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終業式と不穏の予兆

 満月の日がちょうど終業式だった。

 何事もなく式を終えた私たちは、クラスメートと別れの挨拶を交わす。


「姫たちは田舎帰るんだっけ?」

「ううん、特にないよ。もしかしたら何日か旅行には行くかもしれないけど」


 私の両親は死んでいる……という設定だし、紗羅の田舎はあのお屋敷だ。もしかしたら帰省する華澄に付いていくかもしれない、というくらい。

 後は、帰省とは別に海水浴へ行くのを計画中。


「そっか。じゃあさ、どっかで遊ぼうよ。受験勉強の息抜きも必要でしょ?」

「そうだね。都合のいい時に連絡くれると嬉しいな」

「おっけー」


 みんなも長期休みを前に心なしか声を弾ませている。

 と、話していた子たちの一人が不意にぐっと伸びをした。

 それ自体は解放感から来る自然な行動なんだけど、伸びをした拍子に制服の袖が捲れて何かが光った。

 アクセサリー、かな?

 なんとなく気になって尋ねてみる。


「それ、どうしたの?」

「え? ……あー、見つかっちゃったか」


 失敗した、という表情を浮かべる彼女。

 今更隠す気はないようで、腕を差し出して見せてくれたのは、赤い石をシルバーのリングに留めたアクセサリーだった。

 シンプルなデザインで、あからさまな校則違反というほどではない。厳密に言うとアウトかもしれないけど、服の下につけている分には目立たないし、単体では不快感もない。

 じゃあ、どうして「見つかっちゃった」なんだろう。


「これさ、他の人に黙って身につけてるといいことがあるっていうお守りなんだ」

「あ、なるほど」


 女の子って、そういうおまじない好きだよね。

 男子として幼少期を過ごした私には、おぼろげにクラスの女の子がそういう話をしていたような、っていう程度の認識しかないけど。

 ……いや、男子でも信じてる子はいたかな。主に恋愛関係のおまじないだけど。


「あはは、腕なんかにつけるからだよ」

「え。じゃあ他にどこにつけるの?」

「それは……って言ったら駄目じゃん」

「バレたか」


 どうやら他の子も同じものを持ってるみたいだ。

 隣にいた紗羅へ視線をやると、ふるふると首を振られる。どうやら紗羅も知らなかったみたいだ。


「これ、本物の宝石?」


 キラキラして綺麗だけど。

 私の声に、紗羅がアクセサリーを見て目を細める。


「……うん、本物だよ。純度はかなり低いけど」

「すごい、姫、わかるんだ。さすがお嬢様」


 きゃあきゃあと騒がしくなるクラスメートたちに笑顔を返しつつ、私と紗羅はそっと顔を見合わせた。

 みんなと別れて教室を出た後、私は紗羅へそっと尋ねる。


「あのアクセサリー、魔力は」

「うん。ほんの少しだけど宝石に籠もってた」


 ……やっぱり。

 当たった予感に私は軽くため息をつく。

 あの時、紗羅が宝石を本物と言い当てたのは当然、単なる目利きじゃなくて魔法の力だ。支配の応用で、どういう材質か解析したのだろう。


「私は感じなかったな」

「少しだけだし、それに、籠もっていた魔力はあの子本人のものだったから」


 肌に触れる形で身につけていたのもあって、体内の魔力に紛れて判別できなかったのだろうと紗羅は言った。

 なお、宝石に魔力が蓄積されていたのは自然現象ではない。

 身につけた者の魔力を溜めるよう、模様に見せかけた魔法陣が描かれていたらしい。

 ……魔力の籠もったアクセサリー。

 以前の慎弥の件が頭をよぎる。


「おまじないのアクセサリー、ですか? あたしも初耳です」

「私も」

「華澄もです」


 華澄と澪ちゃん、世羅ちゃんに亜実ちゃんと合流した後に尋ねてみると、まず三人が揃って首を振る。

 ただし、亜実ちゃんだけは反応が違った。


「それなら、うちの店にもいくつかありますよ」


 アルバイト先の雑貨屋さんにも入荷しているらしい。

 ここ最近、周辺の中高生の間で流行っていて、店長さんはあまり興味がなかったものの、お客さんから要望があったので置いているとか。


「どれくらい前から流行ってるか、わかる?」

「ええと……一か月か、もう少し前からでしょうか」


 一か月。

 とすると、真夜が何かの目的でアクセサリーを広めている可能性はある。

 ただの勘違いならいいんだけど……念のため現物を確保しておくことにした。

 華澄と世羅ちゃん、澪ちゃんには先にお屋敷へ戻ってもらい、このままバイトへ行くという亜実ちゃんと一緒に雑貨屋さんへ。ちょうど残り一点だったアクセサリーをレジに持っていく。


