亜実の事情 2
期末テストを終え、年末が近づいてきた。
清華の終業式は今週の土曜日。去年、同じようなスケジュールを経験しているクラスメートたちによると、ここから数日は消化試合のような扱いになるらしい。
「テスト返されて答えあわせしたり、自習になったり」
「実技科目は普通にやってたし、先生によっては授業進めるけど、割と楽だったよね」
それでいいのか進学校。いやまあ、下手に授業されて、三学期の中間の範囲に回されても困るけど。
その日の授業は情報通り平穏無事に終わった。
放課後、俺と紗羅は神霊研の部室に顔を出した。先週の土曜はテスト休みだったため、その埋め合わせのような形だ。
しかし、三十分ほど待っても澪ちゃんはやってこなかった。
「今日はバイトの日だったのかな」
「そうかもね」
脳内のマークに変化があったのは、そんな時のことだった。
ただし色は赤ではなく黄色。初めての反応だった。素直に考えれば緊急性の低い異変ということになるのだろうが……。
「ここで様子を見るくらいなら行ってみようか」
「うん」
手早く帰り支度をして校舎を出た。
矢印を出してそちらの方向に歩いていく間、マークの色に変化はなかった。
辿り着いた先は――。
「コンビニ、か」
予想外の場所に出た。おそらく亜実ちゃんはこの中にいるのだろう。
ただ、遠巻きに見た限りでは様子は窺えなかった。
「紗羅、もしかして遠くも見られたりする?」
「うん、できるよ。それくらいなら変身しなくても大丈夫」
店舗の敷地ぎりぎりに立ったまま、遠見と透視の合わせ技で確認してもらう。すると、中に亜実ちゃんと他に数人、中学生がいることがわかった。
「例の女の子と、他に二人。全員モールで会った子たち」
「話してる内容……はわからないよね?」
「そこまではちょっと……。変身すればなんとかなるけど」
なら、これで十分だ。とにかく様子を見てもらう。
すると約一分後――紗羅が「あっ」と小さく声を出した。店内から視線を切って顔を上げ、慌てたようにこちらを見る。
「どうしよう。悠奈ちゃん、どうしよう」
「お、落ち着いて、紗羅。何があったの?」
肩に手を置いて宥めると、紗羅はすっと深呼吸をしてから俺に告げた。
「……亜実ちゃんがお菓子を手に取って、制服のポケットに入れてた」
「っ」
「他の子たちが壁になってて、店員さんの目には入ってなかったと思う。多分、脅されてたんだろうけど……」
このまま彼女たちが店を出れば万引きになる。
……バレた様子がない以上、騒ぎ立てなくても大事にはならないだろう。むしろ指摘した方が禍根を残す可能性が高い。
「他の子たちは、やってないんだよね?」
「……うん、やってない」
「そのお菓子を出させて、万引きだって言ったら、他の子はどうなるかな?」
「自分たちは知らないって言えば、お店の人も何も言えないと思う」
それは駄目だ。多分、根本的な解決になってくれない。
でも、だからって見逃すのか? お店に被害が出るのを、亜実ちゃんが罪を犯すのを。
何か、何かナイスな方法は。
「ぶつかった隙にお菓子を抜き取って、落としたことにするとかできないかな」
「……わからない」
そりゃそうか。これは異能とか関係ない話だし。
成功するかはわからない、か。とはいえ他に方法は思いつかない。すぐに亜実ちゃんたちも出てきてしまうだろうし。
……よし。
「行ってくる。紗羅は見ててくれればいいから」
大丈夫、失敗してもともと、何もしないよりはマシだろう。
気をつけて、という紗羅に微笑み、亜実ちゃんがお菓子をしまった場所を聞いてから店の入り口へと歩き出した。
狙うのは制服の右ポケット。
亜実ちゃんにぶつかって、わざとらしいリアクションでふらついて、その隙にポケットへ手を伸ばす。お菓子を崩さないように掴んで、床に落とす。後はそれとなく落ちたお菓子に言及すればいい。
簡単……だろう、多分。
そう自分に言い聞かせつつ自動ドアを抜け、一歩踏み出す。と、
目の前に制服姿の亜実ちゃんがいた。
「わ……!」
「きゃっ……?」
え、いきなり?
