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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
三章 俺と彼女と大天使の試練

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引っくり返る因果関係

「迫害、ですか?」

「はい。悠奈さんも見たはずです。サキュバスが、お嬢様が羽々音家にいることに対する血族の憤りを。もしそれが天使との『混血』だと知られればどうなるでしょう」


 ――『忌々しい。私たちの真似事はやめてください!』


 以前、変化した紗羅の翼を見た深香さんはそう叫んでいた。もしあれが血族たちの平均的な反応だとすると……。


「公表してしまえば、お嬢様をお屋敷にいていただくことすらままならなくなります。ですから、これまで隠していたんです」

「……そっか。紗羅が天使の血を引いてれば、屋敷を出なくて済むんじゃないかと思ったんですけど」


 実際には逆、だったらしい。

 凛々子さんの話を理解した俺はがっくりと肩を落とす。

 ……わざわざ凛々子さんと紗羅の秘密をこっそり暴きに来た理由が、あっさり潰えてしまった。


「ああ、それで突然こんな話をされたんですかー。やっぱりお嬢様には悠奈さんが必要かもですねー」

「え。えっと、その。ありがとうございます?」


 嬉しそうな笑顔を浮かべて手を合わせる凛々子さんに、戸惑いつつもお礼を言う。

 今までならそこまで気にしなかった会話だが、凛々子さんが紗羅のお母さんだと判明したわけで。

 それって、つまり親公認ってことだろうか。


「それはもう。お互い合意の上でしたらお好きなようにー。女同士だからどうこう、などとはもちろん申しませんから」

「……あはは」


 女同士って意味では凛々子さんたちが先輩になっちゃうもんな……。


「ともあれ、そういうわけなので、この話は他言無用でお願いしますー」

「わかりました」


 真夜と戦うのなら、戦力を確認する意味で明かす必要があるだろうけど。現状では、ちょっと戦う踏ん切りは付けられない。

 ……どうしたものだろう。


 更なる進展は、少しあと、夕食の時間に起こった。


「この話は内密にお願いします」


 夕食――予想通りポトフだった――を食べ進めていた俺たちを前に、杏子さんが不意に告げた。わけもわからぬままに頷くと、彼女は右手を宙に浮かべて室内を漂わせる。

 俺の目には特に何も変わったように見えなかったが、「この部屋の音を外に逃がさないようにしたみたいです」と世羅ちゃんが囁いてくれた。


「凛々子」

「はい。『内緒話ですねー』」


 次に凛々子さんが行ったことはなんだかわかった。先ほど俺との内緒話で使ったのと似たような原理、要は杏子さんと同じような魔法を重ねたのだろう。

 二重の防音。これまで行われなかった動作に、余程の大事だと理解する。


「真夜の話を聞いた上で、あらためて考えみたことがあります」


 それは今回の件だけでなく、俺が関わった事件すべてに関する話だった。


「まず、真夜と真昼様が対立している、という話は私ですら初耳でした」


 羽々音家は天使の血を現代まで伝える家系ではあるものの、純粋な天使たちと交信を行っているわけではない。彼らは彼らの意思と思惑をもって動いており、向こうに用事がある場合には、今回のように啓示等の手段を取る。

 だから、真昼のこれまでの動向については杏子さんですらわからない。


「ただ、あの話を聞いたことで疑問が浮かびました。それは、悠奈さんが巻き込まれた交通事故は、本当にただの事故だったのか、ということです」


 俺が女性化する切っ掛けとなったあの事故。

 俺にとっては全ての始まりと言ってもいい出来事。


「あれは、真夜の仕業だったんじゃ……」

「いいえ。悠奈さんから窺った話では、真夜は悠奈さんの問いを肯定したわけではなかったはずです」


 口を挟んだ俺は杏子さんに首を振られ、あらためてきちんと思い出す。


 ――あの事故、あれもお前の仕業だったのか?

