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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
二章 俺と彼女と天使の企み

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24/202

プロローグ

※R15タグを追加しました。性行為の描写予定はありませんが、戦闘描写と紗羅の設定を考えて念のため。

 悪魔――真夜との戦いから数日。

 私立清華学園への転校を済ませ、新しい生活に慣れるため慌ただしい日々を送る中、俺は紗羅の新たな一面を知った。


「凛々子さん、お代わりもらえますか?」

「はい。少々お待ちくださいねー」


 夕食時。紗羅が空になったライス皿を差し出す。

 すると凛々子さんは微笑んで頷くと厨房に戻り、ライスのお代わりを用意してくれる。紗羅はそれを受け取ると「ありがとう」を言って食事を再開する。

 本日、二度目の光景である。


 今日のメインはサーモンのムニエル。バターの風味が食欲をそそる一品で、羽々音家の面々からも好評だった。杏子さんは白ワインと一緒に、俺や紗羅、世羅ちゃんはご飯と合わせてそれを味わった。

 特に紗羅の食事ペースは速く、それを見越してか彼女のムニエルは他より一回り大きい。ついでにサラダやスープの量も多めだ。


「お姉ちゃんがいっぱい食べてると、やっぱり安心するなあ」

「……恥ずかしいからあんまり言わないで、世羅」


 そう。俺が知ったのは紗羅がよく食べる、という事実だった。

 量としては成人男性の平均より上、牛丼でいえば特盛にサラダと卵を付けるくらいだろうか。

 これは食い意地等の問題ではなく、彼女の体質に関係があった。


 サキュバスである紗羅は生命維持に精気、つまり生物の生命エネルギーを必要とする。補充には通常性行為を用いるが、普通の食事でも代替が可能。

 と、ここまでは知っていた情報だが、実は食事でのエネルギーを補給は吸収効率があまりよくないらしい。

 そのため、紗羅はどうしても人並み以上の食事量が必要になってしまうのだとか。


「恥ずかしがらなくてもいいと思うけどな」

「だって……」


 俯いた紗羅がちらり、と視線を送ってくる。

 そこへ杏子さんが微笑んで、


「悠奈さんは、よく食べる女性はお嫌いですか?」

「いいえ。健康的でいいと思います」

「え……」


 途端、紗羅は別の意味で恥ずかしそうな表情になった。そして、何も言えなくなったのを誤魔化すように食事を口に運ぶ。

 やがて空になったライスを見て、凛々子さんが言った。


「そろそろデザートをお持ちしましょうか」

「……お願いします」


 結局、紗羅はデザートのプリン(自家製)まで夕食を綺麗に平らげた。食事中もそうだったが、プリンを口に運ぶ紗羅はとても幸せそうだった。

 一口一口味わうようにスプーンを動かし、控えめに微笑んでいる。

 ……こんな可愛い女の子を嫌いになるわけがないだろうに。

 紗羅は当初、屋敷に来たばかりの俺に食事量を隠していた。


『悠奈ちゃんに変に思われたくなかったから』


 食堂ではごく普通の量を食べ、後ほど間食などで誤魔化していたらしい。

 ただ、サキュバスであることを俺が知ったために隠す必要もなくなり、保護者たちによりついこの間、事実が明らかにされた。

 以降、紗羅は屋敷内で食事量を隠すのを止めている。


「ご馳走様でした」

「はい、お粗末様ですー」


 食事を終えると、俺たちは凛々子さんにお礼を言い、連れ立って食堂を出た。

 それぞれの部屋に向けて歩きつつ、俺はふと紗羅に尋ねる。


「そういえば、凛々子さんっていつ食事してるんだ?」

「さあ……? 私たちが食べる前か後だと思いますけど、どっちなんでしょう。お姉ちゃん、知ってる?」

「ううん。時々、お母さまとお酒を飲んでいるところは見るけど」


 そうすると先にお腹を満たしている可能性が高いか? でも、あの人が家人より先に料理へ手を付ける姿も想像できない。謎だ。

 と、三人で首を傾げるうちに部屋に到着した。


「あ、悠奈ちゃん。今日の宿題はどう?」

「ん、まだ少し残ってる」

「そっか。私も終わってないから、片づけてから行くね」

「わかった」


 手を振る紗羅に頷きを返し、世羅ちゃんとは「おやすみなさい」をして二人と別れた。そうして部屋に戻ると、可愛らしく変貌を遂げた調度品が俺を出迎えてくれる。


 なんていうんだろう。全体的には赤系で纏まっていて、個々の品を見ればシックな感じもするのだけれど、合わさってみるとファンシーに見える。椅子の背もたれとか、机の角とか、枕を含む各種クッション類とかに「丸い」デザインが多いせいだろうか。

