表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
二章 俺と彼女と天使の企み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/202

逆転

 真夜との戦いの顛末は、かいつまんで杏子さんたちに報告している。

 だから「具体的にどうやって勝ったのか」深香さんは知っていてもおかしくなかったのだが……どうやら詳細までは伝わっていなかったらしい。

 でなければきっと、俺たちにキスなんてさせなかったはずだ。


 紗羅の全身から放たれた光は深香さんの目を眩ませた。

 一瞬、首の圧力が緩んだのだろう。紗羅はその期を逃さず深香さんを払いのけると、俺を抱いて跳躍。数メートルの距離を取って着地した。

 ふわりと、黒い羽毛へと変わった翼が一度だけ羽ばたいた。


「応急処置だけさせてね」


 言葉の直後、腕の痛みが消え去った。


「紗羅、大丈夫か?」

「うん。もう少しだけ頑張れそう」


 頷いた彼女は立ち上がり、深香さんの方を振り返る。

 紗羅と視線を合わせた深香さんが呆然と呟いた。


「……何ですか、その姿」

「わからない。けど、悠奈ちゃんがくれた力のお蔭です」


 言って、紗羅は自身の両腕を睨む。

 再び黒色へと変化した腕を以て、前方へと走り出した。


「忌々しい。私たちの真似事はやめてください!」


 深香さんが叫び、炎の剣を手にする。


 再開した戦いは、先程までとは逆の経過を辿った。

 深香さんが剣を振るえば、それを紗羅が片手で払いのける。もう一方の腕による紗羅の反撃を、深香さんは一瞬遅れて剣で受け止める。

 その繰り返し。一撃ごとに少しずつ対応が遅れ、やがて深香さんは防戦一方になる。


「でも、真夜の時みたいに圧倒的じゃない」


 呟くと、頭上から合いの手が入った。


「そりゃそうでしょ。あのお嬢ちゃんも、貴方もあの時より消耗しているもの」

「って、お前、まだそこにいたのか」


 そういえば頭がずっしり重い。黒猫は「別にいいでしょ、そこはどうでも」と呆れ声で言って、更に解説を続けてくれた。


「状況が重なったことによる爆発力も要因だったけど、結局は素直な魔力な受け渡しなのよ。だから、譲渡する魔力が少なければ、その分だけ戦う力も弱くなる」

「魔力の譲渡……」


 通常、吸精で受け渡されるのは生命力だったはずだけど。


「意識的に流すなら話は別でしょ。まあ、貴方たちの場合、無我夢中でやってるっぽいけど」

「そう、か」


 あの時と、さっき。

 俺は紗羅に生命力だけでなくて魔力も与えていたのか。つまり、比喩でなく持っているありったけの力を。


「でも、俺の魔力程度で足しになるのか?」


 首を傾げると「何言ってるの?」と冷たい声。


「え、だって、並程度。深香さんより多いくらいって」

「その『深香さん』って、あそこでお嬢ちゃんと戦ってる天使でしょうに」

「あ」


 じゃあ、深香さんが言っていた「並」っていうのは。


「天使の血族並、ってこと。まあ、私に比べたら全然だけど」

「………」


 なんか一言多い気もするが。

 だから紗羅は十分な戦う力を補充することができた。

 だから、俺が魔法に力を使い、紗羅自身も消耗しきった今回は、深香さんを圧倒するに至らない。


「でも、それも時間の問題」


 真夜の言った通りだった。

 幾度もの交錯の後、深香さんがよろめきたたらを踏んだ。限界に達したのか、彼女の手から剣が消失する。

 紗羅はすかさず深香さんの背後に回り込み、その身体をホールドした。


「何の、つもりですかっ!?」

「私は拘束の術が得意じゃないから。お母さま達が来るまでこうさせてもらいます」

「……殺せばいいのに」


 深香さんの呟きを紗羅は無視して、待つことしばし。


「紗羅!」


 砂浜近くの駐車場に車が止まり、杏子さんが飛び出してきた。

 それを見た深香さんは諦めたのか、深いため息を吐いた。