 ――私としてはどっちでもよかったんだけどね。結果的にはまあ、上々かしら。


「……はい。確かに真夜は答えていません」


 どっちでも、どころか、どうとでも取れる回答だけを残している。事実、あの回答の意味について、俺は深香さんの件で考え直すことになった。

 真夜の目的は、紗羅の殺害ではなかったのではないか、と。


「でも、真夜に紗羅を殺す気がなかったとしたら、そんな不確実な手を使うでしょうか?」

「……あ」


 紗羅にあの呪いをかけたのは真夜だ。これはほぼ間違いない。

 目的は? おそらく羽々音家を混乱させることか何かだろう。

 だとしたら、紗羅は真夜にとって『大事な駒』のはずだ。トラックに轢かせるなんて、ついうっかりで殺してしまいそうな方法で傷つけるだろうか。


「この考え方が正しかったとして、思い浮かぶ推測は二つあります。一つは、最初から真夜の狙いが紗羅ではなく、悠奈さんだった可能性」


 紗羅の身体がぴくりと震え、世羅ちゃんが不安そうに俺を見た。


「それは、多分ないんじゃないかな、と」

「そうですね。私もこの可能性は低いと思います」


 俺が言うと、杏子さんも頷いてくれた。

 わざわざそのタイミングで俺を事故に遭わせる脈絡がないし、それなら最初から俺をトラックに轢かせるはずだ。

 となると、もう一つの可能性。


「そもそも交通事故を仕組んだのが真夜ではなかった可能性です」

「偶然、ってことですか?」


 サキュバスの性衝動と呪いの影響、二つの作用によって紗羅が限界に近づき、通っていた高校を去った日。

 偶然にトラックが突っ込んできて、それを偶然俺が助けた?

 そんな偶然が本当にあるだろうか。


「いいえ」


 俺の思考を肯定するように、杏子さんが首を振る。


「じゃあ、お母さま。あの事故は誰が」

「真昼様。あるいは分家の誰かだと推測します」

「え……?」


 驚きの声を漏らしたのは世羅ちゃんだった。

 あれ以来、世羅ちゃんが深香さんの話をするのは聞いていない。けれど心優しい彼女のことだ、今でもきっと完全に憎み切れてはいないはず。

 なのに。


「お母さん、どうして?」


 できれば嘘であってほしい、というような世羅ちゃんの問いかけに、杏子さんは痛ましそうな表情を浮かべた。


「真夜の思惑を潰すためです。紗羅が事故で死ねば、羽々音家の内部分裂は収まるでしょうし、あるいは、真夜が事故を阻止するかもしれません」


 そうなれば真夜の力を削ぐことに繋がる。

 そしておそらく、実際にそうなった。あの時、俺は印象的な鈴の音を聞いている。だから、真夜が何かしらの力を使ったのは確かなはずだ。


「真夜はきっと、悠奈さんの注意を事故に向けたのでしょう。もしかしたら紗羅の方へ注意が向かないよう、隠蔽する力が働いていたかもしれません」


 結果、紗羅ではなく俺が事故に遭った。

 つまり、真夜が紗羅を助けた?


「でも、あの真夜がそこまでするでしょうか」

「では、確かめてみましょうか」


 杏子さんはあっさりそんなことを言うと、すっと息を吸い込む。


「私たちよりずっと年増で暇人の、真夜さんに出てきて頂いて、ね」


 すると、反応はすぐにあった。


「……母娘揃って、もうちょっとマシな呼び出し方があるでしょうに」

「そう言われましても。悪魔を形容する単語としては品のいいものを選んだつもりですが」


 杏子さんの結界で守られた屋敷の中、防音されているはずの室内へとあっさり現れた真夜は、笑顔で嘯く杏子さんをじとりと睨んだ。


「で? 何が聞きたいわけ?」


 彼女の問いに、杏子さんはちらりと視線をこちらに送ってくる。

 どうやら俺に聞けということらしい。

 それならと、俺は真夜に直球で尋ねた。


「紗羅が轢かれそうになって、私が庇ったあの交通事故は、真夜じゃなくて真昼、さんが仕組んだものだったの?」


 真夜――悪魔に質問するときはイエス、ノーで答えやすいように。最近の出来事からそれくらいは俺も学んでいる。

 もし、これで正誤をぼかした回答が返ってきた場合には何らかの意図を疑えばいいだろう。


「……そうよ。あれはあいつ、真昼が仕組んだこと」


 果たして、真夜は俺たちにはっきりとした回答を示した。

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