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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
二章 俺と彼女と天使の企み

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誘惑

 更に数日が経った。

 深香さんとの特訓は継続している。相変わらず進捗は微妙だが、半々程度で火を出すのが成功するようになった。


「上出来です。もう少し練習して、安定して炎を出せるようになれば、後はどうとでもなりますよ」

「どうとでも、って?」

「攻撃がしたいのなら、最悪、敵に向かって投げつければいいんです」


 なるほど。海で深香さんがやっていたみたいにか。

 確かに、それならある程度の見通しも立ちそうだと思えた。


 また、学園では二学期の期末テストが近づいていた。俺と紗羅にとっては清華に来てから初めての定期テストとなる。

 細かい勝手がわからないという意味でも気は抜けないため、こちらにも注力せざるを得なかった。


「悠奈ちゃんなら普通にやってれば大丈夫だよ」

「かなあ……」

「羽々音さんも姫も勉強できるもんねー」

「うん。この学校、結構難しいと思うんだけど」


 なんだかんだ、入試なしで入学した身としては下手な点数は取れないしな……。


「せっかく一緒に住んでるんだし、お互い教えあおうね」

「うん、頼りにしてる」


 文系科目は紗羅の方が、理系科目は俺の方が得意なので、役割分担は可能だろう。


 あれから俺は凛々子さんに言われた通り、出来る範囲で紗羅との会話を増やすようにしている。といっても、特訓や試験勉強がある手前、話せるのは食事の時と学校内くらいになってしまう。

 クラスメートや澪ちゃんの目もある手前、意識して話そうとすると難しかったりもするが。

 ……あらためて意識してみると、確かに紗羅との時間が減っていたように思う。


 それから深香さんと紗羅の確執というか、ぎこちない関係もようやく実感できた。深香さんは明るく周囲に話題を振っているようでいて、その実、基本的に俺か世羅ちゃんにばかり話しかけている。

