宣誓
話が全部終わったのはちょうど日付が変わった頃だった。
決行は今日、木曜日の夜になった。そのために高校は休み、特訓や休息に費やすことにする。
もっと入念に時間をかける手もあるのだが、そうしなかったのにはいくつか理由がある。土曜日の終業式と、それから二日後にもうひとつ大事なイベントがあることと、俺たちと真夜の共闘はどうせ真昼にも伝わっているだろうから、できるだけ相手に対応する暇を与えないためなどだ。
とはいえ、そうなると残された時間は少ない。
真夜にも協力してもらい、できるかぎりの態勢を整える。
「じゃあ、始めましょうか」
「うん」
「はい」
移動した先は俺の部屋。メンバーは俺と紗羅に、真夜の三人。
目的は、紗羅があの黒い羽毛の翼状態を出せるようにすることだった。
「結局、あれはサキュバスと天使、両方の力を同時に発揮した状態だったってことね」
真夜によれば、この二つの力を同時に操ることは基本的にできないという。力の性質が相反するため、そもそも一方の力しか目覚めない。
「まあ、こんな混血の仕方自体、あまり前例がないんだけどね……」
しかし紗羅があの時出した翼は色こそ黒かったものの、確かに天使のそれだった。
理由があるとすれば、翼を出した時の状況。
「悠奈ちゃんの魔力を貰ったこと?」
「そう。神聖よりの魔力を受け入れ、しかもそれが反発しなかった。だから、聖と魔、ふたつの魔力が共存し――天使の特性までもが引き出された」
神聖よりの魔力、っていうのは俺のことだろう。実は遠い先祖に天使でもいたりするのだろうか。
「これは誰でもできることじゃないでしょうね。本心から信頼して、身体を預けられる相手とでないと多分無理」
「じゃあ、悠奈ちゃんとだから、できたことなんだ」
にっこりと微笑んだ紗羅が胸に手を当てる。嬉しそうに、幸せそうに。
それを見た真夜は、はあ、と深いため息を吐いた。
「本当、サキュバスの癖に欲が無さすぎない、貴女?」
「そんなことないよ。私は、欲望のぜんぶを悠奈ちゃんに向けてるだけ」
ね? と、紗羅がこちらを見つめる。
深い色の瞳に視線が吸い込まれ、甘い快感がこみ上げてくる。
「……で、本題だけど。お嬢ちゃんが自由に『あの状態』になれれば、戦力は飛躍的に向上するはず」
一度は真夜すらも驚かせ、圧倒した力だ。使えれば間違いなく役に立つ。
「私が今から特訓しても真昼と戦うのは無理だろうし。紗羅の力になれるなら、私もその方が助かる」
頷く。すると女悪魔はにっこりと笑って。
「OK。じゃあ、二人とも。今すぐ一つになりなさい」
………。
え、っと。
一つになる、って。つまりどういう意味?
見れば紗羅も似たような状態で、顔を真っ赤にしたまま硬直していた。……ん? 顔が真っ赤、ってことは。
「もしかして、そういう意味?」
尋ねれば、返ってきたのは実に愉しそうな表情。
「え? そういう意味って、どういう意味? どういう想像をしたのか二人とも、一人ずつ言ってみなさいよ」
あ。これ、すごく面倒くさいやつだ。
まともに対応しない方がいいと判断し、思考をニュートラルに保つ。
「……つまり、それっぽく言ってみただけで実は全然別の話、ってやつなのね?」
「いや、別に××××してもらってもいいけど」
「わー!」
なんて直接的な表現を使うか、この年増女は。
「要は二人にリンクを作りたいのよ。魔術的に繋がっていれば、身体的接触を伴わなくても魔力を供給できるから」
転送速度は落ちるけどね、と真夜。
「そのために一つになれって言ってるの。だから、決定的な繋がりを持てれば他の形を取ってもらっても構わない」
そこまで言った彼女はちらりと紗羅を見る。
紗羅はまだ赤面を継続中で、もじもじと身をよじられながら手の指をこすり合わせていた。
「わ、私は別に、真夜が言った方法でもいいけど」
