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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
二章 俺と彼女と天使の企み

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劣勢

 紗羅と深香さんの接近戦は、既に一分も続いていた。

 二人とも魔力によって身体強化しているらしく、そのスピードは一般人を大きく上回っている。深香さんの振るう炎の剣の威力は想像するべくもないが、おそらく食らえば一たまりもないだろう。

 紗羅はその剣を、黒い「何か」で覆われた両腕で捌いている。

 見た目は長手袋のような、しかし硬質の手甲。両腕を睨むことで紗羅が生み出した防具――あるいは腕自体が変化したものだ。


 俺は二人の戦闘をやや離れたところから見守っていた。

 戦いは深香さんの優勢で推移していた。リーチの差と魔力の余裕、戦いへの積極性などが積み重なり、紗羅はじりじりと押されている。

 もともと防戦一方だというのに、時折深香さんの剣からは火の粉が飛び、紗羅の肌やパジャマ、髪に小さな焦げ跡を作っている。

 ……けれど俺はそこに割って入っていくこともできない。


 深香さんの言動や今の様子を見ても、彼女が俺を傷つけることはないだろう。少なくとも紗羅が力尽きるまでは放置していてくれるはずだ。

 だからって、ここで傍観していていいのだろうか。


「……真夜。ちょっと降りてくれるか?」

「いいけど、どうするつもり?」

「悪あがきだよ」


 言って、腕の中の真夜を解放してやる。すると黒猫は何を思ったのか、地面ではなく上を目指して俺の腕を上り、最終的に頭の上へ陣取った。

 重い。いやまあ、腕が自由になったからいいけど。

 小さくため息をついて目を閉じる。

 ……深香さんの誘導なしでできるだろうか。


 不安が頭をよぎるが、弱気な思考を必死に追い出し意識を集中する。最近は省略していたルーチンを最初から、一つ一つ丁寧に。

 体内に意識を集中していくと、自然に周囲の音が耳に入らなくなった。それから時間の感覚も失われる。

 早くしないと戦いが終わってしまう。はやる気持ちを必死に抑える。


 ――入れた。

 なんとか魔力を操れる状態にまで推移した。だが、問題はここからだ。

 体内の魔力を集めて火を作るイメージ。これまで数えきれないくらい失敗し、ようやく成功するようになってきた作業。

 今回は失敗を繰り返している余裕はない。それに、いつものような小さい火じゃ足りない。

 いつも以上にゆっくり、慎重に、大きな炎を作る。


 殊更、流れを意識しつつ魔力を流す。流した魔力はいったん手のひらに溜め、ある程度の量になったところで思い切って次の段階へ進む。

 できた。手のひらから小さな炎が生まれた感覚。

 ……いつもならここでイメージを打ち切る。けど、今回はここからが本番だ。

 俺はさらに魔力を流しつつイメージを続けた。火を少しずつ膨らませて大きくしていく。可能な限り、後先考えずに魔力を使う。


 とにかく今、できることを。

 ――そして、目を開いた時には、深香さんが手にしていたのと同サイズの炎球が手の中にあった。


「へえ、頑張ったじゃない」

「もう一回、同じことをしろって言われたら泣くけどな」


 しかも頑張ってこれ一発。

 けど、作った以上は有効に活用する。


 戦いの流れに目を向ける。

 既に決着は間近のようだった。紗羅は深香さんの剣を捌ききれなくなり、回避しようとしては身体を浅く切り裂かれている。

 血は出ていないようだが、代わりに傷口は火傷したように爛れてしまっていた。

 ……まずい、止めないと紗羅が。


 止めるにはどうしたらいい?

