特訓
「ひぅっ……」
つん、と。
深香さんの指が――首輪の宝石を軽く叩いた。
次いで右手首、左手首と順に枷に埋め込まれた宝石に指が触れていく。すると、深香さんの指が触れた宝石がぼんやりと光を放ち始める。
「あれ……?」
想像していたのと違う展開だった。
なんか、普通の作業っぽい?
「だから、すぐに済むって言いましたよ?」
「あ、ああ……」
心配して損した。
そりゃそうだよな。これは一応、杏子さんから依頼された仕事なわけで。私利私欲のために全然関係のないことを始めるはずがない。
ほっとして胸を撫で下ろす。と、
「ぁぅっ!?」
にっこり微笑んだ深香さんの指が、軽くお腹を撫でていった。意識を外した瞬間の刺激に思わず声が漏れてしまう。
……やっぱ駄目だこの人。
むっとして睨みつけるも、その時にはもう深香さんは真面目モードに戻っていた。更に鞄から取り出した板状のものを見つめ、何やら目を見開いている。
「……へえ。これは」
「何かわかったんですか?」
俺がいる位置からでは板の表面は見えない。なので何もわからないのだが。
「ああ、いえ。……悠奈さんの魔力量は、私より少し多いくらいみたいですね」
ああ、それで驚いていたのか。どうやらあの板は魔力の計測器だったらしい。四肢と首の宝石から情報を受け取っている、ということか。
「それって、凄いことなんですか?」
「いいえ。並程度、いたって普通の量です。特訓に支障はありませんけれど」
……なんだ。
実は俺にはすごい能力が、とかを一瞬期待したのだが、さすがにそんなうまい話はなかったらしい。
まあ、少ないって言われるよりはマシか。
「では、次に適性を調べましょうか」
適正とは、要するに魔力をどんな用途に使うのが向いているか。火をつけるとか水を操るとか『四元素』やら『五行』にまつわる適性が主になるため『属性』と言い換えることも可能らしい。
「で、適性を調べるにはまた道具が必要になるんですが……」
「……もう驚きませんからね」
ジト目で言うと、深香さんは「それは良かったです」と微笑んだ。
彼女が鞄から取り出してきたのは、いわゆるアイマスクと、何やら口を塞ぐための器具。それから手袋というか、グローブ的なものが四つ。
「それは何に?」
「視覚と言語を封じ、四肢の自由を奪います。余計な感覚を封じれば封じるほど、他の感覚に意識を向けやすくなるのです」
それが自身の魔力にアクセスする助けになるのだという。
「……なるほど」
何となく理屈はわかるような気がするので、素直に従うことに。
まずアイマスクで視界を塞がれ、その上で口にも枷を嵌められる。どうやら呼吸はできるようだが、これで物を見ることも喋ることもできなくなった。
「さあ、いったん手枷と足枷を外しますよ……?」
後ろに回り込んだ深香さんから耳元で囁かれ、びくっとした。直後、四肢の拘束が一つずつ外されて、グローブを嵌められていく。
「拳は握った状態にしてくださいね。そのまま手首を絞りますから」
指を開けなくされた状態で再び椅子の足に拘束された。足先も同じようにグローブを被せられて固定される。
これでもう、殆ど完全に自由を封じられた状態だった。
暴れれば椅子ごと床に倒れられるが、変なことされてもくぐもった声しか出せないし、碌に抵抗もできない。
……これで訓練じゃなかったら本気で恨んでやる。
「さあ、それでは、呼吸を楽にしてください」
再び囁き声。視覚を封じられたせいか、その声に自然と意識が向く。
「そう。私の声だけに集中してください。それ以外のモノは何も聞かなくて構いません」
ふっと頭の中に霞がかかったように、意識が現実から遠くなる。僅かに聞こえていた生活音がカットされ、本当に無音の状態。
「ゆっくりと自分の内側に沈んでいきましょう。身体は楽に、そう、水の中を揺蕩うように。でも、不思議と冷たくも苦しくもありません。ただ、全身の感覚だけを手放して……」
深く、深く沈んでいく。
あるいは浮いているのか。腕や足の感覚がはっきりしなくなり、ただ包まれているような、曖昧な安堵感だけが残る。
なんだか気持ちがいい。
朝、微睡みに身を任せている時や、自覚しながら夢を見ている時のような。
「今度は心臓の音に集中しましょう。吸って、吐いて。一定のリズムで呼吸しながら、とくん、とくんと心臓が動く音を聞いてください」
呼吸。そうか、呼吸をしなくては。
言われた通り、一定のリズムで呼吸を繰り返す。鼻腔から空気が通り抜けていくたびに鼓動が落ち着き、代わりにはっきりと感じられるようになる。
とくん、とくん、とくん……。
決して止まることのない脈動。人間の生命の源。そこから力が送り出され、また帰っていく。
「力の流れが感じ取れますか?」
言葉が使えないので、こくんと頷く。
「はい。では、今度は流れていく力の方に意識を向けて。そうすると、体内に『流れていない力』があるのに気づくはずです」
流れていない力。
心臓から全身を巡るのとは別に、体内に宿る力。
あった。身体のあちこちに、心臓から繋がる管を通らずに残るエネルギー。
けれどそれらは仮想の管によって全身に繋がっている。
「よくできましたね。その力が魔力です」
これが、魔力。
暖かいような、冷たいような。
大きいような、小さいような不思議な何か。
「では、本番です。これからわたくしが囁くものを強く思い浮かべてください」
そう言って深香さんは次々と単語を囁いていく。
燃える炎。思い浮かべると身体が火傷しそうな程に熱くなる。
冷たい水。火照った顔に、コップ一杯分ほどの水がかけられるような感触。
流れる風。ふわりと、かすかに髪が舞い上がる。
固い石塊。ごとんと床に何かが落ちる。
――その他、いくつもの単語が囁かれ、そのたびに小さな現象が起きる。そして体内の魔力が少しずつ消えていく。
魔力は生命エネルギーの余剰分、って話だったけど、消費するたびになんだか疲れが溜まっていく。
「はい。終わりです。魔力から意識を離し、肉体に戻ってきてください」
そう言われ、アイマスクが解かれた時にはずっしりとした疲労感があった。
続いて口枷が外されると、思わず深い吐息が漏れた。
「体調は大丈夫ですか?」
「はい。なんか凄く疲れましたけど……」
「慣れない活動をしたのだから当然ですよ。例えるなら二百メートル走を間髪入れずに何回も繰り返したような……ああ、汗もだいぶかいてらっしゃいますね」
「ああ、なんとなく納得です」
首輪や四肢の拘束を解かれながら視線を下に向ければ、確かに汗をかいている。ついでに腹部が何やら濡れているような。もしかして、水を思い浮かべた時の? ということは石ころとかも――。
ばっ、と床を見ると、残念ながらそこには何もなかった。
「ああ、悠奈さんが魔力を解いたので生成物はもう消えてますよ」
「なるほど」
だから消えた……ってことは、有ったのは有ったのか。
俺が水やら石ころを生み出したと思うと、なんだか微妙に達成感があった。まあ、実物がないから実感はあまり湧かないが。
ただ、着替えた意味はあったみたいだ。
と、各種器具を片づけた深香さんがふっと息を吐いた。
「んー……どうやら、燃えにくい衣装の方が必要だったみたいですね」
「へ?」
それって……?
彼女の顔をじっと見つめると、にっこり微笑まれた。
「悠奈さんは火の扱いに適性があるようです」




