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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
三章 俺と彼女と大天使の試練

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メイドの苛立ち

「杏子様、本当にそれでよろしいのですか?」


 普段は穏やかな凛々子さんのこんな表情を見るのは二度目だろうか。

 一度目は紗羅の件で彼女に叱られた時。あの時は結局――俺が酷いことを言ってしまって、お互いに有耶無耶になったのだけれど。

 今回の凛々子さんは一歩も引く気はない、といった態度だった。

 丁寧な口調こそ崩していないものの、殆ど睨みつけるような表情で主人を見つめ、曖昧な回答を許さないというオーラを放っている。

 一人立ったままの姿勢も、今に限っては威圧的に映る。


 そんな凛々子さんに対し、杏子さんは……申し訳なさそうに俯いた。


「ごめんなさい」


 ……意外だった。

 杏子さんは羽々音家の当主で、凛々子さんは屋敷の使用人。力関係を考えればずっと上のはずなのに、弁解すらせずに謝るなんて。

 普段の二人のやりとりを見るに、きっと単なる雇用関係ではないのだろうが、それにしても。


「今回の件は完全に私の力不足です。悠奈さんにも、紗羅にも。いくら謝っても足りません」

「あ、いえ。俺は……」


 自分自身の処遇としてはそれほど不満を感じていない。紗羅への対処に関しては言いたいこともないではないが……。


「気にしないでください、お母さま。私は大丈夫です」


 紗羅がそう言うのならば何も言えない。

 世羅ちゃんは、そんな紗羅と杏子さん、凛々子さんへ交互に目をやりながら何も言わないでいた。というか、何も言えなかったのだろう。周囲の感情を敏感に察してしまう子だからこそ、逆に。

 その間に紗羅は微笑みを浮かべて俺を見る。


「――悠奈ちゃん。私と一緒に来てくれる?」

「もちろん。紗羅を一人になんかしないよ」

「ありがとう。悠奈ちゃんと一緒だったら、私はどこでだって大丈夫だと思う」


 ……それはこっちの台詞だけどな。

 屋敷を出る、か。

 この件で浮かんだ話が更に蒸し返されるとは思わなかったが、状況はあの時よりは悪くない。もしかしたら俺は男に戻れるかもしれないわけだし、お互い納得してこうなるのなら話は全然違う。

