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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
二章 俺と彼女と天使の企み

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静かな海で

 紗羅をどこに誘うべきか、いい案は浮かばなかった。

 買い物には行ったことがあるし、凛々子さんの手前わざわざ食事に行くのもどうかと思う。遊園地はなんとなく紗羅の好みからは外れそうな気がする。

 となると映画館とか? でも、付き合いの浅いカップルが行くと破局の元になる、みたいな話も聞いたことあるんだよな……。


「むぅ。本人と相談した方がいいか」


 まだ、そこまで紗羅の趣味を知っているわけじゃないし。

 そう決めた俺は朝食をとりに食堂へ向かい――。


「悠奈さん。わたくしとドライブに行きませんか?」


 顔を出すなり深香さんに抱きしめられ、遊びに誘われた。

 香水でもつけてるのか、深香さんの身体からはうちのボディソープとは違う香りがした。そんなにキツくなくて、いい匂い。

 って、そうじゃなくて。


「すみません、今日は……」


 他の用事があって、と言おうとする口を胸の谷間で塞がれる。

 苦しい、息が……。


「嫌、なんですか?」


 囁き声。

 解放と同時にじっと見つめられ、言葉に詰まる。

 なんなんだいきなり、と思う一方で、

 ――断ってはいけない、と頭のどこかで何かが命じていた。


「わ、わかりました。行きます」


 半ば強迫観念に押し出されるようにして答えると、深香さんは満面の笑みを浮かべて喜んでくれる。


「ありがとうございます。では朝食の後少し休んで、十時前には出かけましょうか」

「了解です」


 ……なし崩しに予定が埋まってしまった。

 はあ、と息を吐きつつテーブルに向かう。と、紗羅と世羅ちゃんが俺をじっと見つめているのに気づいた。


「悠奈さん?」

「まさか、今の見られてた?」

「はい、ばっちり」


 ……うわぁ。恥ずかしいところを見られてしまった。

 ただ、世羅ちゃんに冷やかそうとする様子はなく、むしろ何かを心配するような視線を俺に送ってくる。


「あ、世羅ちゃんも一緒に行きますか?」


 そこへテーブルの向かいから深香さん。

 世羅ちゃんは「いえ、私は……」と言いかけた後、紗羅の方を見てぱっと顔を輝かせた。


「あ、じゃあ皆で行きませんか? この前お買い物した時みたいに」

「あ、それはいいかも」


 二人きりじゃなくても、紗羅が一緒の方が俺は嬉しい。


「ええ、私は構わないけど」


 深香さんもそう言って頷き、紗羅を見る。

 しかし、当の紗羅は困ったように微笑んで首を振った。


「ごめんなさい。私は遠慮しておきます。気にせず三人で行ってきてください」

「そうなの?」

「うん。ごめんね、世羅」


 すると世羅ちゃんもしょぼんと肩を落とし、結局、不参加を表明した。


「では、悠奈さん。わたくしたちだけで行きましょうか」

「……そうですね」


 紗羅と世羅ちゃんの様子が気になりつつも、俺は深香さんの言葉に頷くしかなかった。


 *   *   *


「うん、いい天気」


 青い空を見上げた深香さんが目を細めて呟く。

 俺たちは快晴の空の下、波打つ海辺にいた。広がる砂浜と青い海のコントラストと、静かに響く波音はなかなかに情緒的だ。

 ただ――。


「今、冬ですよね」

「そうね」


 この時期の海はぶっちゃけ寒い。

 もちろん、二人とも防寒装備はしている――俺はデニムにタイツ、トップスも二枚着た上にジャケットを羽織り、更にコート。深香さんもすらっとした長いコートで身を覆っている――ものの、それでも水辺は寒々しい。