「放して」

「でも」

「……もう暴れたりしませんよ。今更手遅れですから」


 その言葉に、紗羅は少し迷いつつも腕を離した。

 砂浜に崩れ落ちた深香さんの元へ杏子さんが駆け寄る。彼女は俺と紗羅の姿を見て目を見張りつつも、すぐに深香さんへと目を向けた。


「独断で、力を使っての凶行……そのうえ、悠奈さんにまで手を出したのですね」

「………」

「何か申し開きはありますか?」


 冷たく自身を見下ろす杏子さんに、深香さんは「いいえ」と首を振った。


「わたくしが紗羅さんを襲い、悠奈さんに怪我を負わせたのは事実です。何の申し開きも必要ありません」

「そうですか」


 杏子さんは頷き、右手を振った。すると深香さんの身体、両手首と両足首、それから首筋へ光がまとわりつき、金属製の輪へと変わった。

 ――後から聞いたところによると、魔力による一種の拘束らしい。深香さんが魔力を行使しようとするとそれを抑制、あるいは痛みを与える。


「ひとまず屋敷に戻りましょう。……一晩休んだら、荷物を纏めて出ていってください」

「……はい」


 神妙に頷く深香さん。

 彼女の顔が蒼白に変わったのは、杏子さんの次の言葉を聞いた時だった。


「それから。今後、あなたの屋敷への出入り、及び家人への一切の接触を禁じます」

「――っ」


 親戚からの絶縁宣言。

 殺されかけた身としては甘い処置のようにも思えたが、深香さんにとっては何より堪える罰だったらしい。今度こそ完全に俯き、事態を重く受け止めているように思う。

 そんな深香さんを、杏子さんは静かに見つめ、ふっと視線を切った。


 それきり杏子さんは深香さんを見ることはなく、彼女は俺たちに向けて微笑んでくれる。


「――二人とも、無事でよかった。遅くなって、こうなるまで気づけなくて本当にごめんなさい」

「お母さま……」


 杏子さんの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 心配、してくれたんだな。そう思うと胸の奥から暖かい気持ちが湧いてくる。

 翼を消した紗羅を杏子さんが抱きしめる。その姿を見ながら、俺はふっと微笑んだ。


 そこで、頭上の重みがなくなる。


「行くのか?」


 振り返れば、黒猫が俺たちに背を向けていた。

 真夜は俺の声に立ち止まると振り返り、小さく答える。


「麗しい家族愛に付き合う気はないもの。いったん事の顛末は見届けたし」

「……お前、何しに来たんだ?」


 問いかけると、「決まってるじゃない」と面白がるような声。


「天使の血族の一人が苦しみ、絶望する顔が見たかったのよ」

「……あー、うん。納得した」

「そ。じゃあ、またね」


 また、か。

 どうやらあいつは俺たちとまた会うつもりらしい。今回みたいに味方? というか、利害がある程度一致しているのなら、構わないけど。

 ……敵対するのなら会いたくはないな。


「ありがとな」


 虚空に溶けて消えていく黒猫の姿に呟くと、返事はなかった。

 それでいい。心から感謝する気にはなれないし、聞こえていたら多分、思いっきり馬鹿にされるだろうから。

 ――さて。

 俺はふっと笑みをこぼすと、まだ抱き合ったままの母娘におずおずと声をかけた。


「あの、紗羅。杏子さん。できたら俺の手を治して貰えると助かるんですが」

「……あ!」


 手首から先が切断されたままの腕を振って告げると、二人は揃って悲鳴を上げた。

 そう。傷口は塞がっているし痛みも消えているため、俺自身もあまり実感が湧かないが、未だ俺の手は砂浜に転がったままだった。

 ただ、手の方は未処置なのが気になったが……幸い杏子さんの手によって元通り、綺麗に繋がった。


 そうして俺たちは杏子さんの運転する車に乗り、屋敷へ戻った。

 その頃にはもう、時刻は翌日へ差し掛かろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