澪と部活 2
「……そういえば、異能の力って隠すものなんだよね?」
「うん、そうだよ」
「私、慎弥や澪ちゃんに思いっきり喋った覚えがあるんだけど」
放課後。半日授業を終えた後、俺たちは神霊研の部室へ向かった。
このところ土曜日には必ず顔を出しているので、澪ちゃんが来るかもしれない。そう思ったのだが、到着しとき部室内は無人だった。
まだ来ていないのか、今日はお休みか。
とりあえず、しばらく待ってみようとパイプ椅子に腰かけつつ、紗羅と雑談(?)をしていた矢先のことだ。
「結構今更だね」
真夜との一件や深香さんとの騒動を思い出しつつ言った俺に、紗羅が苦笑を返す。
「いや、あの時はそこまで考えてなかったし、必死だったから……」
「ふふ。大丈夫だよ。わかってるから」
穏やかに微笑む彼女。
……そういえば、真夜の時は紗羅も一緒だったわけで。あの場で特に何も指摘されなかったってことはセーフ、なのか?
「うん、澪ちゃんとお兄さんに話しただけなら問題ないと思う。そのことはお母さまたちも知っているはずだし、問題があるなら何か対処をしてるよ」
「そっか、良かった」
まあ、二人とも他人にペラペラ話すタイプじゃないと思うし。
多分。いや、澪ちゃんは若干怪しいような気もする。
などと思っていると、当の澪ちゃんが部室のドアを開けて顔を出した。
「あ、こんにちはー。今日はお早いんですね」
「こんにちは、澪ちゃん」
彼女と挨拶を交わしていると、その手に購買の袋があるのに気づく。
「先輩たちは、お昼はどうするんですか?」
「まだだから、何か買ってこようかな」
「そうだね」
この間は外食したのもあって、いったんお昼を調達せずに部室へ来ていたのだ。俺たちは澪ちゃんと鞄を残して購買へ行き、軽食を調達して三人で昼食をとった。
「悠奈先輩、今日はおうどんじゃないんですね」
「あはは、さすがに毎回はどうかなと思って」
ペットボトルのお茶に、おにぎりが二つ(梅と鮭)。食欲も引き続き減退中なので、これくらい食べれば十分だ。
ちなみに紗羅はベーグルサンド、澪ちゃんはカップのパスタだった。
それぞれにもぐもぐと食事を進めつつ、俺は澪ちゃんに尋ねてみる。
「ねえ、澪ちゃん。悪魔とか魔法とか、俺たちのことって誰かに喋った?」
「いいえ、言ってませんよ」
慎弥は除くが、特に誰かに言うつもりもないらしい。「っていうか言えませんよそんなのー」とのことで、ちょっとほっとする。
「でも、どうしてですか?」
「いや、ちょっと気になって」
「悠奈ちゃん、今更不安になったんだって」
「ちょ、紗羅。それは言わなくても」
慌てて言うと「だって本当のことだもん」とくすくす笑われた。
「と、ところで。今日は何かする予定?」
「いえ、特には。部室で試験勉強しようかな、って感じでした」
「あ、なるほど。この部屋なら落ち着くかもね」
人通りは殆どないし、グラウンド等からも離れているので静かだ。それにお湯も沸かせるから、必要になればお茶も入れられる。一応、学校内でもあるから、人によっては自室にいるより気合も入りそうだ。
そう思っていると、澪ちゃんはそこで何かに気づいたように顔を上げる。
「あ、もしかして何か新しいお話ですか!? だったら聞きたいです!」
そう来たか。
……うん、まあ、確かに新しい情報がないわけではないんだけど、ほいほい伝えるのもどうか、という気がする。特に今回は異能がらみっていうか、単なる人助けに近いし。
紗羅にアイコンタクトを送ると、微笑んで頷いてくれる。
「ううん。それなら、私たちも試験勉強しようかなって」
「……そうですかぁ」
しょぼん、と肩を落とす澪ちゃん。気持ちはわかるけど、試験勉強も大事だと思う。
「澪ちゃんって、オカルトが本当に好きなんだね」