 っていうか、もし悠人に戻れたら、紗羅と俺の家で暮らすことってできるのだろうか。それはむしろ悪くないというか、ある意味幸せな……。


「わかりました」


 ひんやりとした声が俺の思考を中断した。

 言ったのは当然、凛々子さんだった。彼女は重苦しいため息を吐くと、主人に向けてはっきりと告げた。


「では、私も悠奈さんやお嬢様と一緒に参りますー。突然お二人だけで放り出すなんて、あまりにも身勝手が過ぎますから」

「……凛々子」


 杏子さんが息を飲んだ。

 しかし、そんな彼女に構わず、凛々子さんは俺たちを見る。


「お嬢様、悠奈さん。お許しいただけますか?」

「それは……構わないけど」

「ありがとうございますー」


 けど、以降を言わせずに微笑む。

 にっこり笑って主人を振り返り、淡々と、


「もちろん、今すぐの話ではありませんけど。今のうちに新しい使用人をお探しください」

「凛々子っ」

「構いませんよねー?」

「……ええ」


 杏子さんはもう、頷くしかないという様子だった。もの言いたげに凛々子さんを見るも、うまく言葉に表せないのか、テーブルに視線を落としてしまう。


「では、難しい話はこれくらいにいたしましょうー」


 そこからの夕食は散々な有様だった。

 凛々子さんだけは宣言通り、一瞬で普段の様子に戻っていたが、俺たちは皆、気分を切り替えられないまま食事を終えた。


「……お姉ちゃんも悠奈さんも、凛々子さんまでいなくなったら……私、お母さんと二人だけになっちゃうよ」


 紗羅と世羅ちゃん、三人で食堂を出ると、自然に俺の部屋へと集まる。

 今まで我慢していたのだろう。静かな部屋に落ち着いた途端、世羅ちゃんが唇を震わせた。


「うん……びっくりした。凛々子さんがあんな事を言うなんて」


 俺が同意すると、紗羅も無言のまま頷く。

 あれは完全に予想外だった。

 凛々子さんは家人ではなく使用人――そう考えれば、確かに辞めるのは自由なのだろうが、彼女がこの屋敷を去る姿が想像できなかった。


「凛々子さん、私が生まれた時からこの屋敷にいた人なのに」

「……うん。私の時も、だよ」

「え、それ、凛々子さんって今いくつなんだ?」


 二人に少しばかりおどけた台詞を返してみるも、答えはなかった。

 世羅ちゃんが、紗羅が生まれた時から屋敷にいた。ということは、やっぱり凛々子さんはこの家の一員と言っていいはずだ。

 杏子さんとは最低でも十六年以上の付き合い。なのに……。

 ……いや。だからこそ、なのかもしれないけど。


「紗羅はどう思う? 凛々子さんのこと」


 おずおずと尋ねると、紗羅はゆっくりと首を振る。


「凛々子さんが一緒に来てくれるのは嬉しいよ。でも、そうなったら家族が離れ離れになっちゃうみたいで」

「……それ言ったら、私はお姉ちゃんたちが居なくなっちゃうのも嫌だよ」


 重ねるように世羅ちゃんが呟く。

 何も一生のお別れというわけではない。会おうと思えばいつでも会えると思うけど、そういう問題ではないのだろう。

 結局、二人とも寂しいのだ。紗羅は自分のことだけなら我慢できるというだけで。


「……まあ、ほら。すぐに引っ越しってわけでもないし」


 何か言えないかと悩んだ挙げ句、何も思い浮かばなかった俺はとりあえず言えることを言ってみる。


「もしかしたら試練に一年くらいかかるかもしれないよ。さすがにそこまでいくと俺……私が困るけど」

「……ふふ。悠奈ちゃん、正直すぎ」

「……そうですね。まだ一つ目の試練も終わってないんですし」


 正直全くフォローになっている気はしなかったが、二人は俺の意図を汲んでくれたのか、少しは気分を良くしてくれたようだった。

 それから世羅ちゃんと別れ、俺は紗羅と特訓に励むことに。


「今日も暗示、かける?」

「あー。えっと、どうしようかな」


 そろそろ少しずつ通常状態で練習した方がいいような気もするけど。段階的に落としていく方法ってあるだろうか。


「そうだ。紗羅、暗示を使わずに私の目を見ててくれないかな?」

「……え? うん、わかった」


 お互い椅子に座ったまま、少し離れたところから見つめあう。

 紗羅の、吸い込まれそうな深い瞳にじっと集中して――。


「悠奈ちゃん。これ、恥ずかしくない?」

「うん。めちゃくちゃ恥ずかしいね」


 と、重大な欠点に気づきつつもそのまま続ける。

 ……うん。深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、だんだん調子が乗ってくる。

 紗羅の目を見ている、という意識だけで多少の自己暗示が働くのだろう。体内の魔力へと集中するのが幾分か楽になった。

 この感覚を忘れないようにしつつ火を……出せた。


「ありがとう、紗羅。もう大丈夫」


 一日一回、特訓の最初にこれをやるだけでも大分違うかも。

 新しい発見をしっかり覚えておこうと頭に入れながら、俺は特訓を続けた。火を付けては消し、付けては消しの繰り返し。

 何度も練習すれば、少しずつ成功率は上がっている気がする。

 相変わらず魔力を使うとかなり疲労するのは変わらないが。


「ここまでにしよっか。魔力もだいぶ少なくなってきたみたい」

「ん、了解」


 その後は紗羅と軽めに儀式を済ませた。

 ――とりあえず特訓の目標は、深香さんと戦った時の炎を素で出せるようになることかな。それができれば、何かあっても多少の戦力にはなるだろう。


 あとは、凛々子さんのこと。

 ……タイミングを見計らって、二人だけで話せたらいいなと思いつつ、俺は微睡の中へ落ちていった。

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