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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
七章(最終章) 私と彼女と大悪魔の呪い

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憤怒

 右へ。左へ。あるいは上へ。

 私は真夜の視線をかわすために必死で動き回る。


「ほらほら、頑張って逃げないと怠いのが来るわよ?」


 一方、真夜は余裕の表情。

 眼鏡を通して視線を送るだけで攻撃になるのだから当然だ。遊んでいるのか、魔力を温存するつもりか他の攻撃をしてこないのは救いだけど、そのせいで逆に反撃へ転じる踏ん切りがつかない。

 しかも開戦前に確認した通り、ここは足場が悪くて思うように跳躍できない。

 眼鏡の効果が『支配』の視線――紗羅の魔法と同じ性質である以上、効果の抵抗は可能だけど、威力が高いのが問題だった。抵抗するにはしっかり意識を保っている必要があり、気を抜けば瞬時に脱力してしまう。

 視線を抵抗する前提で接近するのはリスクが高すぎる。

 となれば眼鏡を攻撃して壊すのが得策だと思うんだけど、足場と移動に気を取られている状況では難しい。

 なんとか十の火球を生み出し時間差で向かわせれば、あるものは避けられ、またあるものは障壁に防がれる。霊符で強化されていても、やっぱり並の攻撃では通用しない。

 ……ああ、もうっ!


「悪魔が『支配』の魔法を使うとか反則じゃない!?」

「いいでしょう、これ? 貴女を足止めし、倒すために用意したとっておきよ」


 確かに、私には効果的だ。

 紗羅や凛々子さんが相手なら『支配』合戦になるだけで、それならより攻撃的な魔法が使える紗羅たちが有利だ。魔力の操作に長けた杏子さんや世羅ちゃんも足を止めての撃ちあいなら引けを取ることはないだろう。

 防御が得意な華澄なら、もっとうまく『支配』を防げたかもしれない。

 でも私は、地の利を取られ、接近戦を封じられてしまうと極端に打つ手が少なくなる。


「運が悪かった、ってこと!?」


 七つの大罪をなぞっているなら、おそらく他の分身は別の能力を持っているはず。真夜の口ぶりからしても、そっちが相手ならもう少しまともに戦えたに違いない。


「安心しなさい。私と他の私は別の存在であり同じ存在。貴女が別の場所に向かったのなら、そこへ『この私』を配置しただけよ。……まあ、貴女に認識された時点で別の私とは差別化されてしまったから、もう『存在の入れ替え』はできないけど」


 箱の中の猫。蓋を開けるまで猫が生きているか死んでいるかは確定できない、みたいな論理を利用しているらしい。

 どこに、どの真夜がいるのか。

 誰にも認識されていない時点なら、「どこにどれがいても同じ」だから、配置を入れ替えることができる、と。

 つまり私がここに来るのを知って「青い眼鏡の真夜」が配置された。

 それは、他の皆も同じように、自分と相性の悪い敵と戦わされているということだ。


「っ」

「さあ、悠奈。せいぜいこの場で時間を浪費して、消耗して、死んでいきなさい。安易に戦いを選択したことを後悔しながら」

「嫌に決まってるでしょ!」


 必死に叫び返した。

 こうなったらなんとしても勝つ。

 早めに片づけてみんなを助けに向かうとか、魔力の温存を考えるのはいったん止めよう。

 逃げて、抗いながら糸口を見つけ出す。

 頭と身体をフル回転させながら、私はそう心に決めた。


 *   *   *


 天使――真昼の力を解放した杏子が屋敷を飛び立ったのは、悠奈たちから約五分遅れてのことだった。

 目指すのは屋敷から最も遠い地点、駅を挟んだ向こう側にある公共のグラウンド。

 翼をはためかせて飛行し到着するまでにかかった時間は僅か数分だった。普段は屋敷からの外出自体少ないが、杏子の飛行能力は存命している羽々音の血族たちの中で最速を誇る。

 紗羅と世羅も最近、目を見張る速度で成長してきているものの、まだ彼女たちに引けを取っているつもりはない。


「特にまだ、何も起こってはいないようですね……」


 上空からざっと観察する限り異常は見られない。

 アマチュアの野球チームが利用することもある広いグラウンドに一般人の姿はなく、いるのはちょうど中央あたりに立つ真夜一人だけだった。


(伏兵の可能性も心配しましたが……)


 気配、魔力ともに感じられない。かなり巧妙に隠蔽されていない限りは一人きりと見ていいだろう。事前に可能な限り行った調査でも、近隣に住む悪魔の血族に明確な動きは見られなかった。

