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ゆりこめ ~呪いのような運命が俺とあの子の百合ラブコメを全力で推奨してくる~  作者: 緑茶わいん
七章(最終章) 私と彼女と大悪魔の呪い

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176/202

発端

「でも何も起こりませんでした……っていうも、それはそれで楽だったんだけど」


 現実はそう甘くはなかった。

 午前零時。

 デジタル時計の表示が全てゼロに変わった瞬間、それは起こった。

 未変身でもはっきり感じられる強い気配にそわりと悪寒が走る。

 同時に、街一つを包むような大結界が突如、何の前触れもなく発生した。


 *   *   *


 時は少し遡る。

 夕食を終えた私は自室に戻り、三十分ほど仮眠をとったうえで服を着替えた。

 濃い赤地に白い蝶をあしらった着物。見た目にも華やかで、見た目の質感、肌触り、仕立てのどれをとっても素晴らしい。

 これは五月頃、遅くなったけど誕生祝いにと御尾の本家からお屋敷に届いたもの。

 去年の末に出会ったばかりの私のために、わざわざ叔母さんや祖母が用意してくれた品だった。

 ……私の誕生日は一月の初めで、いくら何でも時間が無さすぎたのだから、無視してくれて良かったのに。

 有り難くて、申し訳なくて。

 届いてすぐに電話でお礼を言ったら、むしろ今まで十数年、誕生祝いを贈ってこなかったことを詫びられてしまった。


「ありがたく、使わせていただきます」


 裾も帯もその他諸々完璧に整え、鏡の前に立って深く頭を下げた。

 ……まあ、着付けは華澄に手伝ってもらったけど。

 華澄の衣装も白地に赤い花を散らした着物で、そちらの着付けは私が手伝った。

 着付けの仕方も頑張って勉強しているのだ。変身で纏うにも構造のイメージは必要だし、どうせなら実物を着付けられるようになろうという気持ちだ。


「霊符も……問題ないかな」


 変身する際の魔力を少しでも減らすため、霊符のホルダーは実物を作った。重さで動きが邪魔にならないぎりぎりの枚数を両腕それぞれに装備している。

 とん、とん、と。

 華澄と二人、軽く舞うようにして身体の感覚を確かめていると、紗羅が部屋へとやってきた。


「ごめんなさい、待たせちゃって」

「ううん、大丈夫――」


 答え、振り返った私は思わず息を飲んだ。

 盛装した紗羅が戸口に立ち、私たちに向けて微笑んでいる。

 レースとフリルがふんだんに使われた漆黒のドレス。翼を邪魔しないためだろう、背中が大きく開いた煽情的なデザインになっていて、スカート部分は幾重にも布を重ねて形作られている。

 髪はハーフアップに結い上げられ、もともと端正な顔に薄く化粧を施している。

 溢れる若さは損なわず、それでいて大人びた色気も感じさせる、まさに感服するしかない出来栄えだった。


「……本当に、どこかのお姫様みたいだ」

「はい。言葉で形容しきれないのがもどかしく感じます」


 華澄と二人、呆然と呟く。やっぱり私たちはどこか感性が似通っていると思う。

 見つめられた紗羅は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして身をよじる。


「言い過ぎだよ。……悠奈ちゃんたちだって、お揃いって感じで羨ましい」


 思ってもみないことだったけど、紗羅に褒められると嬉しかった。

 私たちはそれぞれ小さな鞄を下げ、連れ立って居間へ向かった。鞄の中身は小さな瓶に入れた薬酒が二本。飲んで即座に回復、とまではいかないけどじわじわ回復し、総合的にはほぼ百パーセント分の回復になるはず。

 いざという時のため、お屋敷にある在庫の大盤振る舞いである。


「あ、お姉ちゃんたちも来た」


 居間には全員が着飾った姿で集まっていた。

 凛々子さんは紗羅とよく似たデザインのドレス。杏子さんと世羅ちゃんはお揃いの、やはり背中が開いた白いドレス。澪ちゃんと亜実ちゃんはゴスロリ姿で、これはきっと澪ちゃんの私服だろう。

 それから、なんと真昼まで片腕に可愛らしいリボンを巻いている。


「真昼、それどうしたの?」

「別になんでもありません。世羅がどうしても、と言うのでつけただけです」

「えへへ、可愛いと思いませんか?」

「うん、良く似合ってるよ」


 本心からそう答えると何故か睨まれた。恥ずかしいのかな?