「はい、大好きですよー。だって格好いいじゃないですか」
きらきらした瞳で言われた。
「格好いいかな?」
「格好いいですよ! 悪魔も天使も神様も妖怪も吸血鬼も人狼も、全部。最近のスッキリ格好いいのも、昔風のグロ格好いいのも両方好きです!」
グロ格好いい、って初めて聞いたぞ。きもかわいい、みたいな奴なんだろうか。
と、澪ちゃんの力説を聞いたあと、食事を終えた俺たちはしばらく部室で勉強した。まずは宿題を終わらせてから試験範囲へ、わからないところは教えあう。澪ちゃんからの質問に答えるのも案外いい復習になったりして、有意義な時間を過ごせたと思う。
解散することになったのは午後三時を過ぎた頃だった。
「それではまた」
「うん。さようなら」
校門の前で澪ちゃんと別れてバスに乗った。
……戻ると中途半端な時間になるけれど、どうしようか。
あ、そうだ。
「紗羅。もし良かったら、帰ったあとに魔法のこと、少し教えてくれないかな? 今、特訓はできないから、せめて勉強くらいはしておきたくて」
「うん、いいよ」
紗羅は快く快諾してくれた。
屋敷に戻った後、私服で俺の部屋へと集まる。テーブルに向かい合って座ると、紗羅はまず俺に尋ねた。
「それで、何を話したらいい?」
「ええと……天使や悪魔、サキュバスの魔法がどういうものなのか、どう違うのか、聞いてみたいな」
彼女たちが戦闘しているシーンは何度か目撃しているものの、詳しい原理までは知らない。種族的な特性は真似できないだろうけど、知っておけば参考にはなるだろう。
「わかった。じゃあ……まずはサキュバスからかな」
頷いた紗羅はそっと立ち上がった。変身して実演してみせた方がわかりやすいだろう、ということらしい。
彼女はトップスを脱ぎ、ブラも外して椅子にかけた。
「そういえば、最初に見た時は衣装まで変わってたような?」
「着衣を変換することもできるんだけど、その分疲れるの。だから、着替えられるときは着替えてるんだよ」
言いながらスカートと下着も外し、靴下以外は全裸になった。
……杏子さんと世羅ちゃんは上だけ脱いでたのに何で、と一瞬思ったが、これは尻尾のせいだ。天使である彼女たちと違って紗羅は下半身にも変化がある。
「……じゃ、いくよ」
光とともに、紗羅の身体へ翼と尻尾、角が現れた。
変身を終えた紗羅がふう、と息を吐いた。
「やっぱり、ちょっと恥ずかしいね」
そう言って、彼女は細い両腕で胸を軽く抱きしめる。
服を脱いで変身したため裸のままなのだ。恥ずかしくて当たり前だと思う。
基本的に体型は変化しないものの、変身後の紗羅にはどこか妖艶な雰囲気が加わる。もともと色々な意味で人目を惹く容姿に、黒く艶やかな翼も合わせれば、それはもう人の領域を飛び越えた美しさに見える。
「えっと、とりあえず布団でも被る?」
あまり直視するのが憚られた俺は、慌てて目を逸らしつつ言った。
すると紗羅は「うん、ありがとう」と頷いてベッドの方へ歩み寄っていく。そして、そのまま掛布団を捲ると身体に巻きつけつつベッドの上に座り込んだ。
「あ、悠奈ちゃんの匂いがする」
更にはそう言って、すんすんと鼻を鳴らし始める。
……身体に巻いてもらうだけのつもりだったんだけど。なんか物凄く恥ずかしいことをされてしまった。
まあ、冬場で布団も厚いので仕方ないのかも。
「そんなに嗅がなくても。良い匂いでもないでしょ?」
「そんなことないよ。いい匂い」
本当だろうか。自分の匂いってわからないから判断がつかない。
「それで、サキュバスの能力だよね」
「あ、うん」
微妙にどきどきしていたら話が本題に戻った。意識を切り替えつつ紗羅の話を聞く。
「理論については私も受け売りになっちゃうけど……サキュバスの能力は、『支配』なの」