 魔力や物品の譲渡程度ならともかく、戦力として導入されている可能性は低いか。

 思考を終えた杏子は翼を畳み、真夜から数メートルの距離に降り立った。同時に右手へ魔力を収束させると剣へ変える。


「時間が惜しいです。早速始めましょうか」


 問答無用。

 知りたいことは山ほどあるが、下手に言葉を交わしても煙に巻かれる可能性の方が高い。ならば最初から聞く耳を持たなければいい。

 一方的に告げた方針について返答すら待たぬまま剣を構え、地面を蹴ろうとして。


「まあ、待ちなさい。そんなに私のことが憎いわけ?」

「……何?」


 掛けられた言葉の内容に、思わず動きを止めてしまった。

 肌もあらわな漆黒の衣装に身を包んだ女悪魔は、うっすらと笑みを浮かべながら杏子を見つめる。

 愉悦ではなく嘲笑に近い、遙か高みから地を這う虫を見下ろすような目で。


「あら、子供たちを幾度となく傷つけてきた相手が憎くないの? それとも怖いのかしら? そうよね、子供たちが必死に戦っている中、貴女は屋敷に引きこもってばかりいたんだもの」


 あからさまな挑発だった。


(やはり、これ以上聞く必要はありませんね)


 最初に決めた方針が正しかったとすぐさま認識。剣を構え直して正面の真夜へと斬りかかった。

 夜闇を光が切り裂く。

 迎撃はなかった。障壁の類で防ぐこともせず、真夜はただ、紙一重で杏子の攻撃を避けてみせた。

 遊ばれている? いや、違う。そう見せかけようとしているだけだ。

 来ることが半ばまでわかっていた攻撃だ、見切りと回避に集中してさえいればそれくらいはできる。迎撃なり、武器で防御する方が次に繋げやすい分、効率がいいというだけで。

 なら、どうしてわざわざそんな手段を取ったのか?

 決まっている、目的は変わらず挑発。敢えて嘲弄するような態度を取って冷静さを失わせようとしている。


(悠奈さんや世羅は、大丈夫でしょうか)


 凛々子や紗羅はああ見えてしっかりしている。サキュバスである彼女たちは心の落ち着け方についても得意としているはずだから、そう簡単に惑わされたりはしないだろう。

 けれど、紗羅のパートナーである少女や杏子のもう一人の娘は純粋すぎるきらいがある。相手の話を真に受けすぎて翻弄されてはいないか。


(早く決着をつけてしまいましょう)


 魔力を放出し、周囲に光の矢を生み出す。

 数は十。多くはないが、金属の板を容易く貫く威力がある。これらをほんの一瞬ずつタイミングをずらしながら真夜へと向かわせた。


「ふうん。これはちょっと厄介かしらね」


 呟きつつ真夜が身を翻す。

 軽快なステップで一つ、二つと次々に光の矢がかわされていく。

 しかし、一度は女悪魔の脇を通り過ぎた矢は空中で制止すると、方向を百八十度変えて再び真夜を追撃していく。撃ちっぱなしではなくコントロール式なのだ。

 数と精度、威力、操作性。いくつもの要素を高いレベルで兼ね備えた攻撃は、派手さこそないものの確実に敵を狙い、相手に障壁を展開させるに至った。

 あいにく防御を貫くことはできなかったが、それでいい。


「これまで娘たちが受けた痛みや苦しみ、少しでも返させていただきます」


 動きを止めた真夜に剣を携えて接近し――。


「所詮は気を張って、強い言葉で飾っていないと自分を保てない臆病者か」


 真夜が右手に生み出した西洋剣に受け止められた。

 杏子の携えた剣とて魔力を凝縮した高威力の結晶。それを防ぐとなると、やはりこの分身たちはかなりの性能を持っている。

 そうあらためて認識した杏子は、眼前の女悪魔がこれ見よがしに舌なめずりするのを見た。

 瞳が、相手の舌先に埋まった『赤い宝石』を捉える。

 それは真夜が悠奈に語り、悠奈が予想した通り「七つの大罪」に関わる能力の源。青い眼鏡とは別の性質を持った『憤怒イラ』の力を持ったアイテムだった。

 もちろん、現時点での杏子はその事実を知る由もないが。


「ほら、どうしたの? 私を殺すならさっさと殺しなさいよ」


 直後、言いようのない衝動にぐらりと揺れた視界が、何らかの異常が起こっていることを伝えていた。

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