悪魔との契約
「そういえば、純粋な悪魔とか天使って、どういうふうに子供を作るの?」
自室のベッドで寝そべりつつ問いかけると、身体の上に陣取った真夜が「んー?」と曖昧な声を出した。
「突然変なこと気にするのね」
「いや、ほら。暇だったから」
「ああ、まあねえ」
俺と真夜は、妙な雰囲気になってしまった食卓から一抜けし、いったん部屋へ戻っていた。杏子さんと凛々子さん、紗羅に世羅ちゃんの関係について、俺はもうひととおり知っているので、会話に参加しなくても問題なかったからだ。
で、部屋に着いてから既に二時間以上。
むしろ当事者たちで話した方がスムーズに進むだろうと思ったし、その考えは今でも変わっていないものの、さすがに手持無沙汰である。
最初のうちは真夜をもふもふしたり、なでなでしたり、ゴロゴロさせたりして遊んでいたのだが、当初はノリのいいことに付き合ってくれていた黒猫もだんだん飽きてきたようで反応しなくなった。
なので雑談に切り替えたわけなのだが。
「まあ、実際、子供を作るっていうのは生物の特性なわけで。私やあいつには本来備わってない機能なのよ」
「ふむふむ?」
「だから、必要になった場合には人間の『それ』を模倣することになるわね」
「というと?」
「簡単なのは遺伝子情報を内包した体液……に偽装したモノを人間の女の体内に入れることかな。意味はわかるわよね?」
まあ、なんとなく。つまりその『男役』をやるってことだろう。
「そ。『女役』もできなくはないけど、そっちは一定期間継続して擬態する必要があるから面倒なのよね」
「面倒、って。やったことあるの?」
「一応。どっちも経験はあるわよ」
「へえ」
意外だった。こいつはなんというか、ぼっち……じゃなくて孤独、もとい孤高なイメージがあったから。
「じゃあ、真夜にも子孫がいるんだ?」
「多分ね。どっかで途切れてなければ、そりゃいるでしょ」
ものすごく興味なさそうな返答だった。
「でも、なに? 興味でもあるの? まあ、お嬢ちゃんが相手なら、似たようなプロセスは必要になるけど」
「な。いや、興味はそりゃ、あるけど。まだ早いっていうか、心の準備が」
「何子供みたいな事言ってるのよ。人間の寿命なんて短いんだから、とっととやっちゃえばいいのに」
「そんな簡単にいくか!」
駄目だこいつ、ミもフタもなさすぎる。
と、そんなどうでもいい言い合いをしばらく続けていると、やがて部屋のドアがノックされ、紗羅が顔を出した。
「悠奈ちゃん? 話、終わったよ」
「あ、うん。……お疲れさま」
真夜を連れて立ち上がり、出迎えれば、さすがに話疲れた様子だった。けれどうまいこと話はまとまったようで、すっきりした微笑を浮かべてくれる。
「どうだった?」
「うん。お母さまと凛々子さんから、色々聞いちゃった。私の血筋のこととか」
「そっか」
廊下を歩きながら聞いたところによると、真実を知ったあとも二人への呼び名は変えないつもりだという。
「もうそれで慣れちゃってるし、変に変えると外で困るでしょ?」
「確かに」
お母さんが二人になるか、杏子さんを『お父さま』とでも呼ぶのか……、いずれにしても、他人から見ると違和感があるだろうな。
「私にとっては二人ともお母さんみたいなものだったから。そう考えたら何も変わらないかな、って」
「うん。それでいいと思う。私も、紗羅が皆と仲良くしてくれるのは嬉しいし」
数時間ぶりに食堂へ戻ると、凛々子さんが全員分、お茶の準備をしてくれていた。
いつもと違うのは、準備を終えたあと、凛々子さんも席に着いたこと。単に立ちっぱなしが疲れただけかもしれないけど、秘密を共有したことによるちょっとした変化、なのかも。
「お待たせしました」
「あ、お姉ちゃん、悠奈さん。こっちにどうぞ」
紗羅と二人で席に着こうとすると、世羅ちゃんが手で席を示した。これまで真ん中に座っていた彼女は左端、紗羅がいた席に着いている。