「しかし、宴にでも出向くような格好じゃな」


 唯一、いつも通りの狐姿をした悠華が呟く。

 杏子さんが微笑んで頷いた。


「戦いの場に赴くからと言って、飾り気のない服では味気ないでしょう?」


 それに魔法はイメージが生み出す力だから、気持ちの問題は馬鹿にできない。そして、女の子なら綺麗な服を着てやる気が出ないわけがない。

 今までもそうやってきた通りだ。


「ところで悠奈さん。黒崎慎弥さんには連絡を?」

「はい。今夜何か起こる可能性が高いことは伝えました。それから、真夜は昨日から家に帰ってきていないそうです」


 真夜に宛がった部屋をついでに確認してもらったところ、魔法のかかっていそうなアイテムは何一つ見つからなかったらしい。

 もともと置いていなかったのか、引き払ったのかは不明だけど。

 やはり、何かが起こる予兆はある。


「……まあ、あまり気負っても仕方ありませんー。ひとまず紅茶でも飲んでのんびりしましょう。飲みすぎないように注意は必要ですけど」


 この服装で頻繁にトイレに行くのは大変だもんね。

 それからしばらく、私たちは思い思いに時を待った。さすがに皆、どこかピリピリした様子で、リラックスして見えるのは「暇だから」と人間形態になりゲームを始めた悠華くらいだった。


「悠奈ちゃん」

「うん」


 二十三時を回った時点で、なんとなく全員が何かを予感し始めた。

 起こるならきっと、キリのいいタイミングだと。

 私は最後の数分をソファに座り、片方ずつ紗羅と華澄の手を握っていた。


 *   *   *


「……来た」


 居間のテーブルに置いた例のアクセサリーから、付属の宝石が溶けるように消えていく。解けて魔力となった『それ』は宙に上り、最寄りの窓からどこかへ飛んでいった。


「外へ行きましょう」


 杏子さんの声に皆が立ち上がって玄関から飛び出す。

 空を見上げると、そこにある種幻想的な光景が広がっていた。

 晴れた夜空。星々の間に輝く満月の下、色とりどりの魔力が街のあちこちから立ち上っている。

 赤、橙、黄、緑、水色、青、紫。

 全部で七色の魔力は同色ごとに集まるように動き滞空する。


「一か所に全部を集めるわけじゃないの?」

「真夜の姿も見えないけど……」


 疑問に対する答えはすぐ近くから聞こえた。


「私ならここにいるわよ」


 上空。

 お屋敷の結界が及ばないぎりぎりの位置に真夜が浮かんでいる。姿は見慣れたボンテージで、口元には不敵な笑みが浮かんでいる。


「でも、私は同時に向こうにもいる。あそこにも、そしてあっちにも」


 それは、どういう。

 尋ねる前に、七か所へ集まった魔力から『気配』が膨れ上がった。

 邪悪な、悪魔の気配。

 今、私たちと言葉を交わしている彼女と同質の気配。


「成程。分身というわけか」

「さすが神様、理解が早くて助かるわ」

「……分身って、まさか」

「そう。今、この街の別地点で七か所同時に、別の『私』が生まれたというわけ。これらは全て別々の存在であり、また同一の存在でもある」

「つまり、全てを倒さなくては終わらないというわけか」

「そういうこと」


 ……なんという真似を。

 普通に真夜が戦いを挑んできて、真正面から戦って終わり……なんて都合のいい展開は期待してなかったけど。

 何をするかわからない悪魔が同時に七体だなんて。


「でも、ほいほいコピーを増やせるわけじゃないですよね? 七体に分かれたなら、一体一体の力は七分の一じゃ?」


 言ったのは澪ちゃん。

 確かにそうだとすれば、ほいほい分裂とか分身するのは自滅行為だけど……。

 女悪魔は笑みを消すことなく答えてくる。


「そんなに簡単にいくと思う? 私が何のために魔力を集めたのか、何のために準備の時間を取ったのか――考えてから言いなさい」


 彼女の言う通りだった。

 遠くから感じられる『気配』は、かつて紗羅と二人で対峙した時のそれと比べても遜色ない。

 単純に七体、あの時の真夜がいると考えた方がいい。

 おそらくはこの二か月で、かつて自分が作り出した品をかき集めてきたのだろう。そして、へそくりで借金を返すかのごとく一気に回収した。


「さて、そこで取り引きといきましょう。こっちの要求は、悠奈が持つ最後の契約回数を消費すること。代わりに私は今後死ぬまで、貴女たちの誰かが許可しない限り、この街から離れないと誓うわ」


 そして女悪魔は悠然と、私たちへそう言い放った。

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