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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
七章(最終章) 私と彼女と大悪魔の呪い

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運命の場所へ

 居間に戻ると、起きている全員が一斉にこちらを振り返った。


「みんな、大丈夫!?」

「状況はどうなったのですか?」

「戦ってきた、わけではないんですよねー?」


 世羅ちゃん、華澄、凛々子さんに私たちは微笑みを返す。


「はい。戦いはこれからです」

「ちょっとだけ時間をもらったから、戦いの前に皆へ会いに来たの」


 別れの挨拶になるかもしれないから、そのくらいは待ってあげる。

 真夜は珍しく殊勝な態度でそう言って、屋敷の外に待機している。


「真夜と、決着をつけるんですね?」

「うん。全部終わらせてくるよ」


 凛々子さんの問いに紗羅が答えた。

 敢えて多くは語らない。というか、もうちょっと事情を説明しようとも思ったけど、本当に言葉が出てこなかった。

 華澄が私と紗羅を交互に見つめて尋ねてくる。


「お帰りは、どのくらいになりますか?」

「どうだろう。二時間もかからないつもりだけど」


 こればっかりは蓋を開けてみないとわからない。

 風のない湖の水面のような華澄の瞳を見返しながら、私は告げた。


「華澄。もし私たちが帰ってこなかったら、父さんと母さんのこと……」

「そんなことは仰らないでください!」


 湖面に波紋が生じ、居間に大きな声が響いた。

 華澄は凛々子さんの傍から立ち上がると私に歩み寄り、至近距離から私を見つめてくる。

 真っすぐに、目を逸らすことを許さないように。


「絶対に帰ってくると仰っていただけないのなら、華澄も一緒に連れていってください」

「……ごめん、華澄」


 華澄がそう言うのは当たり前だ。

 私だって逆の立場ならきっと、似たようなことを言ったと思う。

 何より、最初から死を覚悟して戦うなんて私たちらしくない。


「絶対帰ってくるよ。ね、紗羅?」

「うん。だから、華澄ちゃんも凛々子さんも安心して待ってて」


 紗羅もまた穏やかに、決意を籠めて頷いた。

 この戦いに皆を連れていくことはできない。余力の問題もあるし、戦うことになった経緯を説明することができないからだ。

 だから、皆には待っていてもらう。

 全部、無事に終えて帰ってくるまで。


「わかりました。お帰りをお待ちしていますねー」


 じっと私たちを見つめた凛々子さんは、しばらくしてにっこり笑った。

 そして世羅ちゃんは――。


「……真昼さんは?」


 納得がいかないという表情で、部屋の入り口に佇む天使を見つめた。

 誰より純粋で、人の感情にも敏感な少女は、人ならざる天使の微妙な様子をも察知してしまった。

 先程、私たちが「何人で」帰ってくるかを敢えてぼかしたことも。


「真昼さんも入れて、三人で帰ってくるんだよね?」

「……それは」


 真昼の顔に困惑が浮かんだ。

 天使である彼女は、悪魔と違って嘘をつくこともできる。しかし、正面から相手を騙すことには慣れていない様子で、言葉を詰まらせてしまう。

 沈黙が何よりの言葉となって世羅ちゃんに伝わった。

 立ち上がって真昼に駆け寄る世羅ちゃん。


「どこに行くの?」

「……遠いところへ」


 震える声が、真昼の想いを物語っていた。

 真昼の返事に世羅ちゃんの瞳にも涙が浮かぶ。


「帰ってくることはできないの?」

「……残念ながら。もともと、私はここに定住していたわけではありません。力が戻った今、屋敷に留まる必要もありませんから」

「真昼さんだって、もうとっくに……」


 このお屋敷の一員だよ、と。

 続く言葉を飲み込み、世羅ちゃんが俯く。

 と、私たちの足元から顔を出した悠華が一言。


「抱いてやれ。そのくらいは問題ないじゃろう」

「……ええ。そうですね」


 頷いた真昼が、そっと世羅ちゃんを抱きしめる。

 泣きじゃくる世羅ちゃんが落ち着くまで二人はそのままそうしていた。

 やがて、真昼は世羅ちゃんから身を離すと、手首のリボンを解いて差し出す。世羅ちゃんは再び瞳に涙を浮かべるも、何も言わずぎゅっとリボンを握りしめた。


