澪と部活
紗羅によれば、普段通り俺の精気を吸っていたら突然吸収量が増えたのだという。そのせいで少しだけ吸いすぎてしまい、俺は意識を失ったらしい。
「凛々子さんに診て貰ったら、眠っているだけだって言われたから大丈夫だと思うんだけど……調子は悪くない?」
「ああ、大丈夫。心配かけてごめんな」
「ううん、悠奈ちゃんが大丈夫ならそれでいいの」
ほっと胸を撫で下ろす紗羅。それを見ながら思う。
……やっぱり、変に意識しすぎるのは良くないな。
吸収量の増加について、紗羅は意図していないという。となれば原因として考えられるのは俺の側だ。余計なことを考えていたせいで興奮して、自分から紗羅に精気を流してしまったとか、そんなところだろう。
一晩眠ったおかげで気持ちも落ち着いたので、心を入れ替えて生活に臨むことに。
体調も問題ないので普通に朝食を取り、凛々子さんに心配をかけたことを謝ったうえで学園へ登校した。
授業は何事もなく、あっという間に放課後。
土曜の今日は半日授業なので、時刻はまだお昼である。
「紗羅、ご飯はどうする?」
「特に用事が無ければ、帰ってからでいいんじゃないかな」
「それもそっか」
クラスメートたちと挨拶を交わし、紗羅と連れ立って教室を出た。
廊下を歩き、階段を下りて昇降口に差し掛かると、そこで横手から声をかけられる。
「悠奈先輩、紗羅先輩」
「澪ちゃん、今帰り?」
一年生の黒崎澪ちゃんが小走りに駆け寄ってくる。学校内なので当然、ゴスロリではなく制服姿だ。
彼女は俺の問いかけに、軽く頬を膨らませて答えた。
「まだ帰りません。お二人とも、偶には部室に来てください。あたし一人じゃ寂しいじゃないですか」
「あー」
俺と紗羅は、真夜との戦いに協力して貰った縁で、彼女の所属する『神霊現象研究会』という部活に入部している。けれど、部室には入部したときに一度行ったきりだった。澪ちゃんはそれに文句を言いに来たらしい。
まあ確かに、言いたくなる気持ちもわからなくはない。何しろ、俺たちが入部するまでは澪ちゃん一人の部活だったのだから。
「ごめんなさい、まだ色々と忙しくて」
申し訳なさそうに眉を寄せた紗羅が、澪ちゃんに軽く頭を下げた。
忙しかった、というのは言い訳っぽいが嘘ではない。俺も紗羅も転校後の生活に慣れる必要があったし、紗羅の消耗も回復しきっていなかったから。
「あ、いえ。それはもちろん理解していますので」
澪ちゃんの方もおおよその事情は知っている。頭を下げられた彼女はわたわたと慌てた様子で手を振ってみせた。
……とはいえ、あまり不参加が続くのも良くないか。
手を止めた後、しょぼんと肩を落とした澪ちゃんを見て、俺はそう思った。
「紗羅、せっかくだから部室に寄っていこうか?」
「……うん、そうだね」
提案すると、紗羅も微笑んで頷いてくれた。
「本当ですか?」
「うん」
ぱっと顔を輝かせた澪ちゃんに答えて、俺はまず凛々子さんに連絡を入れた。お昼を食べてくること、部活に参加してから帰ることを伝えて了承をもらう。
それから、三人で連れ立って購買へ。
「へえ、こんな風になってたんだね」
「あ、お二人はお昼お弁当なんですね」
などと会話しつつ、食堂に併設されたそこで軽食類を買い求め、それから神霊研の部室へと移動した。
部室は三階の奥、あまり使われない一角にある。元は資料室か何かだったらしく、スペース的には教室の半分程度。そこに本棚やらテーブル、椅子が雑然と置かれている。備品の殆どは過去の部員が残していったものらしい。
「澪ちゃん、ポット借りるよ」
「はい、どうぞー」
お湯が使えるかどうかは事前に確認済みだった。俺はお湯を沸かすと、カップのきつねうどんにお湯をそそぐ。後は五分待てば完成である。
