最後の戦い 後編
「行くわよ」
声と共に真夜が無手のまま両手を振り上げる。
振り下ろされた拳が斜め前方を通過した時、その手に巨大な、巨大すぎるハンマーが生まれる。
重機レベルの大きさのあるそれを、まともに振り回すつもりはどうやらないようで。
真夜はハンマーを握るどころか、支えるのすら早々に放棄してみせた。
すると当然、ハンマーはただ重力に従って落ちるのみ。
「ちょ、ちょっと!」
あんなもの、まともに対処してられない。
巨大なハンマーを私は右に、紗羅は左に飛び退いてかわす。轟音と共に道路と、その先にある住宅までもが潰されてぺしゃんこになった。
そこへ、超広範囲に魔力の気配。
真夜の後方へと隠れるように移動した真昼が、空を覆い尽くすような光弾を私たちに向けて降り注がせる。それも単なる直線的な動きではなく、塞がっていない全方向、私たちの退路を塞ぐように。
弾幕の薄い場所はない。
仕方なく、特大の炎を直線的に放ち、その後を追うように直進。光弾を飲み込む炎が作り出した通路を抜けた。
……って、まだ追いかけて来るし。
更に走って付近の家の塀を飛び越え、建物を回り込み、なおも走る。そうして罪もない建物を壁にすることで光弾を凌ぎきった。
「……いったい、どれだけ規格外なんだか」
真夜も真昼も、これで消耗した状態だっていうんだから怖すぎる。
まあ、考えてみれば、私と紗羅が戦った真夜はまるで本気じゃなかった。前回の真昼との戦いも、真昼は真夜を警戒して力を温存していただろうし、一応杏子さんや世羅ちゃんを殺さないよう手加減してくれていた可能性もある。
でも、今は二人とも全力。文字通り死ぬ気で魔力を使っているわけだ。
「たった二人でこれだけ戦っておきながら何言ってんのよ」
「!」
倒壊する建物の向こうから突如、真夜が顔を出す。反射的に特大の火球を放つと、真夜はよけきれずに下半身を炭化させた。
物凄い目で睨みつけられる。
「で、何が規格外ですって?」
「ごめん、つい」
いや、別に謝る必要はないんだけど。
はあ、とため息のあと、ぱちんと指が鳴らされ現れたのは、その。なんというか、形容するのも憚られる蟲だった。
そのおぞましさに視認した瞬間焼き尽くした。
炎が止むのを待たず、下半身を再生させた真夜が斬りこんでくる。長剣の刀身を、炎を纏わせた右手で握りつぶし、同時に背後から落ちてきた斬撃を尻尾から爪を生やして受け止める。
更に数度切り結ぶうちに私たちは交差点のあたりまで戻ってきてしまう。紗羅と真昼も同様だ。
「……全く」
不意に戦いの手を止めた真夜が吐き捨てるように言った。
「二十年も生きてないような小娘二人に、悪魔と天使が束になってこの様とか笑えないわよね」
「………」
言うほど私と紗羅が有利なわけじゃない。
性天使モードの爆発力と、天使の制御力のおかげで節約できているだけで、魔力は戦うにつれて目減りしている。ゲームみたいに相手の余力が見えるわけではないので、ぶっちゃけこっちだって必死だ。
でも。
「これも真夜が狙ってたことなんでしょ?」
紗羅が静かに言った。
「………」
「私や悠奈ちゃんに色々ちょっかいかけてたのは、私たちを短期間で強くするため。そうじゃない?」
「……さあ、どうでしょうね」
真夜は否定しなかった。
――多分、紗羅の言ったことも完全な正解ではないだろう。いつかの台詞通り「どっちでも良かった」。私たちが死んだら死んだで邪魔者がいなくなるし……生き残れば、それだけ戦う力を増す。
そうやって強くなった私たちをこうして戦いに巻き込むつもりだった。
真昼を殺させるために。
あるいは、真夜自身を……。
「次の一撃で終わりにしましょうか」
言って、真夜がゆっくりと歩き出す。私と紗羅を間に挟んで真昼の反対側に立ち止まると、彼女は言葉を続けた。
「私たちは『敵』に向けて全力で攻撃する。悠奈とお嬢ちゃんは防ぐなり、反撃するなり好きにすればいいわ」
敵とは真夜にとっての真昼、真昼にとっての真夜のことだろう。
つまり、私と紗羅は両者の攻撃の通過点にいるだけという体。私たちを挟んで、悪魔と天使の残った全力がぶつかり合う。
「天使様もそれでいい?」
「……構いません」
真夜の提案に、白翼の大天使は頷いた。
ちらりと彼女の表情を窺う。確固たる意志を籠めた瞳が私を見返してくる。
「悠奈ちゃん」
「うん」
私たちはどうすべきか。
生き残ることを考えれば避けるのが得策。次点で両方の攻撃を防ぐこと。
ただし、避ければ戦いの行方を真夜と真昼に任せることになる。まさか都合よく共倒れはしてくれないだろうし、ここまで来て無責任すぎる。
両方の攻撃を防ぐのはおそらく可能だ。でも、防ぎ切ったあと真夜と真昼を倒す余力が残っているかはわからない。
なら、残った選択肢は一つ。
紗羅と一瞬だけ視線を交わし、お互いの意思を確かめ合う。
私の右手と紗羅の左手をぎゅっと握り合わせながら、背中合わせにしっかりと立った。
私が真夜と、紗羅が真昼と。
真っ向から対峙し、空いている方の手を差し伸べる。
収束していくのは当然、防御ではなく攻撃のための力。
「また、一番非効率な手段か」
「感謝します。羽々音紗羅、羽々音悠奈」
女悪魔が愉しげに笑い、大天使が優しく微笑む。
『対』となる人外たちはそれぞれ余力すべてを振り絞るように大魔法を展開していく。
真夜は触手。
彼女の背後の街並み全てを飲み込む規模のそれがうねり、絡み合いながら、主だけを避けてこちらに殺到する。
真昼は光。
全てを飲み込み浄化する破壊のエネルギーが、尋常じゃない制御と圧縮を受けたうえで、ただ真っすぐに向かってくる。
どちらも奇をてらわず己の持ち技を選んだらしい。
こちらも元よりそのつもりだ。
私は炎を。
これまでで最も大きく広く噴き出させ、これまでで最大の熱量をもって触手の渦を貫き包み焼き尽くす。
紗羅は黒い槍を。
真昼の時に見せた「錐」に近い、けれどもっと強大な力を槍の形で打ち出し、光の奔流を貫きかき消しながら突き進む。
限界まで酷使された脳と全身が高熱を帯びる。
全身の紋様が眩しい程に輝く。あれだけ鋭敏だった視覚が、聴覚が、全ての感覚が失われ、ただ紗羅と繋いだ手の感覚だけが残される。
それでも、強く強く思い続ける。
負けない。
諦めない。
生きて紗羅と帰るんだ。
どのくらいそうしていただろうか。
私たちは最後まで力を振り絞れたのか。
真昼は、真夜はどうなったのか。
何もわからない中、紗羅の手を強く握りしめ。
不意に。
何も見えなくなり闇に包まれた視界を白い光が覆い尽くした。