「じゃあ、そろそろ」

「そうだね」


 紗羅の囁きに頷いて答える。

と、思わぬところから声がした。


「待て。ついでにこれを持っていけ」


 いつの間に目を覚ましたのか、慎弥が澪ちゃんの身体をまさぐりながら告げてくる。……いや、いいけど、兄妹じゃなかったらその行動アウトじゃないかな。

 差し出されたのは二つの小瓶。

 ああ、そっか。念のため澪ちゃんにも渡してあったんだ。でも、澪ちゃんと慎弥は戦闘中から気絶しっぱなしだったから。


「慎弥、身体は大丈夫?」

「ああ。僕たちはもともと大した怪我でもないしな。放っておいても治る」

「そっか。……ありがとう、なら、ありがたく」


 紗羅と一本ずつ瓶の中身を飲み干した。

 と、華澄も紗羅へ歩み寄って。


「紗羅様。華澄の力も持っていってください」

「え? ……でも」

「大丈夫です。休めばいい話ですし、少しでも魔力は多い方がいいでしょう?」

「それは、そうだけど」


 ちらりと紗羅が私を見る。

 私は苦笑して頷いた。


「華澄に甘えよう。勝って、帰ってくるためにも」

「……わかった。そうだね」


 紗羅が答え、微笑みを浮かべる。と、世羅ちゃんが「あ、じゃあ私のも!」と参加を希望し、更に悠華までが口を開く。


「悠奈よ。ついでにお主もわらわの力を持っていけ。この二か月余りでまた多少はたまっているからな」

「あはは。ついでにしては豪勢な気がするけど」


 幼女の姿になった悠華が私を屈みこませる。

 ……って、魔力の伝達。亜梨子さんの時と同じことをするってことは。


「キス?」

「何を今更」

「そうなんだけど。若干見た目が犯罪っぽいというか」

「幼子に性の匂いを感じるお主が危険なだけじゃろう」


 いや、悠華は幼子って歳じゃないでしょ。

ふっと軽く息を吐いて気持ちを切り替えると、悠華と軽く唇を触れ合わせた。

紗羅の唇とは違う小さな感触。接触と同時に悠華の保持していた魔力が流れ込んだ。


「ありがとう、悠華」


 お礼を言って頭を撫でると「子ども扱いするな!」と怒られた。

 そんな私たちの様子を紗羅は横目で見やり、わざとらしいジト目を作る。


「そういえば、前にも二人でキスしてたよね」

「む。非常時なうえ、二か月も前の話を蒸し返すか」

「冗談だよ。ちょっと焼き餅焼いちゃうけど」


 言って、紗羅も華澄、世羅ちゃんから吸精を行う。

 唇同士を接触させてのキス。……なるほど、確かにわかっていてももやっとする。

 二人とのキスはそれぞれ数秒程度。唇を離した華澄と世羅ちゃんは、それぞれうっすら顔を赤らめていた。


「……口づけというのは、こんなにも心地いいものなのですね」

「姉妹なのに、なんだか恥ずかしいな」


 ――これで、今度こそ思い残すことはない。


「それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい!」


 私たちは皆に見送られて屋敷を後にした。

 玄関を出たところで、欠伸をかみ殺していた真夜と合流。


「待ちくたびれたわ。……それじゃあ、行きましょうか」


 向かった先は、私と紗羅が前に通っていた高校から少し離れたところにある交差点。全てが始まったあの場所へ私は紗羅に抱えられ、真夜と真昼と共に飛んでいった。

 まだ早朝のため、辺りに人気はないが……。


「ここで戦うつもり?」

「ええ。因果の交差路――なんて言い方をするとちょっと洒落てるでしょ?」


 他人の邪魔になる心配はしなくていい、と言って、真夜がおもむろに手を伸ばす。そこから放たれたのは恐ろしく複雑な魔法。


「ほら、天使様も手伝いなさい」

「……いいでしょう」


 頷いた真昼までもが手を伸ばし、そうして紡がれたのはある種の結界。ただし、街に張られた天使たちの結界よりも遙かに高度な、次元が違うといっていい代物だ。

 だいたい一キロ四方といったところだろうか。

 遠くに見える景色がある範囲を境に『消失』する。まるで、この場所が外界から、真の意味で隔絶されたみたいに。


「みたい、じゃなくてその通りよ。ここは普段貴女たちがいる世界とはほんの少し位相をずらした場所。いわば異空間」


 何があっても邪魔の入ることはない決戦用のフィールドが、天使と悪魔の合作により紡がれた。

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