思えば、インストタント食品を食べるのも久しぶりだ。
「カップ麺なんて、身体に良くないと思うけど」
「んー、でもきつねうどんの誘惑には抗いがたくて」
せっかくの機会を逃したくなかったのである。
すると澪ちゃんがくすっと笑い、
「悠奈先輩は、天ぷらより油揚げ派なんですね」
「うん。味噌汁だったら豆腐と油揚げが一番かな」
「あー。あたしはお豆腐と大根のお味噌汁が好きですね」
大根か。火を通すと甘くなって美味しいんだよな。
「紗羅先輩はどんなお味噌汁が好きですか?」
そこで澪ちゃんは紗羅に話を向ける。買ったばかりのサンドイッチの包装を開けていた紗羅は「私?」と顔を上げる。
「そうだなあ……バターの入った豚汁とか?」
「……紗羅、それを『味噌汁』のカテゴリに含めるのは邪道だと思う」
「同感です」
豚汁は豚汁だ。広義の味噌汁にはまあ、カテゴライズされるだろうが、微妙に反則感が否めない。
「そ、そうなの?」
俺たちから口々に否定された紗羅は困惑気味だった。そもそも羽々音家ではあまり和食の類が出ないから、この話題は鬼門だったのかも。
話題を変えよう。
「ところで、この部って普段は何をしてるの?」
五分経ったので蓋を開け、麺をかき混ぜつつ尋ねる。
澪ちゃんは「色々ですよ」と、おにぎりを口に運びながら答えた。
「小説を読んだり、資料を調べたり、グッズのお手入れをしたり。あとはイラスト書いたりしてる時もありますね」
「あれ、ここって文芸部か何かだっけ?」
「神霊現象研究会ですよ?」
例えば小説ならホラーだったり伝奇だったり。資料というのは各地の民話とか怪奇現象のデータだし、イラストは素人にも親しみを持ってもらうための方策なのだとか。
「来年は是非とも新入部員を獲得したいので」
「ふふ、頑張ってるんだね」
「はい! ……まあ、グッズを買うのにアルバイトをしているので、毎日は活動できてないんですけどね」
「欲望に忠実だね」
「う。……で、でも、私のコレクション、役に立ったじゃないですか」
何の気なしに呟いた感想が堪えたらしく、じっと見つめながらそう言われた。うん、もちろんそれは感謝してる。
「相手の悪魔も驚いてたよ。予想外に効いたみたいで」
「ですか。ふふふ、あたしの目利きも捨てたものじゃないですね」
どうやら機嫌を直してくれたようでほっとする。
と、紗羅が「そういえば」と声を上げた。
「あのアイテムはどこで調達したの? 結構集めるの大変だったんじゃ」
「んー。手間はかかってますけど、ルートは普通ですよ? 骨董品のお店とか、雑誌に載ってる通販ページとか、神社とか」
だからお気になさらず、と澪ちゃんは言う。
「でも、元手もかかってるんじゃ」
「いいですよー。お蔭で部員と生のお話をゲットできましたし」
そう言われると無理に代金を支払うのも変な感じだ。俺と紗羅はせめてもう一度、澪ちゃんに頭を下げることにした。
「ありがとう、澪ちゃん」
「いえいえ。……あ、そういえばまだご入用だったりしますか? もし必要ならまた調達しておきますけど」
「ああ……うーん、どうなんだろう」
真夜には勝ったものの、完全に倒したわけではない。またどこかで顔を合わせることもあるかもしれないし、その時逆襲される可能性はある。
そう考えると、武器はあるに越したことはないかもしれないが。
……ふと、思うところがあって、俺は澪ちゃんの申し出を保留にさせてもらった。
食事を済ませたらしばし雑談に耽り、部室を後にする。
「そうだ。これ、持って行ってください」
帰り際、澪ちゃんは俺と紗羅に部室の鍵を渡してくれた。作ったはいいが渡す相手がいなくて困っていたのだと、苦笑しながら言う。
今度からは定期的に顔を出してあげるようにしようと、そう思った。
 




