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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
七章(最終章) 私と彼女と大悪魔の呪い

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開戦、怠惰

 ……さて。

 あの女悪魔が自ら表舞台へ現れた。

 ここで決着をつけさえすれば様々な因縁も断ち切れる。もう妙な小細工に悩まされることもなくなる。

 けれど、状況は楽観できるほど良くはない。

 敵が七体。街のあちこちに散らばっていて、結界が消えた。

 素早く対策を考えて実行に移さなくては街や普通の人々に被害が及ぶ。

 中でも真っ先に考えるべきは。


「お母さん。早く結界を張らないと!」

「大丈夫です」


 スマートフォンを取り出した杏子さんが、世羅ちゃんの悲鳴に答えながら画面を操作する。短縮で呼び出した相手に短く指示すると、直後、真夜が張ったものとほぼ同範囲の結界が街を包み込んだ。

 変身しつつ感覚を研ぎ澄ませば、その結界が恐ろしく高性能であることがわかる。

 外部へ音や魔力を漏らさず、内部にいる一般人に対しても異能の認識を阻害する。異能の力の知識もない者は余計なことに心を煩わされることなく生活を続けられる。

 そんな結界をあれだけの範囲で張るなんて。


「もしかして、分家の人たち?」

「そうです。念のため街中に散らせておいて正解でしたね」


 深香さんたち天使の末裔が協力して結界を維持してくれているらしい。一人の力じゃないから妨害されても簡単には解けないし、ある程度の時間維持することも可能だという。

 これで、ひとまず大騒ぎになることだけは避けられる。


「……ですが、一刻の猶予もありません。こうなれば手分けして事の収集にあたるしかないでしょう」


 表情を硬くした杏子さんは手早く私たちに指示を出していく。

 私、紗羅、華澄、凛々子さん、杏子さん、世羅ちゃんプラス澪ちゃんで六組、亜実ちゃんと真昼にはお屋敷に残ってもらう。


「真昼様。私が今からあなたの制約を解除します。この家を守っていただけますか?」

「……わかりました。引き受けましょう」


 でも、それだと一か所残ってしまう。真昼も外の対処に回すとお屋敷がほぼ無人になるし、まさか慎弥に真夜と一対一で戦ってもらうわけにはいかない。

 手の空いている天使がいるのか、と思ったけど。


「凛々子。この際、睦月亜梨子にも協力を仰ぎます。五分で彼女に協力を取り付けなさい」

「杏子様!?」

「時間がありません。早く」


 有無を言わさぬ主人の命令に、凛々子さんは複雑な表情を浮かべつつも屋敷内に戻っていった。

 それを見送った杏子さんは苦笑を浮かべて私たちを振り返る。


「……いいんですか?」

「ええ。二か月間、抵抗らしい抵抗もされなかったという事実と、凛々子の説得能力を信じましょう」


 ああ、亜梨子さんを信じるわけじゃないんだ。

 ……まあ、それも方便かもしれないけど。


「では、紗羅たちは先に。対処は少しでも早い方がいいでしょうから」

「わかりました」


 紗羅たちと向かう方向を決めて頷きあう。


「……世羅。その、頑張ってね」

「うん。亜実ちゃんも、私のおうちをお願いね」


 心配そうな亜実ちゃんに世羅ちゃんが微笑む。


「うーん、不謹慎ですけどちょっとわくわくしてきました」


 澪ちゃんが冗談――だよね、多分?――を言って場を和ませる。


「皆さん、どうか無理をせずご無事で」

「華澄ちゃんも気を付けてね」


 皆のことを心配する華澄に、紗羅が笑顔で温かい言葉をかけ。


「みんなで、ここに帰ってこよう」


 私が言うと、皆が一斉に頷いた。

 翼のある者たちが空に舞い上がり始める。悠華は精神体になって華澄についていてもらうことになった。


「じゃ、悠奈ちゃん」

「うん。また後で」


 紗羅と短い言葉を交わし、私も目的地へと駆け出した。

 私が受け持つことになったのはお屋敷から三番目に近い地点。街中にある大きめの複合レジャー施設周辺だった。

 お屋敷の庭を一息に駆け、軽くジャンプして塀を足場にすると更に跳躍、一車線の道路を飛び越え向かいの家の屋根へ軽く着地する。動くたびに着物の裾が翻るけど、そのくらいは特に問題にならない。