 砂浜が静かで広いのも、他に人がいないからだし。


「どうしてここに来たんですか?」


 午前中から車に乗って延々移動したかと思えば、これである。

 はあ、と息を吐きつつ尋ねると、隣に立つ深香さんはこちらを振り返らずに答えた。


「静かなところに来たかったから、かな」

「……?」


 少し、いつもと様子が違うか。

 そういえば、さっきから口調も敬語じゃなくなっている。

 不思議に思いつつも黙っていると、深香さんも喋らずただ砂浜に佇む。

 と。


「えい」


 おもむろに手を持ち上げる深香さん。その手のひらに突然、大きな炎の塊が生まれた。ちょっ、いきなりなにやってるんだこの人。

 しかし俺は混乱のあまり何も言えず、その間に彼女は腕を振りかぶり――手の中の炎を海に向かって投擲した。

 炎はみるみるうちに海へ吸い込まれていき、ぼん! と大きな音を立てて消滅する。

 後に残ったのは熱により生まれた水蒸気だけ。


「静かな場所って、まさか今のをやるためじゃないでしょうね!?」

「まさか。そこまで無鉄砲じゃないわ」


 ……本当か?

 くすくす笑う深香さんを半眼で睨みつつ、俺は周囲へと視線を巡らせる。うん、どうやら人の気配はなし。今の奇行を目撃した者はいなさそうだ。


「悠奈さんは優しいのね」

「そう、ですか?」

「ええ。だって、こんなままならない状況に置かれながら、腐らず努力している」


 今度は一転、落ち着いた表情でこちらを見つめてくる。

 態度がころころ変わり過ぎで、反応をどこに落ち着けていいか迷う。


「それは、紗羅がいてくれたからですよ。あと、世羅ちゃんや凛々子さん、杏子さんも」

「そっか。紗羅さんがやっぱり最初に来るのか」


 じゃあさ、と深香さんは続けて。


「考えてくれた? この間の話」

「……いえ。まだ決められてません」

「どうして?」

「今の俺に紗羅を守れる力がないから、でしょうか」


 紗羅と二人で生きていく。

 それ自体はとても素敵な話だと思うし、正直憧れる部分もある。でも、実際にやっていける自信がない。

 地位とか財力とかそういうのは仕方ないとしても、せめて純粋な戦う力が欲しい。


「いつか真夜みたいな相手と戦うことになったとき、紗羅の役に立てる……いや、紗羅の足手まといにならないくらいの力がないと、って」

「なるほど」


 俺の答えに深香さんは頷いて、それ以上何も言わなかった。

 彼女は一体、何を思っているんだろう。


「あの、聞いてもいいですか? 深香さんが俺に良くしてくれる理由と……あと、杏子さんが紗羅を遠ざけようとしている理由を」


 尋ねるには丁度いいチャンスかもしれなかった。人気のない場所で二人きり、邪魔が入る心配も、誰かに聞かれる心配もない。


「そうね……」


 深香さんはしばらく考えるように顔を上げて、やがて呟いた。


「悠奈さんたちに良くする理由は簡単よ。あなたたちと仲良くなりたいから。あなたたちと、繋がりを持っておきたいから」

「繋がり?」

「そう、繋がり。接点、でもいいけど」


 はぁ、と吐息がこぼれる。


「本家と分家、じゃないけど……壁があるの。同じ羽々音の娘といっても、母と、屋敷を継いだ杏子さんとでは。だからせめて、世羅ちゃんや悠奈さんとの距離は縮めたかった」


 仲間はずれ、みたいな気分だったのだろうか。

 深香さんのお母さんは結婚し、どこか別の場所に暮らしているはずだ。それは、あるいは、紗羅と似たような境遇だったのだろうか。

 選ばれず――遠ざけられた。

 なんて、益体もない想像がよぎる。


「でも、紗羅ちゃんとは仲良くできないかな」

「え……?」


 今、なんて。

 深香さんが自嘲気味な笑みを浮かべる。


「羽々音の家が悪魔と仲が悪い、っていうのは知ってるでしょう? それの延長。淫魔――サキュバスは性質的に悪魔に近いから。紗羅さんと明確に仲良くすることはできないの」


 個人的な感情を問わずね、と呟きが続いた。


「それに、悠奈さんに想われてるのは妬けてしまいますし」

「は……?」

「なんて、冗談です」


 突然、丁寧口調に戻ったかと思えば、またよくわからない発言を。

 くすくすと笑う深香さんは、ぽかんと口を開けた俺を置いたまま、くるりと身を翻す。


「さあ、悠奈さん。まだまだ色々回りますよ」


 ……結局、詳しいことは聞けずじまいだった。

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