どうしてだろうと思っていると、向かいに座っている杏子さんが。
「ほら、紗羅」
言って笑顔で紗羅を促した。
紗羅はそれでも迷っている様子だったが、やがておずおずと椅子に座った。
「……うん。それじゃあ」
そうして、紗羅と杏子さん、二人がまっすぐ顔を合わせた。それを見た世羅ちゃんがふっと微笑み、俺を見てにっこり笑った。
「で、どうなったの?」
穏やかな空気を破って真夜が尋ねると、全員が表情を引き締める。
頷いて答えたのは杏子さんだ。
「はい。悠奈さんの提案に乗ってみようと思います」
「……いいんですか?」
どういう流れでそうなったのか。経緯を知らない俺はおずおずと尋ねるが、杏子さんはしっかりとした表情を返してくる。
「ええ。もちろん、やるからには成功のために全力を尽くします。要は失敗しなければいいわけですから。それに」
「……それに?」
「いくら上位者とはいえ、娘を殺されそうになったことは不服ですから」
「ふうん」
対する真夜の声はいつも通り、のようでいて、どこか楽し気にも聞こえた。
「貴女とお嬢ちゃんの無謀がうつったんじゃない?」
「……そうかもね」
答えた紗羅が手を伸ばし、黒猫の頭を撫でた。
「それじゃあ、真夜。私たちの要求を言うよ」
「悠奈さんを元の姿に戻すこと。それから、私と紗羅、世羅、凛々子、悠奈さんへこれ以上干渉しないこと。この二点を了承できるのであれば、『契約』をもって、あなたと共に真昼様に挑むと約束しましょう」
言われた真夜は、返事をせずに黙り込んだ。
おそらく、出された条件を吟味しているのだろう。猫の姿であるうえにポーカーフェイスを作っているので、思考の動きを窺い知ることはできないが。
やがて口を開いた彼女は、俺たちにこう告げた。
「恒久的な契約を受けるのは嫌。だから、こうしない?」
まず、俺たちは真夜と協力して真昼に戦いを挑む。これは真昼の消滅か、あるいは戦闘不能に近しい状態をもって完了とする。
この条件を満たした場合、真夜は合計で三つまで俺たちの願いを叶える。三つの願いを叶え終えるまでは、俺たち全員に対して同意なしに干渉しないことを誓う。
願いに期限は設けないが、先に言った通り、三つ叶えた時点で契約は終了し、不干渉も解かれる。
「無茶な願いは拒否する場合もあるけど、拒否した場合は数に含めない。この子を元に戻すっていうのなら、願いの一つを使えばいいわ」
三つの願い。
いかにも悪魔との契約っぽい。
条件の指定が終わると、世羅ちゃんが真っ先に、
「三つ目の願いを言わなければ、ずっと契約は続くんだよね?」
「ええ。まあ、そんなに長くは保たないと思うけど」
確かに。悪魔が願いを叶えてくれる、なんて便利すぎて、すぐにでも使いたくなってしまいそうだ。もし使い切ったとしても魂が取られるわけじゃないし。
……とはいえ、契約が切れれば真夜と戦うことになるんだろうけど。
「どうですか、杏子さん?」
「ええ、構いません。抜け道らしき事柄もないようですし、こちらの要望は十分に通っています」
他の皆からも異論は出なかったので、すぐさま契約となった。
契約には代表者が必要、ということだが、これは真夜の希望で俺ということになる。
「なんで私?」
「一番扱いやすそうだし、死にやすそうだもの」
口車に乗せやすければそれだけ楽だし、契約者が死ねば契約は破れる、ということらしい。
……やな信用のされかたしてるなぁ。
で、契約の方法は心臓に近い位置、つまりは左胸に真夜が口づけをするらしい。
久々に人型になった彼女がそう宣言すると、そこで紗羅が猛反発した。
「駄目。絶対に駄目」
俺の胸に真夜がキスするなら意地でも止める、と言って聞かないので、仕方なく左手の甲にキス、ということで妥協してもらった。
「微妙にやりづらくなるんだけど」
と言いつつも真夜はあっさりと契約を成立させ、キスされた場所にはローマ字の三を模した意匠が痣のように浮かび上がったのだった。




