特別編 聖夜の夢
「ね。サンタさん、今年も来てくれるかな?」
……来た。
ある日、妹の紗華に言われた私はぴくっと震えた。
十二月の二回目の日曜日。部屋にいるのは私たちの二人だけ。残念ながら、お姉ちゃん達は今、一緒にいない。
つまり、妹に「残酷な現実」を教えるのは私の役目ということだ。
* * *
私は羽々音澄奈。小学六年生。
私と、末っ子の紗華は同い歳。
本当は双子じゃないんだけど、面倒くさいので普段は双子だと言っている。私が双子の姉で、紗華が双子の妹。実際、紗華の方が妹なので、全部嘘を言っているわけではない。
そんな私達は、だいたいいつも一緒だった。
三人いるお姉ちゃん達とも仲はいいけど、やっぱり学年が違うと別々の友達がいるし、どうしても一緒にいられないことがある。そういう時でも私と紗華は一緒にいられた。だから一番、仲が良い。
まあ、喧嘩をする時もあるけど。
紗華のことは大好きだし、優しくしてあげたいと思う。
でも、今回はどうしたらいいんだろう。
「……サンタさんかあ」
いつもなら「そうだねー」とか答えるけど、私は微妙に冷たい返事をしてしまった。だって、なんて答えたらいいのかわからなかったから。
え、あれ。これ、言っていいの?
――サンタさんなんていないんだよ、って。
二か月くらい前のことだ。
私は、その「残酷な現実」を知ってしまった。紗華のいないところで一人で。
学校の友達とチキンの話になって、クリスマスが楽しみだねって話になって、そこからサンタクロースの話になった。そこで私は皆に笑われたのだ。サンタさんなんていないんだよ。本当はお父さんやお母さんがプレゼントをくれるんだよ、って。
直接、親からプレゼントを渡されるという子までいた。
……あれは、本当にショックだった。そんなこと考えたこともなかったから。
だって、うちのクリスマスはいつも、私達が寝ている間に誰かが枕元にプレゼントを置いてくれていた。それは、まあ、言われてみればサンタさんの顔は一度も見たことがなかったけど、まさかサンタさんがいないなんて思わなかった。
あの瞬間は今でもトラウマだ。
だから、できれば紗華には同じ思いをして欲しくない。ない、のだけれど。
私が教えたら教えたで、クラスの子から笑われるよりはマシ、っていうだけじゃないだろうか。
ああもう、なんであの時、紗華と一緒じゃなかったんだろう!
私と紗華はクラスが別々だから仕方ないんだけど!
「お姉ちゃん?」
紗華が首を傾げて私を見る。妹は私に比べて大人しくて、夢見がちで、なんていうかピュアな子だ。そんな子にあんな話をしなくちゃいけないなんて本当に辛くて仕方ないけど。
仕方ない。黙っててもいつかわかることだし。
私は溜め息をついて口を開いた。
「あのね、紗華。大事な話があるんだけど」
……結論から言うと、紗華は私の話を信じなかった。
可愛い顔をぷっくり膨らませて、私のことを睨んでくる。ちっとも怖くはないけど、すごく胸が痛くなった。
「嘘、そんなわけないよ。じゃあ、プレゼントは誰がくれるの?」
「だいたいはお父さんだって」
「でも、うちにはお父さんはいないよ?」
う。いやまあ、実はそうなんだよね。
家庭の事情だ。うちにはお父さんはいなくて、代わりにお母さんが三人いる。
お母さんと、ママと、母様。この辺も友達なんかには説明しづらいから誤魔化してるけど、お母さん達が優しくしてくれるから寂しくはない。
「お父さんの代わりだから、お母さんじゃない?」
重い物を運ぶときとか、私達と競争したりする時はお母さん――悠奈お母さんの出番。だから、誰が一番お父さんっぽいかって言ったらお母さんだ。なんか自分で言っててもややこしいけど。
でも、紗華は納得してくれなかった。
「……嘘。お母さんはそんなことしないもん」
「じゃあ、ママか母様?」
紗羅ママは優しくて格好いい人だ。
保育園でお仕事をしていて、お姉ちゃんの友達とか、私達より年下の子とかもママのことを知ってたりする。
華澄母様は綺麗な人。
三人の中で一番、私達姉妹の傍にいてくれて、色んなことをしてくれた人。お母さんとママもお家のことでは母様を凄く頼りにしている気がする。
でも、二人ともサンタさんっぽいかというと……あの赤い服を着たママ達は絶対可愛いけど、そういうことじゃなくて。
「うーん。じゃあ、お姉ちゃん達に聞いてみよっか」
このままだと納得してもらえないと思った私は、他の人に丸投げすることにした。
* * *
「ふむ。サンタクロースか。あやつは我が知る超常の者の中でもかなりの小者よ」
「ごめん、悠華姉。やっぱ面倒臭いからいいや」
うん、聞く人を間違えた。
書斎――お母さん達用の本がたくさん置いてあるところ――で難しい本を読んでいた三番目の姉は相変わらずだった。
