吐露
コンビニで、スーパーで、本屋で……亜実ちゃんはこれまでに何度も少額の万引きを繰り返してきていたらしい。
他の子と一緒のこともあれば、一人で実行したこともあると。
「あの子たちに言われて?」
そう紗羅が尋ねると、亜実ちゃんは少し考えてから首を振った。
「やったのは私です。だから、経緯は関係ありません」
犯罪は犯罪。確かにその通りだ。
どんな理由があろうと、亜実ちゃんのやったことは変わらない。だけど、どうして事に及んだかを聞くことには意味がある。
亜実ちゃんを唆した、あるいは見て見ぬふりをしたのなら、あの子たちにだって罪があるのだから。
「……家族の人や、学校には言わない。だから、本当のことを教えてくれないかな。こうなった原因がなんなのか」
じっと亜実ちゃんを見つめる。
こういうときどう言うのが正解なのか、俺には全くわからない。だから、自分が真剣だということを訴えるくらいしか思いつかなかった。
すると亜実ちゃんは困ったような顔をした。
「悠奈先輩たちは、どこまで知ってるんですか」
「大したことは知らないよ。想像で話してるだけ」
問いというよりは独り言のようだったが、俺は彼女にそう答えた。
昨日のうちに杏子さんから聞けたのは大まかな話だけで、実情にまでは踏み込んでいなかった。なので嘘は言っていないと思う。
「学校の子からいじめられてる、んだよね?」
「……はい」
なおも迷った様子ながらも亜実ちゃんは頷いてくれた。
それからぽつぽつと語られたのはこんな内容だった。
亜実ちゃんがあの少女たちから目をつけられるようになったのは、ちょっとした事件がきっかけだった。
ある日、亜実ちゃんはあの子たちが喫煙をしている場面を目撃した。当然、彼女はすぐに先生に知らせ、少女たちは注意を受けた。
以来、それを逆恨みした彼女たちは亜実ちゃんへのいじめを開始したのだという。
「無視されたり、噂を流されて……他の皆からもいじめられるようになって。そのうち、あいつらは私に万引きを指示してきたんです」
最初は本人たちがやり方を示して見せたらしい。こんなの簡単だよ、みんなやってるよ、と笑いながら。そのうえでほら、やってみて、と言われた。
しかし実際には有無を言わせぬ強制力があり、亜実ちゃんは従うしかなかった。
この瞬間、彼女は『共犯者』にされてしまった。
「それからは同じようなことの繰り返しでした。場所も、品物も様々でしたけど、あの子たちのする悪いことを私が止められないように」
その気になればお前を密告できるんだぞ、と示すように、彼女たちは亜実ちゃんに万引きを指示し続けた。
……モールで囁かれていたのは、自分たちと関係のない悪事を働いたのなら、『あの時』の恨みを晴らせたのに、という脅しか。
「……辛かったね」
「……だからって、私がしたのは悪いことです」
紗羅がそっと伸ばした手を、亜実ちゃんは首を振って拒んだ。
「今日、もう止めて欲しいって言ったんです。でも聞いてくれなくて、それどころか私が万引きしたことをバラすって」
行為の瞬間を撮影されていて、それを見せられたらしい。
亜実ちゃんは仕方なくまた彼女たちに従ったが、罪悪感が強いのだろう。身体を震わせて唇を噛みしめている。
「ありがとう、話してくれて」
「あの。このことは、家族や先生には」
「うん。言わないよ、約束通り」
そう約束すると、亜実ちゃんは「ありがとうございます」と薄く微笑んだ。そして立ち上がると一礼して去っていく。
一応、精神的には落ち着いたということか。脳内のマークは緑色に戻っていた。
「酷いね。こんなの、酷いよ」
亜実ちゃんのいなくなった公園で、紗羅が言った。
俺は彼女の隣まで移動すると、少しだけ躊躇してからその肩を抱いた。すると紗羅は逆らわず、俺に体重を預けてきた。
紗羅がかすかにすすり泣く声を聞きながら、俺はこの状況をどうにかする方法を考えていた。
多分、亜実ちゃんが死のうとしていた原因はさっきの件だ。
自分ではどうにもできない状況と、罪の意識から逃れようと、何度も自殺を試みていた。世羅ちゃんのおかげで自殺自体は止めてくれたけど、そのせいで余計に逃げ道がなくなってしまっている。
なんとか万引きを止めさせ、あの少女たちとの関係を解消させたい。
そうすれば、きっと心の負担は大きく和らぐはずだ。学校で孤立していても、俺たちが外から力になってあげることができる。
それにはどうすればいい?
