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「あんまり初対面の相手の部屋に来ない方がいいと思うけど」

「ここ、うちの中ですよ? それに女同士ですし」


 再び俺の部屋で世羅ちゃんと向かいあう。どうやら紗羅と比べるとだいぶ人懐っこい子らしく、殆ど初対面にも関わらず物怖じする様子はない。


「いや、一応、これまでもちょっと前まで男だったんだけど」

「それはそうですけど。悠奈さんはお姉ちゃんが好きなんですよね?」

「う、それを言われると」


 誰彼構わず襲う男だと思われるのは不本意だ。

 言葉に詰まって黙り込むと、世羅ちゃんはあはは、と笑った。


「それで、私の言ってた意味、わかりました?」

「紗羅が俺のことを好き、ってやつ?」

「はい、そうです」


 と、言われても。夕食での紗羅は静かで、会話の機会もなかったし。他に気づけるような要素もない。


「もう。呪いの話、ちゃんと聞いてなかったんですか?」

「呪いの話?」


 『誰かと両想いになったら、相手に災いが降りかかる』だったか。

 でも、あれを聞いてわかったのは、ある意味、この状況が俺の自業自得だったことくらいだと思うんだけど。

 首を傾げる俺を見て世羅ちゃんはため息をついた。


「よく考えてみてください。その呪いが発動するとしたら、どういう状況ですか?」

「え? それは……誰かと両想いに」


 ……ん?

 『誰かと両想いになること』が条件の呪いが、あのタイミングで発動した?

 両想いってことはお互いに相手のことが好きってことで、『災いが降りかかった』のは俺だから。


「あの時、紗羅が俺に」

「恋しちゃった、ってことですよね?」


 世羅ちゃんがにっこりと笑う。彼女の頬は心なしか興奮により赤くなっているように見えた。


「素敵じゃないですか。一度は告白されて断った相手なのに、その後、真剣さに打たれて恋してしまうなんて」

「お、おう……」


 だとしたら、確かに素敵だ。これ以上ないくらい嬉しい。

 あの紗羅が、俺のことを好きになってくれるなんて。

 ……やばい。今俺、どうしようもなくにやけてると思う。


 でも仕方ない。もう一年半も片思いを続けていたんだから。


「ふへへ……」

「あの、悠奈さん。聞いてますかー」

「……え。あ、うん、ごめん」


 っと。いくら嬉しいからって、いつまでもにやけてるわけにもいかない。


「……この事、紗羅は知ってるのかな?」

「気づいてはいると思いますよ。さっきもお母さんと目くばせしてましたし」


 あれはそういう意味だったのか。


「つまり、悠奈さんに知られるのを覚悟してたってことですよね」

「世羅ちゃん。ひょっとして俺の反応見て楽しんでる?」

「あ、バレましたか」


 えへへ、と舌を出す世羅ちゃん。悪意のない悪戯だから嫌悪感はないが、やっぱりこの子は小悪魔というか、異性に勘違いさせそうなタイプだ。

 俺もあまり興奮しすぎないようにしないと……。そう思い、軽くため息を吐いていると、不意に世羅ちゃんの表情が変化する。笑顔から真面目な顔に。それでも、どこか芝居がかった仕草に見えるのはまだ幼さの残る顔だちのせいか。


「それで、悠奈さんにお話があるんですけど」

「え、今までのは本題じゃなかったんだ」

「はい。ただの前置きです」


 この期に及んでまだ何かあるのか。

 ただ、割と真面目な話のようなので、俺も気分を切り替えて彼女の言葉を待つ。


「悠奈さん、元の身体に戻りたくはありませんか?」

「……そりゃ、戻りたいけど。でも、現実的には不可能なんでしょ?」


 杏子さんは確かにそう言っていた。具体的な内容まで聞いたわけではないが。

 すると世羅ちゃんは頷き、それから首を振った。


「確かにまともにやったら無理なんですけど……でも、方法がないわけじゃないと思うんです」

「本当に?」

「はい。危険だし、確実でもないからお母さんは言わなかったんだと思うんですけど」


 羽々音は古い家だと杏子さんが言っていた通り、この家にはそういうオカルト系の文献も残っているらしく、世羅ちゃんはそのいくつかを読んだことがあるらしい。そこで思いついた方法なのだとか。


「その方法って?」

「お姉ちゃんに呪いをかけた悪魔を見つけて、直接呪いを解いてもらうんです。かけた本人なら解除できるはずですから」


 なるほど。それは道理だ。そして呪いが解ければ。


「原因の大本が消えたことで、俺の身体も元に戻る?」

「と、思うんです。どうでしょうか?」

「うーん……俺には何とも言えない、けど……」


 話の筋は通っている気がする。なら、やってみる価値はあるかもしれない。


「この話って、紗羅や杏子さんには?」

「言ってません。お母さんに言ったら反対されるだろうし、お姉ちゃんに話すのはやるって決めてからの方がいいと思ったので」

「なるほど」


 それはそうだろう。危険だというのなら杏子さんは賛成してくれないだろうし、紗羅だって何て言うかわからない。覚悟を決めた上で紗羅を説得し、杏子さんに内緒で実行するのが得策だ。


「どう、ですか? 私は学校があるので、やるとしたらお姉ちゃんと悠奈さんが主に動くことになると思うんですけど」

「……やってみようか」


 やらないよりはいい。そう思って俺は頷いた。


「良かった。悠奈さんならそう言ってくれると思ってました」


 世羅ちゃんがぱっと顔を輝かせる。どうしてそんなに喜ぶんだろう。


「だって素敵じゃないですか。呪いを解いて悠奈さんがもとに戻れれば、二人は結ばれることができるんですよ? 大きな障害を乗り越えて幸せになるカップル……」


 うっとりした表情。……なるほど。世羅ちゃんはこういう夢見がちな子だったのか。

 でも、確かにその通りだ。もし男に戻れれば、もう一度『御尾悠人』として紗羅に向き合える。紗羅の呪いが解ければ、また同じことの繰り返しになる心配もない。

 その時、あらためて告白したら、紗羅は俺を受け入れてくれるかもしれない。


「ありがとう、世羅ちゃん。できるだけやってみるよ」

「はい。じゃあ、まずはお姉ちゃんの説得からですね」

「そうだね」


 俺たちは静かな室内で二人、頷きあった。

 元に戻れるかもしれない。そのかすかな希望は、俺にこれからの日々を過ごしていくための活力を与えてくれた。

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