 前に、深香さんはこれを敵に投げつけろと言った。でも、それで当てられる自信はない。ならもっと確実な方法。

 視線の先で、紗羅が剣に弾き飛ばされる。砂浜に倒れた彼女に深香さんが肉薄する。それを見ながら俺は走り出した。


「止めろ!」


 二人の動きが一瞬止まった。おかげで移動が間に合う。

 深香さんがこちらを振り返った。俺はそこへ手にした炎球を振り上げ、叩きつける。これなら投げて当てる必要もない。

 しかし。


「……無駄ですよ、悠奈さん」


 炎の剣が俺の炎をガードした。両者は拮抗し、互いに消滅する。

 あれだけ頑張ってこれか、と落胆するも深香さんの反応は違った。顔を驚愕に染めたあと、手を振り再び剣を握りしめる。どうやら少しは消耗させられたか。

 だが、こちらはもう一度、炎を出すことはできない。

 ――いや、まだ。


「だあっ!」


 俺は息を吐き、がむしゃらに深香さんへ殴りかかった。

 要は時間が稼げればいいのだ。なら、別に攻撃が通用しなくても構わない。碌なダメージにならなくとも、攻撃されれば防ぐか避けるかするはずだ。

 実際、それで深香さんの動きは止まった。彼女は俺の拳をかわしつつ、鬱陶しそうに眉を顰めた。


「悠奈ちゃん!」

「……仕方ありません。少し手荒な真似をしますよ」


 紗羅が悲鳴を上げ、深香さんが右手を振るった。

 反応する間もなく、両腕へまさに焼けるような痛み。


「……え?」


 呆然と腕を見下ろせば、手首から先がなくなっていた。

 やはり傷口は焼かれて出血はないものの、逆に言えば病院などでの縫合もままならないのではないだろうか。

 切り落とされた手は吹き飛び、付近の砂浜に転がっている。


「―――っ!?」


 俺はなすすべもなく砂浜に座り込んだ。悲鳴はなんとか抑え込んだものの、傷口から走る激痛でもう立っていることもできなかった。

 ……深香さんが手を出してこない、と考えたのが甘かった。

 真夜と同じ。こちらから手を出せば話は別だった。殺されないまでも、殺しさえしなければ、容赦なく痛めつけられる。


 どうせ傷は後から治せると、おそらくそう思っているのだろう。


「これで大人しくなっていただけますね?」


 深香さんが微笑み、紗羅が叫ぶ。


「許さない――っ!」


 深香さんの剣がかき消えた。更に、深香さんの身体に次々と浅い裂傷が刻まれていく。

 しかし、それだけだった。

 決定的なダメージが生まれる前に現象が止まる。紗羅の魔力が限界に達したのだろう。


「お疲れさまでした、紗羅さん」


 一歩、二歩。

 深香さんが俺から離れ、紗羅に向かって歩いていく。

 止めろ。止めてくれ。


「思いの他、手こずってしまいました。悠奈さんが余計な詮索をしたり、暗示にかかりやすい癖にここぞという場面で抵抗するからです。でも、それももう終わり。貴女を殺して、悠奈さんに暗示をかけて。二人で口裏を合わせれば万事解決です」


 紗羅の傍らに腰を下ろした深香さんは、両手を紗羅の首に伸ばす。

 ……まさか、もう剣は出さないのか。

 白く細い指が、紗羅の首にかけられる。


「何か、言い残すことはありますか?」


 何で。

 何で笑ってるんだ。


「……最後に」


 自身を見下ろす深香さんを見つめた紗羅は、諦めたように目を細めた。

 彼女は首を動かすと俺の方を見つめる。

 駄目だ。紗羅。そんな目で見ないでくれ。


「もう一度、悠奈ちゃんとキス、したいな」

「……っ」


 頭上で黒猫が「へえ」と呟いた。楽しげなその声に苛立ちを覚える。


「――なるほど」


 僅かな間のあと、深香さんが頷いた。

 彼女は悠然と立ち上がると、紗羅に手を差し伸べる。


「いいでしょう。それくらいなら、叶えて差し上げます」

「……本当?」

「ええ、だから早くしてください」


 深香さんの手により引き起こされた紗羅が、俺の元までやってくる。よろよろとしてはいるが、歩くくらいなら問題ないらしい。


「悠奈ちゃん、ごめんなさい」

「……そんなこと、言うなよ」


 跪いた紗羅と正面から目を合わせながら、俺は必死に声を絞り出した。けれど紗羅は首を振って囁くように。


「いいの、何も言わないで。最後に悠奈ちゃんの……をちょうだい」

「……え?」


 紗羅の言葉の一部分だけがうまく聞こえなかった。

 まるでそこだけ口パクだったみたいに。

 戸惑う俺に紗羅が微笑んで、顔をそっと近づけてきた。

 唇が触れる。


「では、さようなら。紗羅さん」


 俺たちがキスをするのを確認した深香さんが紗羅の首に手をかける。

 後ろから、紗羅を絞め殺すつもりなのだろう。俺とキスをしたその状態のまま。


 ――杏子さんたちは、間に合わなかったか。


 この期に及んで助けを期待しても無駄だろう。奇跡なんてそうそう起こらない。

 なら、せめて紗羅と一緒に逝ければな。

 刹那的な衝動に襲われながら、俺は目を閉じ、全身を襲う脱力感に身を任せた。

 身体が重くなる。まるで力を吸われていくみたいに。


 ――あ。


 キス。脱力感。奇跡。


『悠奈ちゃんの……をちょうだい』


 そこでようやく、俺は紗羅の真意を察した。

 ……わかった、紗羅。全部持って行ってくれ。あの時と、同じように。

 俺は、しばらく前のあの戦いを思い出しながら、意識して紗羅へ自分のすべてを注ぎ込む。

 そして、光が弾けた。

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