ真昼がやっているのはそれだけだ。なのに、パワーと弾数、連射性だけで紗羅たち四人を圧している。
一筋縄ではいかないと思っていた。
だけど、単に力押しだけでこうも抵抗されるとは思わなかった。
身体から魔力が抜けていく。紗羅が三人分の防壁を作り、光弾を防いでいく。
――真夜は?
見れば、彼女は何故か棒立ちしたまま事の成り行きを見守っていた。まだ大した仕事もしていない癖に何をやっているのか。
と。
「杏子さんっ……!」
光弾が尽きたタイミングで、真昼が杏子さんへと肉薄する。光剣と光剣がぶつかって鍔迫り合いの状態へ。
でも、杏子さんは一方的に圧されていない。拮抗しているなら、なんとか。
――いや。
真昼が片手で剣を握っているのに対し、杏子さんは剣を両手で支えている。それに気づいた途端、背筋がぞくりとした。
空いた真昼の手に、もう一本、光の剣が生まれた。
舞うようにして二本の剣が振るわれる。これまでの攻撃ですら小手調べだったとでもいうように。慣性を利用しつつ、人間離れした筋力と身体能力をもって、止まることなく攻撃が続く。
遠くから傍観しているのでなければ、とても目では追えなかっただろう。
「く……っ」
杏子さんは完全に防戦一方になっていた。手にした剣で必死に防御しているものの、少しずつ身体を切り裂かれて赤い血を滲ませている。
その間も紗羅は視線による攻撃を続けているが、それも全く通じていない。凛々子さんは自身の傷を治癒している最中。真夜は……。
「何やってんだよ、お前!」
ふわり、と。
俺と世羅ちゃんの傍まで移動してきた彼女を怒鳴りつける。
「そうです。あのままじゃお母さんたちが……!」
世羅ちゃんも一緒になって抗議するも、女悪魔はどこ吹く風だった。悠然とした笑みを浮かべたまま、他人事のように戦いを見つめている。
「あら。共闘するとは言ったけど、お守りをするつもりはないわよ。私の援護がなきゃ戦えないようなら、むしろ居るだけ邪魔だし」
……そりゃ、そうかもしれないけど。
ぎりっ、と歯に力を籠める。筋力まで女の子並になっていなければ、一本や二本折れていたかもしれない。
「あ……っ」
世羅ちゃんの悲鳴にはっと顔を上げれば、杏子さんの身体が真昼によって大きく切り裂かれるところだった。
肩口から斜めに、バツの字を描くように深い裂傷が走る。
白い羽毛が何本も宙に舞い、杏子さんは吹き飛ばされて仰向けに倒れた。乳房、脇腹までが斬られて、グロテスクな紅いラインを見せている。
「これで、二人」
「杏子様……っ」
倒れた杏子さんを見た凛々子さんがよろよろと立ち上がり、彼女の方へと向かい始める。真昼はそれをちらりと眺めると、倒れた杏子さんに歩み寄り――。
「駄目っ!」
紗羅の悲鳴が庭に響いた。
ひときわ強烈な『支配』が飛び、同時に黒い剣が投擲される。するとさすがに危険を感じたのか、真昼は振り返って剣を振るった。
一本が視線を切断し、もう一本が剣を砕く。
「……さて。だいたい予想通りの展開だけど。お嬢ちゃんはどこまで頑張れるかしら」
真昼が地を蹴る。
そして、正なる天使と、性なる天使が交錯した。