 会話の対象に紗羅を含めるときは「皆」に話しかけたり、あるいは主語を抜いたりして、極力、紗羅を意識しない風に努めているように思う。

 思い返せば以前からそうだった。

 深香さん自身が言った通り、紗羅と仲良くできない事情のせいなのだろうが。

 ……こんなことを続けさせていいのだろうか。


 憤りめいた疑問が頭に募るも、頭ごなしに抗議することもできずにいる。

 そんなある日。

 屋敷へ帰り、食事と入浴を済ませた後、俺は慎弥からの電話を受けた。


「もしもし、慎弥?」

『ああ。今、大丈夫か?』

「うん。大丈夫だけど、どうかした?」

『君の家について、だいたいの調べがついた』


 スピーカーから届いた声に息を飲んだ。


「早かったね」

『もともと、以前から調べていたからな』

「そうだったね。それで……?」


 一対一での電話とはいえ、念のため口調を崩さず問いかけると、旧友は珍しく少々勿体ぶりつつ続ける。


『聞いても驚くなよ。……いや、馬鹿にするなよ、という方が正しいか。それから、推測も混じるのは承知してくれ』

「う、うん」


 その真意を計りかねつつも答える。すると、


『天使だ』

「……天使? って、あの羽の生えてる?」

『そうだ』


 ……なんか、前にも似たようなやりとりをしたな。

 でも、天使か。


「悪魔と因縁がある家系っていうのも、そう考えれば納得かも」

『ああ。……いささか推測が短絡的な気もするが。おそらく間違いないだろう』


 確かに。天使と悪魔との確執なんて、これ以上ないくらいにわかりやすい。

 現実における両者の関係が、宗教伝承上のそれと同じなのかは知らないが、大差ないと考えれば。

 ――あなたに呪いをかけてあげる。忌まわしいその身に、一生続く戒めの鎖を。

 かつて真夜が紗羅に放ったという言葉の意味も重くなる。

 天使の家の長女がサキュバスだなんて確かに忌まわしいだろう。紗羅と世羅ちゃんの扱いが違う理由も、倫理的な是非を別にすれば理解はできる。

 そこで真夜は紗羅に呪いをかけた。

 羽々音家へ、更なる嫌がらせをするために。


 だとすると、あの交通事故は紗羅の殺害が目的ではなかったのだろうか。

 ――私としてはどっちでもよかったんだけどね。結果的にはまあ、上々かしら。

 つまり誰かに庇わせるか『紗羅に重傷を負わせる』か。

 誰かが庇えば、その人物が紗羅のせいで不幸な目に遭う。羽々音家への嫌がらせにはなる。

 紗羅が怪我をすれば、怪我の回復に生命エネルギーを消耗する。

 ――不足した生命エネルギーを吸収するのに、これまでの比じゃない性衝動に襲われるはずだもの。

 なかなか問題を起こさない紗羅をけしかけると共に、羽々音家を掻き回す悪戯。

 これでも辻褄はあう。


『少しは役に立つか?』

「少し、なんてものじゃないよ。どうやってこんな情報を?」

『別に大したことはしてない』


 羽々音家の来歴を遡れるだけ遡り、関わった事件や出身地方等の情報を集めた。それを元に推測した結果、確率の高そうなのがこれだっただけだという。


「いや、それは十分凄いんじゃないかな……」

『そう言って貰えれば少しは報われるがな。……一応、情報の出どころは口外するなよ。隠しても無駄な気もするが』

「あはは。まあ、前回のGPSでバレてたっぽいしね」


 ともあれ、この情報は貴重だ。

 紗羅が疎外されている理由がどうしようもないものならば、俺が取るべき対応も変わってくる。

 ……紗羅と一緒に屋敷を出ることも検討するべきかもしれない。


「ありがとう、慎弥。あとはこっちで確かめてみる」

『ああ。……だけど、無茶はするなよ?』


 思いっきり無茶した人間が何を言うか。


「大丈夫。今回は戦いに行くんじゃなくて、話をしに行くだけだから」


 それに、杏子さんたちも今更俺の記憶を消そうとはしないだろう。

 ……多分。

 俺は慎弥との通話を切ると、息を吐いて気合を入れた。


「……よしっ」


 部屋を出て廊下を歩く。当然、向かう先は杏子さんの部屋だ。

 確かめるなら早い方がいい。それに、このタイミングなら話もしやすいはずだ。

 と――。


「悠奈さん?」

「っ」


 運悪く、あるいは当然というべきか。

 不意に響いた声に俺はあえなく呼び止められてしまった。

 声の主は、深香さん。

 慎弥と通話しているうちに、特訓の時間が迫っていたらしい。


「どちらに行かれるんですか?」

「ちょっと、杏子さんに話があって。すみませんけど、特訓を少し遅らせて貰えませんか?」

「それは構いませんけど……」


 決心した矢先に邪魔が入ったため、俺は焦っていた。

 しかし、そんな俺の内心を知らない深香さんはゆっくりと答える。


「相談事でしたら、わたくしが聞いてもいいですよ?」

「いえ」


 魅力的な提案ではあるが、ここは吞めない。

 あとで深香さんに尋ねるにせよ、まずは杏子さんに確認しなければ始まらない。だから俺は首を振った。

 すると深香さんは目をすっと細め――。


「何か、大事なことをお知りになったんですね? それが何なのか、『正直に答えてください』」

「……いえ、それは」


 ここで話をしている場合じゃない。

 俺は深香さんの頼みを拒否しようと首を振りかけ、止まった。

 それでは駄目だと誰かが囁く。

 ……なんだ、これ。


「羽々音家が天使の家柄だって話を聞いたんです」


 猛烈な違和感に戸惑いながら、俺は無意識のうちにそう答えていた。

 まるで、先ほど深香さんが発した言葉に操られるように。

 ――操られる?


『幸い悠奈さんは暗示の類にかかりやすいようですので』


 いつかの杏子さんの言葉を思い出す。

 暗示。……催眠術。


「さあ、悠奈さん」


 深香さんが俺に近づき、そっと囁く。

 ――特訓をしている最中のように。


「少し、夜のお散歩に行きましょうか。わたくしがあげたコートを着て、スマートフォンは部屋に置いたまま、ね」


 俺は、彼女の言葉に逆らえなかった。

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