去年、中学校に入った頃からだろうか。悠華姉はこんな感じで面倒臭い。何だか変な喋り方をするし、ちょっと格好つけた服装をするようになった。今日も話を出した途端にこんな感じである。
まあ、ちょっと適当に扱うとすぐに涙目になるんだけど。
「す、澄奈は時々酷いと思うのだが。もう少しくらい、わらわの話を聞いてくれてもいいだろうに」
「いや、わらわとか言ってる時点で面倒臭いし」
あ、いじけた。
本を閉じて「の」の字を書き始める悠華姉の服を、紗華がくいくいと引っ張る。
「お姉ちゃんは、サンタさんいると思う?」
「ふ。それは当然。わらわはかの者の実在をこの目で確認……」
「はい、次行こう」
悠華姉の話を最後まで聞き終わらないうちに、私は紗華と一緒に書斎を出た。
* * *
「サンタ」
「クロース?」
後の二人は一緒にいた。
一番上の悠羅姉は高校三年生。二番目の紗奈姉は高校二年生。二人の部屋は一緒で、悠華姉だけが一人一部屋。私は紗華と一緒の部屋だ。昔は悠華姉が羨ましいと思ったけど、今はうるさくなくて良かった気もしている。
悠羅姉はママに似て、まっすぐな髪が綺麗な美人。紗奈姉はお母さんに似て微妙に癖っ毛で、目がきりっとした感じ。性格も大体見た目通りだ。
「……そっか、なるほどね」
二人で顔を見合わせた後、悠羅姉がしみじみと頷いた。
ついにこの時が来たか、という感じの頷き方を見て、私はほっとする。良かった、さすがに悠華姉みたいなわけのわからない話にはなりそうにない。
と、紗奈姉が私達を見て。
「澄奈は、サンタなんていないって思ってる。で、紗華はいると思ってるんだよね?」
「うん」
「そう」
紗華と私が頷くと、紗奈姉はくすっと笑った。
「じゃあさ。どっちが正しいか、クリスマスに確かめてみれば?」
* * *
私と紗華は紗奈姉の提案に乗ることにした。
お風呂に入って、お母さんとママ、母様が手分けして作ってくれたご馳走――いつも美味しいご飯だけど、記念の日は夢みたいに美味しいのだ――をお腹いっぱい食べて、テレビを見た後、部屋の電気を小さく点けて待つ。
寝たふりをしていないと『サンタ』を騙せないかもしれないので、布団にもぐった状態で。
「……お姉ちゃん、起きてる?」
「起きてるよ、大丈夫」
凄く眠いけど。
だって、お腹いっぱいご飯を食べて、布団の中にいたら眠くなるに決まってる。でも寝るわけにはいかない。これは私と紗華の勝負で、どっちかが寝てしまったら勝ったか負けたか判断しづらい。
だから、必死に目を擦って我慢する。
枕元に置いた時計がゆっくり動くのをじっと見ながら、二段ベッドの下にいる紗華と時々話しながら。
三十分が過ぎて、一時間が過ぎる。
「サンタさん、何時ごろ来るのかな?」
「さあ? 明日になる頃くらい?」
だとしたら辛い。
私も紗華も、大晦日の除夜の鐘を聞けたことがないのだ。
でも、今日ばかりは起きていないと。
そう、起きて……起き……て。
「………」
うん、気づくと朝でした。
健闘も空しく、私も紗華もいつの間にか寝てしまっていた。覚えているのは十二時の三十分前くらいまで。その後は全く記憶がない。
「お姉ちゃん、来年」
「うん。来年こそは絶対」
後から思えば「お母さん達に聞く」という手段があるんだけど、その時は思いつかなかった。それに、なんかその方法は負けた気がするし。サンタがお母さん達なら本当のことを言ってくれるかわからないし。
私と紗華は一年後のリベンジに向けて心を燃やすのだった。
* * *
「ありがとね。わざわざ眠りの魔法まで使ってもらって」
「いえいえ、お気になさらないでください。起きてる子を寝かせるのも私のお仕事のうちですから」
「ふふっ。でも、あの子達もそんな歳になったんだね。早いなあ」
「そうですね。ですが、まだ『本当のこと』を伝えるには早いですから」
「うん。あの時は私達だって混乱したもの」
「サンタはいない。と、思われているけど本当はいる。でも秘密、だなんてね。何言ってるんだろうこの人達はと思ったよ」
「……まあ、もう少しすれば澄奈と紗華にもわかるじゃろう。サンタクロースの存在も、そして、自分達が持っている力のことも、な」
* * *
聖夜の子供達に。
そして、かつて子供だった者達にも。
サンタクロースは等しく「メリークリスマス」を告げ、星空を駆け巡る。
プレゼントそのものではなく、サンタクロースという夢を与えるために。そして、夢は力となって人々に幸せを呼び込む。
人知れず、今年も変わらずに。
<娘達の名前一覧表>
長女・悠羅:悠奈が産んだ紗羅の娘
次女・紗奈:紗羅が産んだ悠奈との娘
三女・悠華:華澄が産んだ娘
四女・澄奈:悠奈が産んだ華澄との娘
五女・紗華:紗羅が産んだ華澄との娘