「あっという間に売り切れちゃった。やっぱりこれ、人気あるんだ?」

「あはは。はい、ちょっと友達から聞いて気になって」


 店長さんの問いかけには当たり障りなく答える。

 もう少し仕入れるべきか、という呟きも聞こえたので「すぐ流行も移ると思う」とそれとなく止めておいた。

 ――アクセサリーは中高生のお小遣いでも買える値段で売られていた。

 買った品物を持ってお屋敷に帰る。

 杏子さんたちに報告のうえ詳しく調べてもらった結果、紗羅の鑑定通り宝石は本物、効果は着用者の魔力を蓄積するだけだった。

 蓄積する量も微量のため生命に害を与えることもない。


「しかし、これが自然に出回るとも考えづらいです。利用する用途がわかりませんが……」

「魔力を集めること自体が目的、ってことはないんですか?」

「可能性は低いでしょう。回収用の機能はついていませんし、一つ一つから直接回収していては労力がかかりすぎます」


 下手したら収支はプラマイゼロか、赤字になりかねない。

 じゃあ、何が目的だろう。

 私は紗羅や杏子さん、凛々子さんと一緒に頭を悩ませる。

 と、そこに静かな声が聞こえた。


「いえ、おそらく魔力の収集が目的でしょう」


 私たちの相談を聞いていた真昼だった。

 彼女は指輪を手にした杏子さんの足元へ歩み寄ると、匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす。そうしてゆっくりと頷いた。


「僅かに気配があります。宝石自体があの女の魔力から作られたものなのだと思います」


 悪魔は魔法で物を作ることができるが、作られた後の品物からは魔力が感じられないのが普通だ。ただし、熟練者や悪魔の魔法に慣れた者なら微妙な痕跡を感じ取ることができ、真昼はどちらの条件にも当てはまる。

 慎弥と戦うことになった一件で、真夜は自らの魔力を品物から回収していた。

 あれと似たような感じで、過去に作ってあった物質を利用してアクセサリーを作ったのだろう、と真昼は言う。


「自分の作った品なら自由に魔力へ変換し直すことができます。その際、宝石に籠められた魔力も巻き込んで吸収するつもりなのでしょう」


 この方法なら回収の手間は大してかからない。

 辺り一帯に結界でも張ったうえで品物に軽く働きかければそれで魔力に戻る。

 結界も、そのまま私たちへの宣戦布告に用いれば無駄にならない。むしろ回収した魔力をすぐさま有効利用できるからお得かもしれない。

 アクセサリーがいくつ出回っているのかはわからないけど――近隣にある学校数を考えて数百はあると思っていいだろう。

 塵も積もれば山となる。

 更に、もし真夜が似たようなアイテムを男子学生や主婦、サラリーマンにもばらまいていたら?


「今から壊して回っても、間に合わないよね?」

「ええ。手間がかかりすぎますし、おそらくは今夜、実行に移されるでしょうから」


 今夜は満月。

 人外の者が暴れまわるには絶好の日和だ。

 ……仕掛けに気づくのが遅かったかな。

 いや、でも無駄じゃない。ほんの少し早く事態を把握できたお蔭で、心の準備を整えられる。

 もちろん、その他に物理的な準備も。


「ふむ。どうやら、今夜の特訓は中止じゃな」

「そうだね」


 体力と魔力は温存して夜を待つ。

 状況は、すぐさま他の家人にも伝えられた。

 また、うちの父さん母さんには今夜、家を出ないよう電話で伝え、亜実ちゃんには世羅ちゃんから「バイト後お泊りに来る」よう連絡してもらう。

 メイド陣はお風呂や食事の支度を早めに開始し、それが整い次第、私たちは身を清め、みんなで食卓を囲んだ。

 そして、あっという間に夜がやってきた。

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