障害になるのは、亜実ちゃんが言っていた万引きの画像か。それさえなければまだ、どうにかなると思う。
やがて泣き止んだ紗羅に考えを話すと、彼女も頷いてくれた。
「そうだね。とにかく、これ以上は止めさせないと」
「っても、正攻法でどうにかなる話じゃなさそうだけど」
画像がいくつあって、誰が持ってるか把握できないと消してもらうのも、こっそり消すのも難しい。
「もう暗示で無理やり話してもらおうよ」
「いやいや、さすがにそれは」
まずい、と流そうとすると紗羅は真剣な顔で呟く。
「大丈夫だよ、痛くしないしすぐに終わるから」
「いや、そういうのは止めとこうってこの前決めたし」
「亜実ちゃんに使うのとは別だと思う」
私だって怒ってるんだよ、と彼女は頬を膨らませた。あれ、割と本気っぽい。
止めるべきかとも思ったが、紗羅の言い分にも一理あるかもしれない。何の恨みもない子が相手ならともかく、友人を害されて黙っている必要もないか?
「それにしても、杏子さんたちに相談してからにしよう」
「はぁい」
方針が決まったところで屋敷に歩いて帰った。
道中、話題に上ったのは、この話を世羅ちゃんにするかどうかだ。できるだけ教えてほしいとは言われたものの、微妙に気が引けてしまう。
問題が解決した後、亜実ちゃん本人から話して貰うことにした。
夕食後、杏子さんの部屋で事情を説明した結果、紗羅が暗示を使うことについてはOKが出た。
「ただし、よほどのことがない限り外傷は加えないこと。いいですね」
「はい。わかっています」
それから俺たちは亜実ちゃんに関する続報を聞いた。
「百瀬さんがクラスメートの喫煙を目撃した際、やや奇妙な出来事があったようです」
「奇妙、ですか」
「ええ。大したことではない、といえばそうなのですが……」
あの少女たちの喫煙を目撃した亜実ちゃんは、教師たちに報告する際に「いつもここで煙草を吸っているみたいだ」と言ったらしい。
けれど、実際には少女たちは初犯だった。
「じゃあ、どうしてそんなことを?」
「調べてみたところ、百瀬さんは普段の学校生活でも似たようなことをしていました。学園祭の出し物など、クラス内での話し合いの際にぽろりと的確な意見を呟く」
そして、それが正しかったことが後になってわかる。亜実ちゃん自身が目立たない生徒だったことや、意見を固持するタイプでもなかったことから、あまり注目はされていなかったが。
「予知、あるいはそれに近い能力があるようです。ただし、おそらく本人も自覚的に使用しているわけではないと思います」
ただ見える、あるいはわかる。そして、結果それが正しいであろうことを経験的に知っているのだろう、と杏子さんは言った。
喫煙事件の際は、少しだけ先のビジョンが見えてしまったのだろう。だから、つい誤って常習しているかのような言い方をしてしまった。
少女たちがいじめに走ったのには、それが気味悪く思えたのもあるのだろう、と。
「でも、亜実ちゃんにはどうしてそんな力が?」
「ええ。……調べたところ、彼女はうっすらと悪魔の血を引いていることがわかりました。おそらくその影響で発現した異能の一種なのでしょう」
悪魔。その言葉に、あの黒猫の姿が思い出された。