「さ、紗羅」
いや、そういうことを言われてしまうと。
別に俺だって紗羅としたくないわけじゃない。ただ、心の準備とか、順序とかタイミングとか雰囲気とか、そういうのを大事にしたかっただけで。
必要なら。
あるいは、お互いの気持ちが一致してるなら、今ここでそうなったって――。
どきどきと胸が高鳴る。
「じゃあ、その。私と」
「でも、今は駄目」
「え」
唐突に表情を戻した彼女はきっぱりと言って首を振った。
ここで紗羅に否定されるとは思わなかったけど、ちょっとだけほっとしたような。
「あら、どうして?」
「だって、時間までに終わらないと思うから」
告げられた言葉は予想外のものだった。
「悠奈ちゃんと初めて『そういうこと』をすることになったら、私はもう我慢できないから。思う存分、ふたりとも気絶するまでしちゃうと思う。そうしたら真昼との戦いに間に合わなくなっちゃうから」
だから、駄目。
彼女の言葉を聞いた真夜はぽかん、と口を開けて俺を見てくる。いや、こっちを見られても何も言えないぞ。
俺は俺で、嬉しさと恥ずかしさから顔が真っ赤になってるし。
「……ふふっ。あははっ。なるほどね。私にもわかりやすい理由で助かるわ」
「うん。だから、悠奈ちゃん。何がいいかな?」
振り返った紗羅がそう尋ねてくる。
「うーん。何がいい、って言われても」
どういう方法が可能か検討もつかない。
あ、いや。リンクと言えば。
「亜実ちゃんの様子を見るときに使ったあれ、みたいなのでもいいのかな?」
「あ。うん、いいかも」
紗羅が頷いて微笑んでくれた。
「じゃ、そうしましょうか。ほら、さっさとやっちゃいなさい」
真夜に促され、俺は紗羅と向き合った。
「どうすればいい?」
「悠奈ちゃんと、一種の『契約』を結ぶから。私の目を見てくれる?」
「うん」
サキュバス式、紗羅なりの方法で、新たな契約が行使される。
紗羅の目をじっと見つめると、それが一瞬ほのかに輝いた。くらっとする感覚の後、視線が固定されて外せなくなる。
紗羅の瞳の俺の姿が映っている。
瞳の中の俺は、紗羅の瞳を見つめている。
合わせ鏡のような無限ループに落ちていく。深く、深く。吸い込まれるように。
深香さんに暗示をかけられた時と似た感覚。
あの時と違うのは一人じゃないこと。
俺の意識が深くなればなるほど、紗羅と俺の境界が曖昧になっていく。
次第に、目の前に俺自身がいるような錯覚さえ覚え始める。
――紗羅と繋がる。
すっ、と紗羅の左手が持ち上がる。それにつられるようにして俺の左手も同じ動きを見せた。
俺たちの手はそれぞれ、相手の口元へと向かっていく。
「私、羽々音紗羅は、羽々音悠奈を護り、共に生きることを誓います」
「私、羽々音悠奈は、羽々音紗羅を護り、共に生きることを誓います」
自然と誓いの言葉が漏れ、そして指の一本、薬指が唇を越える。
物理的にもお互いが繋がった瞬間、身体が熱を発した。
指先と、口の中――二カ所に魔力が流れ込み、数秒後に『契約』が終わった時には、薬指に銀の指輪が嵌まっていた。
「これで……終わり?」
「うん。成功したよ」
言って、紗羅は右手で指輪を撫でる。
「感じない? 指輪を通して、私たちが繋がってるの」
彼女の言葉に、自分の指へと視線を落とす。
そうして薬指に意識を向ければ、とくん、と胸の高鳴る音。視界が二重になるような感覚を再び味わった。
「感じる。確かに紗羅と繋がってるのを」
「良かった」
微笑みあった俺たちに、どこか呆れたような声がかかる。
「OK。なら、お嬢ちゃん。試してみなさいよ。あの姿になれるかどうか」
と、そっか。そういえば真夜もいたんだっけ。
「うん」
くすりと紗羅が笑い、一歩下がる。同時に彼女の身体が変身を始めたのが、目で見るまでもなくわかった。