 ……お屋敷の塀を上るのに苦労してたのが懐かしいな。

 紗羅と二人で逃げ出した時のことを思い出しつつ夜の街を跳び、駆け抜けた。

 魔力を纏っている私の行動は結界の認識疎外が守ってくれるので、周りの目は気にしない。衝突事故だけは最低限避けるけど。

 ほんの数分で目的地に到着。

 真夜の気配は施設の屋上にあった。まさか店内のエレベータを使うわけにもいかないので、停められた乗用車やら突き出した店の看板やらを足場に無理矢理ジャンプする。


「いらっしゃい、悠奈」


 果たして、敵がそこにいた。

 悠然とした笑みを浮かべた女悪魔。姿形はほぼさっき見たのとほぼ変わらず、黒いボンテージに蝙蝠の羽根と尻尾。

 違うのは、何故か青いフレームの眼鏡をかけていることだけ。


「その眼鏡は、まさか見分けがつくように?」

「ええ。ただし、それだけが目的じゃないわよ」


 ……だよね。

 あの眼鏡からも魔力を感じる。効果まではわからないけど、何かしらのマジックアイテムなのだろう。

 とにかく、できるかぎり警戒しないと。

 その上でまずは冷静に相手の出方を窺う。


「何をするつもり?」


 答えはあまり期待してなかったけど、意外にも真夜はあっさりと口を割る。


「欲望の解放よ」

「紗羅の、じゃないよね? 普通の人たちの、ってこと?」

「そういうこと」


 頷いた真夜が足元へ視線をやる。レジャー施設の営業は概ね終了しているが、店内のカラオケだけはまだ営業中のはずだ。

 利用しているのはどんな人たちだろう。

 高校生以下が出歩ける時間じゃないから、大学生とかが中心だろうか。あとは飲み会を終えた会社員なんかもいるかもしれない。


「この場を起点に人間たちの心の箍を外す。少しずつ空気に、土地に染み込ませるように術式を広げて街全体を包み込む。あとは影響を受けた者たちが勝手に周囲へと伝染させていってくれるわ」


 同じことが同時に七か所で起こっている。

 全てを止めなければ現象は完全に収まらず、一つでも放置すれば刻々と状況が悪化していく。そしておそらく、真夜自身がタイムリミットを設けたように、術式の進行速度は朝方には広がりきるレベルなのだろう。

 分断された私たちは、それぞれに真夜を相手にしなくてはならない。

 準備を整えて待ち受けている女悪魔に、一人もしくは少数で打ち勝たなくてはならない。


「でも、何のために?」


 人の欲望を解放すること自体が目的じゃなく、その先に何かあるはず。

 彼らの欲望を使って更にパワーアップするとか、真昼を殺しきるための最終兵器に人の欲望が必要だとか、そういう副次的な目的が。

 すると、真夜はぱちぱちと目を瞬かせた。


「ふうん、少しは学習したのね。まあ、教えてあげないけど」

「……なにそれ、酷くない?」

「わざわざご丁寧に説明してあげる義理がどこにあるのよ。で? どうする? 何もせず帰るなら見逃してあげるけど」

「馬鹿なこと言わないでよ」


 霊符を剥がし、右手に火球を生み出しながら答えた。


「慎弥を操って私を殺そうとしたこと、亜梨子さんを使って紗羅を苦しめたこと。忘れたわけじゃないんだから」


 女悪魔の目がすうっと細くなる。


「へえ、復讐ってわけ?」

「報復かな。それと、単純に放っておけないから」


 真夜を止める。

 まずは七分の一を、ここで。

 深呼吸して気持ちを整え、思考を戦闘モードに切り替えていく。


「……いいわ」


 緊張が高まる。


 私と真夜の距離は数メートル。

 ――屋上はそこそこ広いものの、周囲にはチューブのようなものが床に這い、貯水用のタンクやコンクリートンの出っ張りが点在している。空間を把握しながら戦わないと足を取られるだろう。

 そう頭に叩き込みながら、私は手の中の火球を解き放った。

 大きさはリンゴ程度。

 でも、威力と射出速度は数か月前より飛躍的に上がっている。


「挨拶代わりね。確かに受け取ったわよ」


 ただし所詮は単発。

 高速で飛んだ火球を、真夜は空中に浮かび上がることであっさりと避けた。

 ……それで終わりじゃないけどね。

 かわされた火球が真夜の真下で爆発する。

 威力は拡散してしまうけど、不意打ちで多少のダメージを与えられるかも――。


「受け取った、って言ったわよ」


 不可視の障壁、いや防御膜が炎を遮り周囲へと逃がした。


「じゃあ、お返しといきましょうか」

「っ」


 愉しげな声と共に魔力が眼鏡へと注がれる。

 何が来るのか。

 身構えた私を襲ったのは、眼鏡と通して直線的に私を貫く『支配』の力だった。

 途端、身体からふっと力が抜ける。傷も痛みもなければ魅了の効力もないものの、そのまま床へ倒れこんでしまいそうになる。

 私は意識を振り絞って身体を支え直しながら、息を吐いた。


「……今のは」

「この眼鏡が持つ『怠惰アセディア』の力。お嬢ちゃんたちサキュバスみたいな応用はきかないけど、代わりに威力は確かよ」


 怠惰。

 女悪魔の告げた単語が、彼女の言った「欲望の解放」という話と結びついてあるイメージを形作る。

 七体に分かれた真夜。

 もしかして、今回の行動のモチーフになっているのは。


「七つの大罪。わかりやすくていいでしょう?」


 真夜自身の言葉が、私の推測を肯定した。

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