 凛々子さんに一切をお任せした結果がこれである。

 ……いや、センスはいいんだろうと思う。紗羅や世羅ちゃんも初見で目を輝かせていたし。でも、俺としては微妙に落ち着かない。

 という話を紗羅にしたら「そのうち慣れるよ」と切って捨てられたが。


「……とりあえず、宿題やっちゃうか」


 通学鞄から教科書ノート類を出して、今日出た課題を進めていく。

 俺と紗羅が転校した私立清華学園は古い名門校で、学力のレベルも高い。前の学校も決してレベルは低くなかったが、比較すると清華に軍配が上がる。なので、勉強に付いていくには真剣に取り組む必要があった。


「よし、っと」


 帰宅後、風呂の前に半分くらいは終わらせていたので、宿題は三十分もせずに片付いた。

 明日の時間割に合わせて鞄の中を整頓し終えると、程なく紗羅が部屋へやってくる。


「宿題、終わった?」

「ああ。……やっぱ英語が面倒だなあ。女子高だからか、なんか難しい気が」

「ふふ。でも、外国語は習っておいて損はないと思うよ」


 家具の新調に合わせて椅子の数も増えたので、二人での会話も恰好がつくようになった。テーブル周りに二脚と勉強机に一脚あるので、ベッドも使えば四、五人で同時に会話が可能だ。


「や、俺は先に日常会話を覚えないといけないし」


 と、微妙に話を逸らしてみると、紗羅が「お家だとすぐ元に戻っちゃうもんね」と笑う。実際、学校内ではちゃんと擬態しているつもりだが、屋敷内や紗羅と二人きりの場面だと即、素に戻ってしまう。

 正直、未だに付け焼刃感が否めないこの状態を、そういえば紗羅はどう思っているんだろう。


「私? 私は、そうだなあ……」


 食事の席での会話ではないが。

 どういう俺が好きなのか尋ねてみると、紗羅は首を傾げてしばし思案し、それからにっこり笑った。


「私は、やっぱり前に言った通りかな。どんな悠奈ちゃんも好きだから、悠奈ちゃんががやりやすいようにしてくれればいいよ」

「……そっか」


 なら、しばらくはこのままかな。

 経験を重ねていけば多少は振る舞いもマシになるだろうし、もし、はっきりこうしたいと思うようになればそうすればいい。

 元に戻る可能性を模索している今は、まだ元の自分を諦めきれないし。


「それじゃあ……悠奈ちゃん、いい?」

「……ああ」


 しばしの雑談の後、おもむろに紗羅が切り出してくる。

 それは、ここ数日で恒例になった『儀式』の合図だった。

 場合によっては俺の方から切り出すこともあるが、どちらかが曖昧に開始の合図をするのは変わらない。

 特にそうしよう、と決めたわけではなく、気づいたらそうなっていた。


 椅子から立ち上がり、二人でベッドの脇に移動する。

 俺がベッドの淵に腰かけると、紗羅は立ったまま屈みこみ、俺のほうへと唇を近づけてくる。

 それを見た俺はそっと目を閉じて――。


 柔らかな感触が唇に触れた。


 外国であればスキンシップの範疇に入るような、簡単なキス。肩に乗せられた手も単にバランスを取るためのもので、ほとんど力は籠もっていない。

 けれど、お互いの思いを確かめるため。

 そして、俺と紗羅の特殊な事情を慮れば、これは大切な儀式だった。


 とくん。


 胸が小さく跳ねる。同時に全身の力が少しずつ、指先や足先といった末端の方からすっと抜けていく。

 力が、吸い取られる。

 触れあった唇を通した吸精――紗羅のサキュバスとしての能力だ。真夜との戦いで消耗した紗羅の魔力を回復させ、同時に欲求を少しでも解消するための行為。

 自分のエネルギーを相手に捧げる、ある意味、秘め事めいたやりとり。

 事後は俺の体力が大きく消耗するため、こうして夜に行うことになっていた。自室のベッド脇で行えば、たとえ眠くなってもすぐ横になれる。

 そうすれば、それだけ紗羅に多くのエネルギーを分けられる。


「……おしまい」


 少しずつ全身が重くなっていき、それが耐えられないレベルに達したところでどちらからともなく唇を離した。

 僅かに切なげな笑みを零して紗羅が囁く。


「それじゃあ、おやすみなさい」

「うん……おやすみ」


 なるべく音を立てないよう、そっと部屋を出ていく紗羅を見送りながら、俺は意識がだんだん薄れていくのを感じる。

 かちゃり、と背後でドアが閉じる音を聞きながらベッドに潜り込み、そして目を閉じた。

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