手順を意識しすぎて前が見えていなかったか、俺は亜実ちゃんと大クラッシュを起こしてしまった。更に転んだ拍子に、傍にいた他の女の子まで巻き込んでしまう。これ、男のままだったら十分大参事だっただろう。
「いたた……すみません」
「いえ、こちらこそ……っ」
顔を上げた亜実ちゃんが俺に気づき息を飲む。それはそうだ、こんな場面、知り合いに見られたくはなかっただろう。
って、そういえばお菓子。びっくりして抜き取る余裕なんかなかったけど……。
と周辺を見回せば、幸運にも近くの床に目的のアイテムが落ちているのを発見した。
「悠奈ちゃん、大丈夫」
「あ、うん」
ちょうどいいタイミングで紗羅が声をかけてくれた。俺は紗羅に返事をし、お菓子を拾って立ち上がった。
一緒に転んでしまった女の子に手を貸しつつ、お菓子を差し出す。
「本当にすみません。これ、落としましたよね?」
「あ……」
その子は差し出されたお菓子を見て表情を変えた。助けを求めるようにリーダー格の子へと視線を向ける。
「それ、百瀬のじゃない?」
リーダー格の子は、ため息でもつきたそうな様子で言うと亜実ちゃんを見た。
「早く会計してきちゃいなよ」
「……うん」
このままポケットに入れさせるのも問題があると判断したのか、彼女は亜実ちゃんに会計を指示してくれた。亜実ちゃんは言われるまま、お菓子を持ってレジに持っていく。
「先に出てるから」
少女たちはそう言って店を出ていった。彼女たちを一礼して見送ると、程なく亜実ちゃんも戻ってくる。
彼女は俺たちを複雑そうな視線で見つめ、結局ぺこりと頭を下げただけで横をすり抜けていった。
「なんとかなった、かな」
「うん。悠奈ちゃんは頑張ったよ」
後で聞いたところ、あの時紗羅は後ろから俺に「周りに意識が行きにくくなる魔法」をかけていたらしい。そのせいで俺は直前まで亜実ちゃんが近くにいることに気づかず、自然な反応でハプニングを演出することができた。
というわけで、実際には二人の合わせ技、というか殆ど紗羅のお手柄だったらしい。
ともあれ、一仕事を終えた俺たちは、ついでに軽い買い物をしてから店を出た。
その頃には普段の帰宅時間をとっくに回っていたので、凛々子さんに「帰りが少し遅くなる」旨メールしつつ歩く。と、そこに亜実ちゃんから着信があった。
「もしもし、亜実ちゃん?」
『突然すみません。今から、お話できませんか?』
「話、って会って?」
『はい。……駄目でしょうか?』
駄目ということはないが、どうしたのだろう。さっきの件で何かあったのだろうか。
……そういえば、と例のマークを確認すると、まだ色は戻っていなかった。
電話を繋げたまま、俺は紗羅に視線を送る。すると彼女は黙って頷いてくれた。
「わかった。どこがいいかな?」
亜実ちゃんが指定してきたのは、最初に彼女と話した公園だった。
「……すみません。わざわざ来てもらって」
「いいよ。もしかして、さっきのこと?」
彼女を挟むようにベンチに座り、尋ねると、こくんと頷きが返ってきた。
「さっきの、たぶんわざとなんですよね?」
直球の指摘。そう言われると誤魔化すのも心苦しい。
「うん、まあ。でも、それはもう気にしなくても」
「駄目なんです」
亜実ちゃんの声が俺の言葉を遮った。
彼女は俯いたまま、制服の『左ポケット』を探った。そこから現れたのは、先程とは別のお菓子。
「……他にもあったの?」
「はい。それに、私、万引きは初めてじゃないんです」




