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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
二章 俺と彼女と天使の企み

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32/202

杏子との相談

 屋敷に戻った俺は、部屋着に着替えるとすぐに廊下へ出た。


「えっと、どうしようかな」


 呟き、きょろきょろと辺りを見回す。目的もなく部屋を出たわけではないのだが、目的地がどこにあるのかいまいちわからない。

 とりあえず玄関や食堂のあるほうに向かって歩くと、ちょうどよく凛々子さんを見つけた。


「凛々子さん」

「はい。どうされましたー?」

「杏子さんと話がしたいんですけど、どこに行ったらいいかと思いまして」


 彼女の部屋に直接出向いたことはまだ無かった。なので、部屋の位置もわからない。食堂や居間にいるのであればそれでもいいのだけれど。


「杏子様と、ですか? 珍しいですねー」

「あはは。ほら、何かするときは相談しろって言われたので」


 苦笑しつつそう言うと、凛々子さんは「なるほどー」と目を細めた。


「でも、私が珍しいと思ったのは、どちらかというとお嬢様が一緒じゃないことなんですけどー」

「……あー。それは、ちょっと。今の段階では紗羅に話したくないなって」

「そうですかー。杏子様ならお部屋だと思いますので、ご案内しますね」

「ありがとうございます」


 凛々子さんに連れられて向かったのは、俺たちの部屋がある方向とは反対側。玄関を挟んだ先にある、あまり足を踏み入れたことのない一角だった。あ、でも、前に監禁された部屋はこっち側だったような気もする。

 廊下をしばらく歩き、あるドアの前で立ち止まる。


「杏子様、よろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」


 ノックし、返ってきた答えに凛々子さんがドアを開いた。

 室内は落ち着いた雰囲気だった。家具はアンティークなのか、どこか歴史の長さを感じられる品々が使われている。クローゼットやベッドなど基本的な調度品の他、目を惹くのは大きな本棚が複数置かれていることと、机が広いことか。

 ……多分、寝室かつ書斎、って感じなのかな。

 杏子さんは机で何か書き物をしていたようで、俺たちの入室に気づくと顔を上げてこちらを振り返った。


「悠奈さんがお話をしたい、ということですー」

「そう。ありがとう」


 頷いた彼女は、俺へ適当に座るよう促した。

 俺は少し迷ってから、手近な椅子を引いて腰かける。すると杏子さんもそれに倣い、凛々子さんは「お茶を淹れてまいりますー」と退室していく。


「それで、お話というのは?」


 細めていた目をふっと和らげ、杏子さんが首を傾げる。


「あ、はい。その、俺が元に戻る方法のことなんですけど」

「……そのお話でしたか。日を改めて、紗羅や世羅ちゃんにも説明するつもりでしたが」


 ふっと息を吐く杏子さん。彼女へ向けて、俺は凛々子さんと同じことを話した。


「紗羅に話す前に、ちょっと考えたいことがあって。できれば二人だけで話したかったんです」

「と、いいますと?」

「深香さんから色々、話を聞いたんです」


 結果、どうすればいいのか迷っている。

 このままでいいのか、あるいは何かを決断すべきか。その判断材料が欲しい。紗羅と本格的な話をするのはそれからにしたい。

 俺は深香さんから聞いた話を杏子さんに伝えた。


「俺の身体を元に戻すことは現実的には不可能。でも、元の俺に似た身体へ変化させることはできる、と深香さんは言っていました。これは間違いないですか?」


 深香さんが持っている情報と、杏子さんが持っている情報。これが同じだとは限らない。もしかしたら何か手がかりが見つかるのではないか。

 しかし、杏子さんは俺の質問に頷いた。


「……はい。私も同じ考えです」

「そう、ですか……」


 やっぱり、そううまくはいかないか。

 思わず肩を落とすと、杏子さんがすまなそうに俺を見つめる。


「申し訳ありません。……ですが、悠奈さんが望まれるのであれば、出来うる限り協力させていただきます。あなたが本来の意味で戻ることも、本当に不可能というわけではないのですから」


 確かに。深香さんも『時間と労力をかければ』可能だと言っていた。


「それって、具体的にどのくらい大変なんですか? 時間と、費用的には」

「……状況次第ですが、年単位になるかと。術者を探し、依頼するところから始めることになりますので」


 ――年単位。

 やはり、感覚としては病気の治療に近いと考えれば良さそうだ。腕のいい医者と設備の整った病院を探すのにも時間がかかる。

 また、見つけた上で実際に治療が行われるまでのラグも運次第のはず。

 意図的かはわからないが、杏子さんが口にしなかった費用もおそらく相当な額が必要になるはずだ。


 待てるかと言われれば、申し訳ないが待てない。

 それだけの年月がかかってしまうと、俺が元に戻っても周囲の環境が変わってしまっている。

 ……ようやく現実を認めた頃、死んだはずの俺がひょっこり返ってくる、なんてことになったら、それこそ父さんや母さんを苦しめることになるだろう。

 学校にも元通り通えない。友人たちともぎこちない関係になりかねない。

 それを承知で『御尾悠人に戻りたい』なんて、俺には言えない。


 なら、単純に男になる方法を取るべきか?

 それでも深香さんに言われたことを思えば『御尾悠人の生活』に戻ることはできないだろう。

 ただ、唯一救いがあるとすれば、紗羅との関係を変えられること。


「杏子さん。俺をもう一度、御尾悠人ではない誰か、男子高校生に変えてもらうことはできますか?」

「――可能です。今の『羽々音悠奈』としてのあなたを死んだことにし、新たな戸籍を用意する……少々力技ですが、それは難しい事ではありません」


 杏子さんは俺の問いに簡潔に答えてくれた。そして独り言のように呟く。


「悠奈さん。あなたが今、一番望むことはなんですか?」

「……わかりません」


 俺は答えられなかった。

 単純に考えれば、元に戻ること以上に大事なことなどないと思う。けれど、それを答えとしようとすると胸のどこかにわだかまりが残った。

 杏子さんも無理やり俺から答えを聞き出そうとはしなかった。


 そこで、凛々子さんがお茶を持ってきてくれた。お茶請けのクッキーと共に味わうと、なんだか気持ちがほっとする。

 ……とりあえず、考えられることから考えるか。

 そう思い直した俺は、杏子さんへあらためて尋ねた。


「俺でも悪魔とか、そういうのと戦える方法ってありませんか?」

「……また、急にどうされたんですか?」

「これからどうするにしても、力はあった方がいいと思うんです。真夜がまた紗羅を狙ってきたとき、今の俺じゃ助けにもならない」


 前回は澪ちゃんのくれたアイテムのおかげで戦えたけど、あれじゃ足りない。威力も効率も悪すぎるし、有事のために携帯し続けるのも難しい。

 澪ちゃんの助力をいったん保留にしたのはそのためだ。


「だから、もし何かあったら教えて欲しいんです」

「……以前にも言った通り、知識を得ることが必ずしも救いに繋がるとは限りませんよ。神秘に近づくことで、トラブルに巻き込まれる可能性も増すでしょう」

「それでも、お願いします」


 じっと正面から見つめて頭を下げると、杏子さんはふっとため息をついた。


「仕方ありませんね」

「……じゃあ」

「ええ。できるだけ簡単に習得できる自衛の手段をお教えします」


 ……やった。

 戦う力があれば、できることも増える。それが自信になれば、自分への見方だって変わるかもしれない。


「ありがとうございます」

「ただし、条件があります」


 顔を輝かせてお礼を言った俺を、杏子さんが凛とした声で制した。

 そして――彼女が口にした条件は、俺にとって思いもよらないものだった。

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